最新記事一覧

Vol.22043 コロナ禍における日本の医療従事者のメンタルヘルスに関するインタビュー調査の報告

医療ガバナンス学会 (2022年2月21日 06:00)


■ 関連タグ

英国ノッティンガム大学・准教授
小寺康博

2022年2月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

●要点
日本で働く医療従事者24名(医者14、看護師2、作業療法士6、事務スタッフ2名)に対して、コロナ禍におけるメンタルヘルスについてインタビューを実施し、テーマ分析を実施することで、内容をまとめ、2021年1月5日に、国際的な公衆衛生雑誌であるInternational Journal of Environmental Research and Public Healthに発表した。

1.ストレスと孤独感の増加
2.それに対処するコーピング手段の減少(飲み会ができない、遠方の家族と会えない等)
3.内発的価値観(仕事を見てもらっている、コミュニケーション、働きがい等)やセルフケアの職場理解が心を支える

が主なテーマとして特定された。新型コロナウイルス感染症の流行が職場にもたらす影響は様々ではあるが、金銭的なサポートなどの外発的な支援よりも、内発的価値観や自己管理の職場理解が各職場で強化されることで、医療従事者の心の負担が減るのかもしれない。
本文
コロナ禍において、医療従事者のメンタルヘルスへの影響が報告されている。例えば、イギリスにおいては、医療従事者のうつ病、不安、ストレスの割合は、コロナ以前から第1波後(2020年4月~5月)にかけて4倍になった(うつ病:5%→21%、不安:8%→36%、ストレス:11%→46%)。アメリカにおいては、医療従事者の約半数が自殺を考えたことがあると答えるなど、新型コロナウイルス感染症の流行が、医療従事者の心理面に及ぼす影響は深刻である。実際、日本においても医療従事者の約3分の1がバーンアウトを経験したと答えている。具体的な要因として、感染への恐怖、感染患者との密接な接触、防護具の不足、情報/指導の欠如が過去の研究で報告されている。昨年2月に発表した筆者らの先行調査においても、医療従事者は一般人口と比べて、孤独・うつ・不安といったメンタルヘルスのネガティブ指数が高く、希望・自己への思いやりといったポジティブ心理要素も低いことがわかった。
https://link.springer.com/article/10.1007/s12144-021-01514-z

医療従事者は、自らの命を危険にさらしてCOVID-19患者を治療しており、多くの国と地域においては、「エッセンシャルワーカー(必要不可欠な労働者)」と位置付けられている。実際、医療従事者は、その職業の特徴上、他の職業グループと比較して7倍も感染しやすいとされている。COVID-19の流行初期には十分な情報やガイドラインがないまま、COVID-19治療の最前線において、普段とは異なる役割を果たし働くことを余儀なくされた他、限られた医療資源の中で治療の優先順位を決めるために、時には「非人道的」とも思える決断をしなければならない。

職場におけるメンタルヘルス管理のモデルとして確立されているコンセプトとして、「職務上の要求-管理-支援」モデルがある。このモデルにおいては、仕事において求められる役割(要求)がストレスを引き起こす一方で、自分でコントロールできる役割(管理)と職場からのサポート(支援)が、そのストレス対処に役立つ。このように職務上の要求が増え、管理・支援が減れば、彼らのメンタルヘルスにさらなる負担が加わる可能性があるのである。

しかし、これまでの研究は、主に精神疾患(ネガティブ要素)の理解を目的とした量的な知見に焦点を当てており、解決策や改善法、また医療従事者の現場の声を汲み取る考察は、それほどなされてこなかった。したがって、本研究では、メンタルヘルスに関して、彼らの率直な考えや思いを聞き出し、それを分析した。

24名の医療従事者(医者14、看護師2、作業療法士6、事務スタッフ2名)にそれぞれ1時間ほどのオンラインインタビューを2020年12月から2021年1月にかけて実施し、テーマ分析を使い、(1)どのようなメンタルヘルスの影響があったか、(2)れをどのように対処したか、また、(3)今後の医療従事者のメンタルヘルスをよくするために何が必要か、という問いかけの回答を分析した。

