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Vol. 272 団塊世代の退職で、医療はどうなるか?

医療ガバナンス学会 (2010年8月28日 06:00)


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東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム
上 昌広

※今回の記事は村上龍氏が主宰する Japan Mail MediaJMMで配信した文面を加筆修正しました。
2010年8月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


【山形県酒田市】
8月7,8日と山形県酒田市を訪問しました。地元医師会の本間清和会長と、大学時代の剣道部の後輩である前田直之氏(前田製管社長)が招いてくれたのです。
兵庫県出身の私にとって東北は遠い存在で、過疎に悩む僻地のイメージがありました。ところが、彼らが案内してくれた酒田の街は随分と違いました。多くの蔵が並ぶ風景は、北前船で繁盛したかつての酒田を思い出させます。当時、「西の堺、東の酒田」と言われ、豪商 本間家は、「本間様には及びもせぬが、せめてなりたやお殿様」と唱われました。経済力だけでなく、文化度も高かったようで、清河八郎や大川周明など多彩な人材を輩出しています。庄内藩が戊辰戦争で最後まで官軍と戦ったのは、このような経済・文化の蓄積の賜だったのでしょう。
本間氏や前田氏と話していて面白かったのは、彼らが真剣に酒田の復活を考えていたことです。政府へ陳情するだけでなく、長春やハルビンと人的ネットワークが構築されているのには、驚きました。酒田には、交流や貿易を尊ぶ気風があるのでしょうか。彼らの活動は、我が国の将来を考える上で示唆に富みます。

【人口減少社会】
7月31日、総務省は我が国の人口は1億2705万人で、3年ぶりに減少したと報告しました。また、総人口に占める東京、名古屋、関西の割合が、過去最高の51%に達したことも明らかとなりました。この報道を読めば、都会への人口集中が進み、地方が衰退すると考えるのが普通です。
ところが実態は、そんなに単純ではありません。むしろ、都市圏のほうが深刻と考えることもできます。それは、都会では、今後、高齢者世代が急増し、現役世代が減少するからです。このような現象は酒田市では起こりません。
その原因は団塊世代の引退です。毎年270万人が引退するのに、110万人しか現役世代に加わりません。団塊世代こそ、高度成長期に田舎から都市へ移り住んだ人たちです。消費の主体は現役世代ですから、国内市場は急速に縮小します。その影響は東京や大阪で顕著です。伊勢丹と三越の統合や阪神と阪急電鉄の合併など、その象徴です。このあたり、元マッキンゼー日本支社長の横山禎徳氏やエコノミストの藻谷浩介氏の著作に詳しく書かれています。
ちなみに、団塊世代問題を抱えるのは日本だけです。ドイツ、イタリア、中国、韓国などにも同様の現象が起こっていますが、問題となる世代は40歳前後であり、当面は人口ボーナスが期待できます。丁度、バブル経済の頃の我が国の人口構成に似ています。また、米国や英国では、人口ピラミッドは「なかぶくれ」していません。戦争が、人口構成に大きな影響を与えているのかもしれません。
人口問題は深刻な問題であり、我が国はまさに課題先進国です。国民的な議論が必要でしょう。この問題を考える上では、以下のサイトがお奨めです。

http://www.census.gov/ipc/www/idb/country.php

【団塊世代問題の医療界への影響】
「市場の縮小」の兆しは医療界にも見えます。私は血液内科を専攻し、特に骨髄移植を専門としています。造血細胞移植学会によれば、2008年の骨髄移植実施数は3506件で、2000年の2490件より41%増加しました。興味深いのは内訳です。50才未満は1853件から1869件と横ばい。一方、50 歳代以上は637件から1637件に2.6倍も増加しました。
骨髄移植は、進行した血液悪性腫瘍患者に残された唯一の根治的な治療です。1990年代後半に「ミニ移植」、2000年代初頭に「さい帯血移植」が普及し、急速に規模を拡大しました。その結果、若年者では移植数は横ばい、50歳代以上で患者が激増しました。新技術を開発し、癌年齢となった団塊の世代を取りこみ、「高度成長」を実現したことになります。
しかしながら、いつまでも成長は期待できません。それは骨髄移植が副作用の強い治療だからです。移植後におこる移植片対宿主病(GVHD)により 10-30%程度の患者が亡くなります。GVHDは癌細胞も殺しますから、必要悪です。このため、ミニ移植が普及した現在も、骨髄移植の上限は60歳くらいです(高齢者では個人差があり、一概には言えませんが)。団塊世代が60歳を超えた現在、画期的な技術が開発されなければ、骨髄移植の対象患者は急速に減少することが予想されます。

【小児科の経験】
このような「患者の減少」を既に経験した診療科があります。それは産科と小児科です。いずれも少子化の影響を受け、患者は激減しました。しかるに、その対応は対照的でした。
小児科では、従来は治療していなかった重症患者に手を広げました。その典型が新生児医療です。我が国の新生児医療は、近年急速に進歩し、世界トップレベルです。例えば、日本小児科学会新生児委員会によれば、500グラム以上の超低出生体重児の死亡率は1980年の21%から2000年には4%に低下しました。また、500グラム未満児においても、1985年の91%から63%に低下しました。
しかしながら、低出生児の生存率の改善したため、合併症が大きな問題となりました。例えば、500グラム以上の超低出生体重児が脳性麻痺を起こすのは、1990年の12%から2000年の16%に増加しました。知能発達や身体発育遅延も同様です。
ハイリスク児の支援体制が必要なのは言うまでもありませんが、医療行為の進歩が患者・家族に大きな負担をかけていることも認識すべきです。過剰なまでの医療行為に違和感を抱く人も少なくなりません。この問題は長年にわたりタブー視されてきましたが、最近、熊田梨恵氏が『救児の人々』(ロハスメディア)で取り上げ、医療界でも議論が始まりました。
有限な資源の中で、どこまで治療し、その費用は誰が負担するか、そろそろ議論が必要です。新生児医療では、この点が議論されず、新生児の数は激減しているのに、専門医は不足し、過剰勤務に悩むという皮肉な状態に陥りました。皮肉な見方をすれば、この領域では医師誘発需要が生じ、医療現場を荒廃させたと見なすことも可能です。

