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Vol.22055 医学生が覚える「地域枠制度」への違和感

医療ガバナンス学会 (2022年3月9日 06:00)


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この原稿は医療タイムス(2月16日配信)からの転載です。

慶應義塾大学医学部4年
谷 悠太

2022年3月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

■医学部6年間の経費は3,400万円

僕はいま、慶應義塾大学の医学部に通わせてもらっている。出身は四国の徳島県。意外と知られていないが、徳島県は人口あたりの医師数が日本で1番多い。僕は1人っ子で、父は放射線科医、母は薬剤師だ。

ところで、慶大学医学部の学費は年間約360万円、6年間で約2,160万円かかる。これでも私立大学医学部の中では3番目に安いというのだから驚きだ(私立大学医学部の年間平均約500万円、6年間で約3,000万円)。

1カ月の生活費は、家賃、食費、光熱費、携帯料金など、すべて込みで月に18万円、年に216万円、6年間では1,236万円になる。学費と合わせると、6年で3,400万円ほどだ。日本の平均年収が約430万円だから、仮に1度にこの額を払う場合、約8年分にあたる。こういう計算をするたびに、いかに僕が恵まれているのかに気づかされる。

話は変わるが、以前、僕の医学部の友人からこんな話を聞いて、驚いたことがある。「経済的理由から、地域枠を利用して医学部に入ったが、病院実習が始まってから、毎朝、卒業してから30歳代半ばまでの9年の間指定された診療科で本当にやっていけるのかという不安に襲われ、吐く日もあった」

また、地域枠制度を離脱した別の知人の話を聞き、さらに驚いた。「初期研修が終わったときに自分の行きたい病院が見つかり、6年間分の学費2,040万円と、その利子合わせて3,140万円、一括で払ったよ。初期研修で貯めたお金じゃ足りなくて、親父に借金しちゃったけど」

■医学生に大きな制約を課す地域枠制度

今、この「地域枠制度」が大きな問題となっている。2021年12月17日に朝日新聞がこの問題を大きく取り上げたことも記憶に新しい。

地域枠制度は、都道府県による貸与型の奨学金制度で、都道府県の指定する区域で一定の年限従事することにより返還を免除される。

目的は、地域間の医師偏在の解消で、自治医科大学の制度をひな形として、07年から本格的に導入された。地域枠制度の利用者数は、07年には定員の約2.3%(173人)だったが、20年には定員の約18.2%(1,679人)にまで増加している。

地域枠制度の離脱率は、13年の11.2%(24人)から19年の0.1%(1人)に劇的に減少している。自治医科大学の離脱率が、1978年から91年までで4.7%(69人)であることを考えると、現在の地域枠制度の離脱率の異様な低さが際立つ。

僕は、18歳からずっと、自分が将来どんなところで何をやりたいのかが分からず、紆余曲折を経てきた(詳細は、こちらの記事「Vol.22020. 高校生の「進路選択」( http://medg.jp/mt/?p=10767 )」をお読みいただけると幸いだ)。

経済的に恵まれていたから、医学部にいながらも将来に向けた試行錯誤が認められたという実感がある。そういった背景から、医学生に大きな制約を課す地域枠制度が、医学教育や医師のキャリア、患者さんに、どういった影響を持っているかをリサーチし、その現状を論文にまとめたいと思った。

地域枠制度を利用している医学生、離脱した医学生や医師、またボストンで研究をしている大西医師やつくばMクリニックの坂根医師、政府関係者にインタビューなどでご協力をいただいた。

■長すぎる拘束期間と高すぎる金利

地域枠制度の1番の特徴は、長すぎる拘束期間だ。主として9年間、指定された地域や診療科に勤める義務が生じる。

海外の類似の制度と比較してみると、オーストラリアやインド、ガーナ、タイでは3年間、ノルウェーは1.5年、南アフリカは1年と、地域枠制度の拘束時間の長さは群を抜いている。

