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Vol.22053 ウクライナ戦争で揺れる東欧若手医師たち

医療ガバナンス学会 (2022年3月7日 06:00)


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EU医師(スロバキア・コメニウス大学医学部卒)
妹尾優希

2022年3月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


私は、昨年2021年6月に東欧の国スロバキアの首都ブラチスラバ所在のコメニウス大学医学部英語コースを卒業し、EU医師となりました。コメニウス大学医学部英語コースには、ドイツ人やポーランド人などスロバキアの近隣国を中心に、世界各国からの学生が在籍していました。新型コロナ感染拡大の影響で大学ではオンライン授業が2020年2月に開始され、それに伴い日本に帰国しました。当初は半年後にはスロバキアに戻るつもりでしたが、実際には卒業式も出席することなく卒業することとなりました。直接別れを告げることはできませんでしたが、SNSを通じて学友とは頻繁に連絡を取り合っています。

本稿では、刻一刻と変化するウクライナ情勢の中で、東欧の若手医師たちがどのように過ごしているのかをお話しします。本稿では、SNSを通しての個人の会話や、当事者の感じていることをそのまま記載しています。そのため個人の置かれている状況によっては、現在の情勢や事実を必ずしも正確に反映していない場合があります。また登場する政治思想や他者認識も個人に属するものです。そのような内容としてご理解いだけますと幸いです。

◆ウクライナ
ウクライナ人 男性 医師(研修医):チェルノフツィ市在住
こちらのウクライナ人男性とは、大学在学中の夏休みにモロッコで行われた1ヶ月の外科実習で知り合いました。友人は、地元チェルノフツィ市のブコビニアン州立医科大学を卒業後、同市の総合病院に勤務しています。チェルノフツィ市は、ウクライナの首都キエフより西500kmの、ルーマニアとの国境付近に位置しています。
3月2日、ロシア軍によるキエフ侵攻から4日目に私から友人に連絡をしました。
友人は、キエフからチェルノフツィまでかなり距離があることから、そこまで不安には思っていない、と話していました。ただ、チェルノフツィ市上空をいくつも飛行機が飛んでいくのを目にしたり、多くの知人が入隊しており地元で市街戦が起こる可能性がゼロではない現実を毎日感じる、と話していました。
3月1日の読売新聞の報道では、ポーランドとウクライナの検問所で男性の出国が禁止されていると報道がありましたが、友人の話では、そんなことはなく出国しようと思えばいつでもできると話していました。ただ、国境付近30kmまでピクリとも動かない車の列があり、街には車で逃げる際に優先してもらえるとドイツのナンバープレートを売り回る人まで現れていると話していました。
友人は、出国は可能であるが、祖父が自分の手で建てた家と愛する故郷を守るため、市街戦に備え残り、家族を守ると決断したそうです。本来なら、彼は専門医試験を数ヶ月後に受験する予定でした。

◆スロバキア
スロバキアは、ウクライナの西側に位置し、僅かですがウクライナと国境を接しています。スロバキアの首都ブラチスラバは、スロバキアの西端のオーストリアとの国境5kmの位置にあります。ブラチスラバからウクライナまでの移動にはスロバキア全土を横断しなくてはならず、キエフまでの距離は約1330kmです。それに加え、スロバキアはNATO加盟国であることから、3月4日現地時刻午前8時にウクライナの原子力規制当局により、ウクライナ南東部ザポリージャ原子力発電所がロシア軍による攻撃を受けたと報道されるまで、現地で特に緊迫した空気はなかったそうです。

スロバキア人 女性 医師(産婦人科研修医):ブラチスラバ市在住
コメニウス大学医学部の同級生で、6月に卒業したと同時に地元の小さな産婦人科クリニックで研修医として勤務しています。
3月3日時点での会話では、特に大きな問題はないと話していました。そのため、ロシア軍の進軍より、ウクライナ人の難民の健康やお産を迎える人が避難してくる可能性について心配していました。3日時点では、ロシア軍によるウクライナ侵攻による影響は少なかった様子で、ウクライナ情勢の話はそこそこに、お互いの近況や日本の産婦人科や分娩システムについての話が弾みました。
しかし、ロシア軍によりザポリージャ原子力発電所が占拠されたとの報道後、現地の状況は一転しパニック状態に陥っているそうです。友人の勤務する病院の規模は小さく、放射線被ばく対策に関する準備は何もなく、政府からも何も指示がなくとても不安だと話していました。
友人は、学年代表を6年間務めていたり、常に使命感や自信に溢れているのですが、3月5日に話した時はかなり意気消沈し、いつでもスロバキアを脱出できるようパスポートと持ち歩くようになったと話していました。また、被ばくを受けてその影響で長年苦しむより、いっそのこと死んでしまう方が楽なのではないかと思うと話しており、スロバキアでの状況が一晩で緊迫したものへと急転し、相当なストレス下にいることを感じました。