【産科の経験】
産科の辿った道は対照的です。産科では、医師の努力で妊婦を増やすことはできません。このため、患者の数を増やすのではなく、出産の付加価値を高める方向で模索が続きました。出産は医療機関が自由に価格設定できたのも幸運でした。
各健康保険組合は、出産に際し、出産一時金として約38万円を給付します。このため収入にかかわらず、最低限のお産は担保しながら、各病院は試行錯誤することができました。その結果、さまざまな形態のお産が出現し、妊婦の選択肢が増えました。妊婦のHPには、「出産する病院によりかかるお金も変わり、国立・公立の病院は安く、 私立の病院は高いことが多いようです」「聖路加国際病院などのいわゆるブランド病院の場合には2~3倍の費用がかかることもあります」などの記載があり、当然のことと受け止められています。
更に、昨年3月にRHC社が出産、および不妊治療のローン商品を売り出し、妊婦の経済負担は軽減されました。その後、幾つかの銀行が追随し、「お産商品」も多様化しています。このように、産科では、国家による価格統制がなかったため、サービスが多様化しました。「混合診療」を議論する際のモデルケースとも言えます。余談ですが、出産費用が高い病院では、多数のコメディカルや事務職員を雇用し、医療の安全性が向上するとともに、雇用の拡大にも貢献しています。
もっとも、医療訴訟が産科医の離職を加速させ、産科を崩壊させましたから、産科も安穏とはしていられませんが・・。

【骨髄移植の今後】
ちなみに、骨髄移植領域の模索は小児科に似ているようです。都内の大病院に勤務する医師は、「最近、病院長から骨髄移植ユニットの稼動率を高めるため、どんどん移植するように言われている。このため、従来では移植適応外と判断していた高齢者や進行期の患者まで移植をして、合併症で苦しんでいる。確かに移植をしなければ治らないし、移植をすれば一部の患者が治る。ただ、その影で大勢の患者・家族が苦しむ。本当にいいかわからない。」と言います。現場の医師の悩みがにじみ出ています。
経営者の立場に立てば、サービスの質を向上しても、価格に転嫁できませんから、経営を維持するには「数で稼ぐ」しかありません。ただ、こんなことを続ければ患者も医療従事者も疲労し、医療現場は崩壊します。

【大学病院】
おそらく、団塊世代が引退する影響をもっとも受けるのは、都会に存在する大学病院でしょう。このような施設は専門医や高額な医療機器を揃え、高度医療を担ってきました。
しかしながら、大学病院が提供する医療の多くが侵襲的なため、一定以上の年齢の患者が受けるのは困難です。例えば、骨髄移植は60歳くらい、抗がん剤治療は70歳くらいが上限でしょう。また、大手術は受けるには全身状態が良好でなければなりませんが、高齢者の多くは糖尿病などの合併症があります。このように考えれば、近い将来、大学病院でしか治療できない患者の数は減ることが予想されます。皮肉なことに、患者は減るのに、医療が高度化するため、大学病院は多数の専門家を揃えねばなりません。おそらく、必要とされる高度専門家の数は、益々増えるでしょう。これでは、大学病院は早晩倒産します。
では、大学病院は、どのような対策をとればいいのでしょうか。それは、「薄利多売」を目指して数を稼ぐことではなく、医療行為の付加価値をあげることでしょう。例えば、新薬や新規診断器械などの導入、遺伝子情報に基づく個別化医療、徹底的な患者相談など様々なサービスが思い付きます。付加価値が高ければ、国内は勿論、アジアからの患者の呼び込みも期待できます。
しかしながら、現行制度では医療機関は付加価値をあげようとはしません。なぜなら、付加価値が病院収入に反映されないからです。よく言われますが、教授が診察しても、研修医が診察しても収入は同じです。例外は、お産、不妊治療、美容整形などです。このような分野では、急速にサービスが多様化するとともに、民間ベースで技術革新が進んでいます。

【大学病院を機関特区に】
政府は大学病院を機関特区とし、混合診療を部分解禁しようとしています。私は、この政策に賛成です。大学病院の医療を維持するためには、お金が必要です。民主党政権になってわかったことは、「税金のロビー活動」だけでは限界があることです。患者・医療者の双方が納得する新たな負担システムが必要です。これが出来なければ、早晩、我が国の大学病院は崩壊し、国民にツケがまわります。
一方、大学病院のキャッシュフローが増えれば、研究費を製薬企業や役所におねだりすることも減り、自らの判断で再投資が可能になるでしょう。医療レベルが向上します。また、スタッフの収入も増し、内需拡大にも寄与するでしょう。大病院のスタッフに占める医師の割合は10%程度に過ぎず、大部分はコメディカルや事務員ですから。
しかしながら、「混合診療」というだけで、一部の医療関係者はアレルギー反応を起こします。人口減少社会で大学病院がどう生き残るか、議論が必要です。

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