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Vol.22020 高校生の「進路選択」

医療ガバナンス学会 (2022年2月1日 06:00)


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Office MAIKO代表
黒田麻衣子

2022年2月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

先日、上昌広氏の「ある医学生と医師養成システム」記事で、私の教え子である谷悠太くんが紹介された。

https://japan-indepth.jp/?p=64279

彼が卒業した中高一貫校は、医学部に入学することを最大の目的としているような校風で、彼もある意味で「洗脳」された一人である。今年、この学校からスタンフォード大学に入学したA子は、「医学部を目指すと言え」と狭い部屋で3時間も担任から責められ続けた経験をもつ。別の教え子の話では、この学校の職員室には、いまだに大学者合格者一覧が掲示されるらしい。しかもその掲示物は「医学部」と「医学部以外」という分け方をされているのだという。子女を医学部に進学させたいと考えている保護者にとっては「素晴らしい学校」なのだろうし、そういう校風の学校にもニーズがあるのだろうから、その是非をここで問うつもりはない。が、こうした「医学部至上主義」に毒された学年トップの谷くんが、医学部を目指すことは「決められたレール」であったのだろうことは想像に難くない。
谷くんが私の元に通い始めたのは、高校2年生の冬のこと、この時にはすでに「医学部志望の高校生」となっていた。慶應大学医学部に入学した後、3つ年下のA子から海外大学を志望しているという話を聞き、谷くんは大きく揺れることになる。

A子は中学3年生で私の塾に通い始めた。彼女も、本塾入塾時の志望は「東大理Ⅲ(医学部)」であった。しかし、本塾に通ううちに「自分は本当に医師になりたいのだろうか?」と疑問を抱くようになる。本塾の探究学習でAIを題材に選んだA子は、脳科学や情報科学に興味を抱くようになり、「私は医学部じゃない気がする」と言い始める。「私の行きたい大学は、東大理Ⅲじゃないと思う。だけど、それ以外の大学で、行きたい大学を探せって言われてもピンとこない」と悩むA子に、私は「どうして日本の大学じゃないとダメなの? 私は、あなたには日本の大学は合わないと思う。海外大を目指してみない? MITはどう?」と薦めた。A子は「えむ・あい・てぃー?」と怪訝な顔をした。MITについて説明していくうちに、A子は「先生がおかしなことを言い出した。先生、頭のネジがぶっ飛んだんじゃないか?」と思ったらしい。それほどに驚いていた。だが、A子はその後、「先生が私にMITを薦めるなら、きっと何か理由があるのだろう」と春休みにMITを見学に行き、その魅力に取り憑かれる。そこからのA子は強かった。MITに進学した日本人学生はアジアサイエンスキャンプ出身者が多いと聞くや、応募して参加権を勝ち取り、キャンプでは講師の先生方に声をかけまくって自己アピールをし続けた。みるみるうちに私の手を飛び立った彼女は、一流の研究者たちからの支援を得て、東大や国立情報学研究所で教えを請うようになり、今はスタンフォード大学で学んでいる。

A子が海外大進学に向けて、もがき苦しみながらも行動を起こし続ける姿を目の当たりにして、谷くんは「自分は高校時代に、これほど自分自身と向き合ってきただろうか?」と悩むようになる。あらためて自分自身の可能性や資質、興味関心と向き合った谷くんは、悩み苦しみ、大学1年生の冬に私に電話してきた。「先生、僕は深く考えずに医学部に来てしまった気がします。僕がやりたいことは、医学ではなかった気がします。今は、A子のように僕も海外大学に行きたい。スタンフォード大学でデザイン思考を研究したい。だから、慶應の環境情報学部を受験し直そうかと思います。でも、医学部を辞めたいって言ったら親が口きいてくれなくなりました」と。1時間くらい話しただろうか。「高校生の時に、もっときちんと自分の将来と向き合っておくべきだった。高校生の時に、先生とこういう話をもっとしておけばよかった」と彼は悔やんだ。

それ以来、私は、「医学部を目指しています」という高校生には、「本当に医学部でいいの? 本当に医師になりたいの? 他にやりたいことはないの?」と問うようにしている。特に、谷くんやA子の出身校の生徒には、強く言う。「一回、医学部以外の世界を見よう。他の分野も見て、それでもやっぱり医学部だと思うなら、医学部でいいよ。だけど、今まで医学部しか考えずに医学部、と言っているなら、それは危険だと思う」と。

高校生には、無限の可能性がある。医師や教師は、高校生の日常生活に身近な存在なので、目指しやすい職業ではある。とくに地方在住の高校生には、「視野に入っていない職業」「出会っていない分野」も多くあるので、「見えている範囲」で未来を選びがちになる。我々指導者の役割は、目の前の高校生に、できるだけ多くの世界を見せ、未来の社会を想像させ、「わくわく」を引き出すことである。

