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Vol.22042 医師及び医療従事者のリスクマネジメント

医療ガバナンス学会 (2022年2月18日 06:00)


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公益社団法人日本医業経営コンサルタント協会会員
内山英俊

2022年2月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

医療安全元年(1999年)から二十余年が経過した。ひところに比べれば、医療事故が世間を騒がせることは少なくなったとは言うものの、医事関係訴訟事件統計によると、2015年1,003 件、2016年1,110件とピー クを迎えた後、減少こそしたもののここ数年は年間約800件で推移しており、医療事故をなくすことがいかに困難なことかがうかがえる。何より重要なことは、医療事故の防止にあることは言うまでもない。他方、医療従事者に課せられる責任等や医療従事者が常日頃留意すべきことを知っておくことも重要であろう。医療従事者のリスクマネジメント上、有益と思われることについて述べたいと思うが、まず初めに具体的な事例をご覧頂きたい。

【最近の事例】
既往症(脳動静脈奇形)のある患者の子宮筋腫摘出術(開腹)の際、大出血、止血に難渋、輸血の遅れから低酸素性脳症となり救命はしたものの死亡。後日、患者代理人より病院と執刀医個人に対して約8,000万円の損害賠償請求がなされ、賠償金2,500万円(内800万円は勤務医の負担)で決着。

【法律上の責任】
医療過誤の場合、医師や医療従事者(以下医療従事者とする)には、道義的責任の他に法律上3つの責任が生じる可能性がある。一つは、民事上の責任(債務不履行責任と不法行為責任)である。次に、刑事上の責任が挙げられる。そして、行政上の責任である。また、法律上の責任ではないが、医療機関による懲戒等の処分が下されることも忘れてはならない。

【損害賠償】
民事上の責任は損害賠償責任ともいえるが、その義務者は (1)加害行為を行った医療従事者、(2)当該医療従事者の使用者(医療機関)である。両者は連帯して損害賠償義務を負うことになる。なお、複数の医療従事者が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。

【損害賠償請求権を行使できる期間】
2020年4月1日「民法の一部を改正する法律」が施行された。改正後、人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権については特別に権利を行使することができる期間を長くすることとした。債務不履行・不法行為いずれの場合も、損害及び加害者を知った時(権利を行使することをできることを知った 時)から5年、不法行為の時(権利行使をすることができる時)から20年になった。

【民事上の責任の解決方法】
(1)医療者側に明らかな過失がある場合、示談交渉でまとめることが得策と言える。解決までの時間や弁護費用等の負担が比較的小さく済み、他の解決手段に比し賠償金額も低額となることが多いためである。
(2)医療機関の過失が明らかではあるものの、賠償金額で争われている場合、裁判所の関与により解決を図るのが示談である。訴訟に比べると、時間や費用等の負担が少なくて済む。
(3)医療ADR(裁判外紛争解決手段)は、 医療事故の経験が豊富な弁護士等が仲裁人として、中立的な第三者としての立場で話し合いに参加し、当事者双方の話を良く聞いた上で、当事者の合意の下で妥協点を見出し和解や仲裁判断を行うことで解決する手続きである。裁判と異なり非公開、裁判より迅速、柔軟な解決が可能な点等がメリットである。
(4)裁判は、医療者側の勝訴率が高いものの、時間や費用がかかるうえ、裁判で負けた場合の賠償金額は高額となること等を考えると最善の解決策とは限らない。いずれにしても、医療機関や医療従事者に対する信用、関係者の精神的ストレス等を考慮し、出来るだけ時間をかけずに解決を図るよう対応すべきであり、むやみに医療側が対決姿勢を取るべきではないと言えよう。

【新たなリスク要因】
(1)2024年4月以降医師の働き方改革により時間外労働規制が実施される。一方で、今後の医療需要は増加が想定され、医療に対する需要と供給のバランスが崩れることは懸念すべき点と言えよう。
(2)チーム医療、地域包括ケアシステム、地域医療連携等の進展は、一人の患者に関わる医療従事者が増えることになる。英国の心理学者ジェームズ・リーズンが提唱した「スイスチーズモデル」には、事故は単独で発生するものでなく複数の事象が連鎖して発生するとしている。
横浜市立医学部付属病院「患者取り違え事故」、健康保険鳴門病院「誤投薬事故」等、実際に医療従事者間の連携不足が招いた不幸も少なくなく、医療従事者には留意が必要であろう。鳴門病院の調査報告書(特にp.6~p.12)は是非ご一読頂きたい。
https://naruto-hsp.jp/pdf/FMAI_report.pdf

【患者やその家族が求めるもの】
書籍「沈黙の壁」に、調剤ミスで家族を失った家族が次のように例えている場面がある。「隣の住人が車を出して私の家の前を通るときに、道を横切ろうとしたうちの犬を轢いてしまったのを窓から見ていたとしましょう。彼がすぐ車を降りてうちの犬を抱き上げて、私の家まできて起きたことを心から悲しみ動転している姿を見たら、どうして私が怒り狂うことができますか。むしろ私は、 意図してやったことではないのだから、そんなに落ち込まないでくださいと 慰めようとするでしょう。
でも彼がもしそのまま車で走り去って、私が見ていたのに後になって自分は何もしていないと嘘をついたら、どのぐらい私を怒らせるか、誰にだってわかるでしょう」。現在では、米国でも共感を表す「アイムソーリ―」に始まる誠実な対応によって訴訟件数・賠償金ともに減らしている。患者が求めるのは、ミスについて正直に伝えてもらうこと、何が起きたのかを知ること、なぜそのミスが発生したのかを知ること、ミスの結果生じた害がどのように軽減されるかを知ること、ミスの再発防止が保証されること、謝罪を含めた、感情面のサポートである。普段から患者やその家族と十分にコミュニケーションをとることで、無用な紛争回避となると留意すべきであろう。

【保険によるリスクヘッジ】
ひとたび紛争が生じると、医療機関と医療従事者には様々な負担が大きくのしかかる。負担軽減には保険の活用が最適である。保険は、経済的な負担だけではなく、精神的負担・肉体的負担も軽減する。

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