まず「新型コロナウイルスの流行が医療従事者のメンタルヘルスに及ぼした影響」としては「ストレスと孤独感の増加」が挙げられた。「はっきりとしたガイドラインや法的な枠組みが存在しない中で、増えていく患者数と、何もわからないまま患者の治療に当たる自分の状況の中で仕事上のストレスが増えていった」という声が聞かれた。孤独感に関しては「同僚との孤独感はもちろん、里帰りができないことなどから家族との孤独感、また、コロナに対する危機感が多くの一般の方々と大きく異なり、そこから孤独感を感じる」といった声もあった。

「コーピング」においては「コーピング手段の減少」が訴えられた。従来であれば飲み会などを行うことで、人間関係や職場への所属意識を高めることができるが、コロナ禍はそれができない。医療現場で一刻を争う際、端的に、時には冷たく聞こえるようなコミュニケーションも取らざるをえない。「そうしたコミュニケーション上でのかすり傷を飲み会のような場で労うことができるのだが、これができない」。また、上記のように「里帰りができなかったり、家族や友人との集まりも通常通りできない」など、普段何気なしに取っている気晴らし行動ができないことが、悪化させたメンタルヘルスの管理を更に難しくしていると報告された。

その上で、「職場でのコミュニケーションや自分の仕事を認められた感覚、働きがいなどが、心のバランスを保つのに非常に役立った」と述べられた。「政府からの謝礼も嬉しいのは嬉しいが、そうした外在的な報酬よりも、より内在的な報酬がメンタルヘルスの維持には有効」であった(筆者が過去に実施した別の調査においても、人を助ける職業である医療を志す学生は、ビジネススクールの学生よりも、内在的動機が高いことがわかっている)。事務スタッフの参加者においても、「謝礼があれば嬉しい」と述べていたが、より詳細にその理由を伺うと、「金銭そのものよりも、自分達の仕事も感謝されていると感じることが嬉しい」ということだった。

最後に「今後の医療従事者のメンタルヘルスをよくするために何が必要か」との問いかけに対しては、「セルフケアの職場理解」が挙げられた。医療従事者におけるセルフケアは、他国では近年、特にコロナ禍に入ってから強調され始めたが、日本において、この理解はまだ初期段階である。参加者は、日本の労働文化をその要因の一つと挙げ(例:「欲しがりません勝つまでは」的風潮)、「なかなか現在の職場で自分の健康、特に心の健康のために、時間を取るというのは難しい」と答えていた。その一方で、一部の参加者は、彼らの「職場ではそうした行動に理解があり、それはメンタル的には助かる」と述べていた。

今回の調査で得られた結果は、ごく限られた参加者から抽出した情報に基づいており、全ての医療従事者や職場に一般化できるものではない。しかし、内発的価値やセルフケアが、日本の医療従事者のメンタルヘルスにプラスに影響する可能性があるという情報は、日本の医療現場で働く管理者やチームリーダーにとって、役に立つものかもしれない。

昨年2月の先行調査で明らかになった医療従事者のメンタル不調の具体的な様子を、今回の調査では医療従事者から直接、どうすれば良くなるかも踏まえて聞くことができた。現在、筆者らは、医療従事者のメンタルヘルスを更に理解すべく、フォローアップ調査を実施している。その解析結果についても、明らかになり次第、皆様にご紹介したいと考えている。

多忙を極めておられる中、調査にご参加いただいた医療従事者の皆様には、著者一同、心より感謝を申し上げたい。
論文の詳細はこちら
論文タイトル:Qualitative Investigation into the Mental Health of Healthcare Workers in Japan during the COVID-19 Pandemic
論文掲載雑誌:International Journal of Environmental Research and Public Health
著者:小寺康博、尾崎章彦、宮武寛知、常俊千絵、西川佳孝、小坂真琴、谷本哲也
https://www.mdpi.com/1660-4601/19/1/568

投稿日2022年1月17日

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