医療ガバナンス学会 (2022年3月10日 06:00)
この原稿は、2022年2月18日にMRIC Global( https://www.mricg.info/ )に掲載した原稿を日本語に翻訳し、加筆修正したものである。
ノッティンガム大学、MRIC Global編集チーム
小寺康博
2022年3月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
私はイギリス・ノッティンガム大学の准教授として、現在、メンタルヘルスに関する研究に従事している。中でも「セルフコンパッション」というコンセプトに強い関心を持ってきた。この言葉、日本語に訳せば、「自分への思いやり」が最も無難な翻訳になるだろう。少し変な感じがするかもしれないが、日本語で他人を思いやる際に、「ご自愛ください」といった言葉を使うことを思い出して欲しい。また、心の自愛というと、よりイメージが湧くかもしれない。セルフコンパッションを学術的に解説すると、自分の心の中の悩みに気づく「察する力」、そして、その悩みを軽減しようとする「意欲」、この2つが、軸とされている。このような能力が高い人が、メンタルヘルスの調子が良いということは想像しやすいだろう。実際、さまざまなサンプルのメンタルヘルスを調べたが、セルフコンパッションは一貫して良いメンタルヘルスと強く関連していた。
さて、日々仕事で慌ただしく過ごす一方で、家では、2歳の三つ子(と6歳)の父親という、少し珍しい家庭環境で生活をしている。イギリスにおいては、毎年、新生児の約3〜5%が双子として生まれてくる。しかし、三つ子の割合は0.02%とかなり低い。さらに言えば、三つ子3人のうち2人の一卵性双生児(男の子)にはいくつかの健康問題があり、いずれも有病率は1%以下である。同僚からは「(そんな低い確率のことばかり当たるのなら)宝くじでも買えばいいのに」とアドバイスをもらい何枚か買い始めたが、今のところ全然ダメである。
生まれたばかりの三つ子をコロナ禍のさまざまな制約の中で育てるのは、非常に困難である。特に一卵性の2人の男の子は、多くの複雑なニーズを抱えている。まずは自閉症、そして、そのうち一人は多嚢胞性異形成腎のため、。もう一人はヒルシュスプルング病を患っている。出産後、手術を受けるまでの1年間、毎日2、3回、直腸洗浄をしなければならなかった。この処置を行うには、大人の人手が最低2人は必要である。従って、この子の洗浄作業をしている間、リビングルームには大人がいない状態になる。そのため、他の2人の赤ちゃんが泣いていても、あやしつけることができず、また、一番上の長男も私たちの注意を必要としており、非常に辛かった。結局、私が一人で洗浄をする方法を見出し(「手は2本しかないが、指は10本ある」と強く思った)、妻が他の子供たちを見られるようになった。ヒルシュスプルング病の手術をしてからは、彼も自分で便を押し出すことができるようになった。たまに症状が再発するため、救急外来に連れて行くことも多い。
しかし、そうした中でも一番大変なのは、睡眠障害である。自閉症児の5~8割は睡眠の問題を抱えているそうで、もちろん私たちの男の子2人もそれに該当する。これまで小児科医や睡眠専門医に相談し、ルーティン、光、音、匂い、ベッドの種類、睡眠薬など、提案されたことはすべて試したが、どれもうまくいかなかった。1時間から1時間半おきに泣いて起き、泣き止ませるためには30分ほど立って抱っこするしかない。子育ての辛いところは、このようなイベントが、こちらの体調やスケジュールに関係なく起こるということだ。コロナの注射後に副作用で熱が出ようが、次の日、大事な面接があろうが関係ない。実際、現職の面接前にも同じような夜を過ごした。一晩中寝かせようとしても、何も効果がなく、妻と二人で途方に暮れた夜も多々ある。
しかし、このような困難の中で、心の健康を保つために役立つと感じた術がいくつかある。そのひとつは、「共通の人間性 (common humanity)」、つまり、人間は誰でも同じような願望や困難を抱えていることを認識することである。この「共通の人間性」は、先ほど述べたセルフ・コンパッションの構成要素の一つでもある。皆同じような苦しみを抱えていると認識することで、孤独感や自己批判を抑え、自己への思いやりを促す。息子たちが何をやっても眠らないとき、私は自分と同じような境遇にある人たちを想像するようにしている。私のような人がいることを認識することで、ストレスが下がり、孤独感が減る。同じような知見は、私どもノッティンガム大学のメンタルヘルス研究所のチームが、これまで実施してきた介入研究にも当てはまるのではないかと、私は今チームに提案している。例えば、介入研究の一つに「ピアサポートワーク」といって、メンタル疾患の患者に、同じ症状を患い、そこから立ち治った元患者を「ピア」、つまり仲間として付き添わせることで、従来の治療の効果を高めようという介入がある。これも患っているメンタル疾患が自分だけではなく、周りに同じような苦しみを経験した人がいると知ってもらうことで、患者の心の負担を軽減させる効果があると思われる。ピアサポートワークの新たな切り口として調べていきたい。
息子たちの睡眠がいつ改善されるかはわからない。小児科の先生にも「もうお手上げだわ。気の毒だけど、耐え忍ぶしかない」と言われてしまった。「耐え忍ぶ」とは、状況が良くなることを前提とした表現である。そのような日が訪れることを信じつつ、「セルフコンパッション」を最大限活用し、日々を乗り切っていきたい。
謝辞
今回の原稿を書くに当たり、親切にご指導いただいた尾崎章彦先生に感謝を申し上げたい。