イラン人 女性 医師(研究職):ブラチスラバ市
こちらの友人も、私と同級生で昨年6月に卒業しました。彼女の場合は、当初はドイツで就職を希望していたのですが、度重なる新型コロナ感染拡大により就職活動が思うように行かなかったり、就労ビザ申請代行業者と名乗る詐欺グループに大金を騙し取られてしまったり、就職が遅れてしまっていました。しかし、そんな不運のなか、ようやく2月中旬にスロバキアの医療研究機関に就職することができたそうです。2月20日に話した際には、就労ビザの申請を済ませることができ、今後は博士課程をしながら、ドイツを目指すと話していました。
27日、ロシア軍によるウクライナ侵攻が開始された翌日、友人から突然真夜中3時に電話がありました。慌ててでると「薬局からヨウ素タブレットが一気になくなっている。もう5軒も回ったがどこにも売っていない。不安と落胆で胸が潰れそう」と話していました。「色んな噂でどれが本当か誰にもわからなくなっている。もうすでに、核兵器が使用されて政府は隠していると触れ回っている人もいる」と話していました。その時は、同じ首都ブラチスラバでも、個人間で状況が大きく違うことに驚きました。
3月4日、ザポリージャ原子力発電所に関する報道直後、友人の方から再度連絡がありました。かなり動揺している様子で、あと少しで就労ビザが手に入り研究者として新しい一歩を踏み出せるのに、就職できなくなったらどうしようと話していました。

◆ラトビア
ラトビア人 女性 医師(産婦人科):リガ市在住
こちらの友人も、前述のウクライナ人医師と同じくモロッコでの外科実習の際に知り合いました。友人は、ラトビアの首都リガ出身で、リガ・ストランディンス大学医学部を2018年に卒業後、同市の産婦人科に就職しています。
3月2日に連絡を取った際、友人は、数日前にリガ市にNATO加盟国軍が到着し、周囲の緊迫した雰囲気が少し和らいだと話していました。政府やNATOは住民に避難の誘導を始めており、ラトビア国内に残留する場合に必要な物資や準備に関する資料を公布しているそうです。また、政府はロシア軍に捕虜として捕まった際や、緊急避難が必要な場合などの緊急時の対策に関する資料も配布し、ウクライナに入国し直接支援する軍隊や医療チームに民間のボランティアを募っているそうです。
ウクライナ人の友人と同様に、ラトビア人の友人も家族と話し合い、避難はせず地元に残り先祖が代々大切にしてきた故郷と家を守るため、ラトビアに残留すると話していました。家族会議では、友人の祖父が「私や私の家族は第二次世界大戦後にシベリアに移送されたが、戻ってきた。ロシア軍、プーチンは恐れるものではない」と話し、これを聞いて残る覚悟がついたと言います。

◆ポーランド
ポーランド人 男性 医師(消化器外科研修医):グダニスク市在住
コメニウス大学医学部の同級生で、6月に卒業後、10月にポーランドで病院勤務するにあたり必要な試験を受け、11月より地元グダンスク市で消化器外科研修を始めています。私は、スロバキアの大学在学中4年間、彼と、同じ医学部に通う彼の恋人との3人で一緒にルームシェアをしました。この友人が在住するグダニスク市は、第二次世界大戦で真っ先にドイツ軍に制圧された場所です。『ポーリッシュ・ジャーマン』と呼ばれるほど、ドイツ語を話せる人口が多いことが特徴です。友人もネイティブレベルで流暢にドイツ語を話すことができます。
ロシア軍がキエフに侵攻した直後、友人の勤務する病院の消化器外科部長である友人の母は即座にドイツの知り合いの病院に電話をかけ、友人の就職できる病院がないか探していたそうです。ドイツと比較的近いことや、ラトビアにNATOが駐屯していることから、グダニスクの人々の様子はそこまで普段と変わらないとそうです。だた、これから徐々に起こるであろう難民問題や、新型コロナウイルス感染症拡大により入院患者さんが毎日亡くなっていることを懸念していました。「毎日、毎日ボディバックに遺体を入れ、死亡届の書類をかいているんだ。滅入ってくる。そして、明らかに今後起こるであろう難民問題も、今は目を瞑らなくてはならず、起こるとわかっているから尚疲れる」と話していました。

最後に
毎日、ウクライナを中心に目まぐるしく、欧州の情勢と人々の暮らしが、変動しています。つい数ヶ月前まで、卒業したのにまた試験を受けることを愚痴り、どの診療科を選ぶか、私生活はどうだ、と話していたのが信じられません。特に、ポーランド、スロバキアではロシア軍がキエフに侵攻した2月末から、ザポリージャ原子力発電所への爆撃による火災が起きた3月4日以降で、民間の人々だけではなく、若手医師たちも動揺していることが窺えます。

 

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