残念ながら、谷くんは、私の元で学んだ時間が数ヶ月と短かったために、そうした機会を持たせてあげられないままに受験を迎えてしまった。高校3年生の谷くんは、2次試験が始まるまで休塾していたために、私は彼の進路選択に、必要な助言をしてあげられなかった。
だから、谷くんは大学に進学した後に、「本当にこれで良かったのか?」と悩むことになってしまった。そして、1年の休学とスタートアップ企業でのインターンという廻り道をすることになった。廻り道も、時が経って振り返ってみれば「必要な道」「貴重な経験」であったと思えるだろう。だが、高校生の谷くんが自分の未来としっかり向き合えていれば、しなくて済んだ廻り道だったかもしれない。
とくに、谷くんの場合は、進学先が「医学部」であったために、卒業後は医師か医療職という「未来」に、自分の行く末が「限定的」になってしまったような閉塞感を覚えたのだろう。医師の仕事に魅力を覚えないわけではない。医師である父を尊敬もしている。医師になりたくないわけでもない。だが、「未来が限定されてしまった」という閉塞感に耐えられなくなり、もがき苦しんだのだった。

人はみな、自分の未来を自分で選ぶ権利をもっている。だが、自分で自分の未来を「描く」ためには、しかるべき時期に自分自身の適性と向き合い、悩み、もがき苦しむ必要がある。私たち教育者は、その悩みに寄り添い、生徒が自分自身と向き合うことを支援する。
どんな職業を選択しても、どんな場所に住んでも、「自分の意志で選んでここにいる」と思えることが、幸せな人生の第一歩ではないだろうか。

医学部で言えば、今、地域枠の問題が世間を騒がせている。大学入試の際に、「地域枠」で入学した学生は、学費を免除される代わりに卒業後一定期間を地域医療に捧げると確約させられる制度のことである。これを離脱するには学費の一括返済が求められるのみならず、基幹病院での研修が受けられなかったり、認定医の資格取得を妨げられたりといった「制裁」を受ける場合もある。
私は、「地域枠」という枠組みそのものが「すべて悪」だとは思わない。生徒の中には「ドクターコトーに憧れて」医師を目指す人もおり、地域医療に大きな魅力を感じて医師を目指している。そういう学生にとって、地域枠で地域医療に特化した医学教育を受けられるのは魅力的な制度であるはずだ。
だが、そうした魅力的な制度が「学生の未来の選択肢を限定する」ものとして運用され、「未来を拘束し、離脱者には制裁を下す」ような罰則規定で学生の未来を縛るとすれば、話は大きく変わってくる。地域医療に夢を抱いて入学したとしても、入学後に折に触れて「君の未来はこちらの方向に限定されている」「離脱すれば制裁を下す」と脅し続けられたら、閉塞感から逃げ出したくなるのは当たり前であり、自分の未来に夢と希望を抱けなくなるのは自明のことである。

地域枠制度を導入している医学部の中にも、「地域医療研修」を充実させることで、地域枠で入学してきた学生のみならず、一般枠で入学してきた学生にも地域医療の魅力を伝える努力をしている大学はあると聞く。地域医療を「自ら選んでここにいる」と思える選択肢にしていくことができれば、学生の向上心や夢や希望を奪うことなく、地域医療に従事する医師の数を増やせるだろう。何より、地域医療に従事する医師には、「選んでここにいる」と思ってほしい。「こんな場所で働きたくなかったけれど、義務でここにいる」と考えているような医師に、自分の命を預けたくはない。そんなこと、住民は望んでいない。そんな医師の養成の仕方は間違っていると思う。

折しも、今まさに国公立大学出願時期のまっただ中にある。今年は共通テストの平均点が大きく下がったために、思うように点が伸びず、「合格最低点が一般枠より低い可能性がある」とされている地域枠に手を出したくなる受験生も多いだろう。
でも、一回立ち止まって考えてほしい。あなたは本当に医学部でいいの? 本当に地域枠で出願してもいいの? 地域枠で出願したら、大学6年間と卒業後最大で9年間、合計15年間のあなたの未来が「限定」されてしまうよ? それでもいいの? 15年間を捧げるくらいなら、一年浪人して来年一般枠で受験するという方法だってあるよ? 経済的理由なら、地域枠を選択しなくとも授業料免除の方法はいくらでもあるよ?
どうしても地域枠で出願するなら、出願時に要件を熟読してほしい。あなたの15年間を売り渡すだけの価値がそこにはあるのか、よく考えてほしい。
大学進学は、自分の可能性を広げるものであり、夢や希望を実現するためのものである。
誰にも、自分の未来は自分で選択する権利があるのだということを、忘れないでほしい。

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