地域枠制度の締め付けは、長すぎる拘束期間だけではない。高すぎる金利もその1つである。多くの自治体で地域枠制度の金利は10%で、一般的な学資ローンの返済利率と比べ最大7倍である(日本学生支援機構第二種奨学金1.5%、日本政策金融金庫一般教育貸付2.35%、民間教育ローン4.6%)。

多くの場合、一括返金を求められ、山梨大学医学部など一部の大学では、利息制限法を超える不当に高い違約金まで請求される。

それだけではない。厚労省による臨床研修病院への圧力もある。厚労省は、地域枠制度を離脱した学生の研修を受け入れた臨床研修病院に対して、補助金の減額や指定の取り消しの可能性を通達し、地域枠制度の学生名簿を各研修病院に配布している。

さらに、日本専門医機構は、都道府県の同意を得ていない離脱者を研修に参加させず、専門医としても認定しない方針を打ち出している。

■法的根拠が欠けた地域枠制度

インタビューをした政府関係者の人は、地域枠制度には法的根拠が欠けていると指摘する。民主主義の国では、1人ひとりの権利が保障されている。自由に職業や住むところが選べるのも、自由権が認められているからだ。

自由権の制約が認められるのは、国会で他者の人権との調整のために合理的だと認められたときに限られる。例えば、医師が0人の地域があると、そこに住む人は十分な権利が保障されているとは言いがたい。

どの地域にもある一定水準以上の医療を届けるために、医学生時代の授業料や生活費を6年間免除する代わりに、特定の地域で一定期間だけ働くという契約を認めよう、という法律が立法される可能性は十分にある。

ところが、現在の地域枠制度は、奨学金条例の運用で行われており、その条例の目的は、もとより地域の医師偏在の解消ではない。これが、「地域枠制度には法的根拠が欠けている」という表現の意味するところだ。

■弱みを利用し医師の偏在解消に利用か

地域枠制度について、医師のキャリアや患者の観点から検証したデータは乏しく、その仕組みが本当に患者や医師にとっていいのかの検証は全然なされていない。

文部科学省の地域枠制度に関する最新の2020年度の報告書には「離脱理由として『その他個人的理由』や『不明』が多いため、離脱理由を詳細に把握することは困難である」としか書かれていない。

大学や厚労省、専門医機構などによる過剰な締め付けは、医師のキャリアや患者にとって長すぎる地域への拘束が何か大きな問題を抱えている可能性を強く示唆する。

本来、医学教育は、出自や家庭状況にとらわれずにどんな若者でも医師を志し、目の前の1人ひとりの患者を救うための努力ができる機会を提供するものではないのか。

厚労省や自治体が、地域枠制度でお金を持っていない学生や新米医師の弱みを利用し、彼らの将来を地域間の医師の偏在解消に利用しているように映り、一医学生として強い違和感を覚える。

今、地域枠制度利用者は医学部定員の約2割を占める。5人に1人の医学部生が成長する機会を損なうことは、日本の医療にとっても大きな損失ではないだろうか。

■「毎日が充実」「将来をあきらめかけていた」

実は、冒頭で述べた友人の話には続きがある。「病院実習が始まって、将来への不安と緊張で、吐く日もあったよ。けど、指定の診療科の中に、自分があこがれる、もっと勉強したいと思う診療科があって、今は、そのスペシャリストを目指して頑張っている」。

また、地域枠制度を利用した別の友人はこういっていた。「おれの家は裕福じゃないし、おれ自身あまり勉強してこなかったから医学部なんて無理だよなってあきらめかけたときに、地域枠制度を見つけた。今は自分が置かれた環境で立派な医師になれるよう精一杯頑張れていて、毎日が充実している」。

僕がいま地域枠制度についてリサーチしている、と医学部の友人に話したところ、「実は自分も地域枠制度なんだよね。地域枠制度ってお金返しても離脱できないんじゃなかったの。将来をあきらめかけていた。もっと話を聞かせてほしい」と伝えてもらった。

地域枠制度の強すぎる締め付けに違和感を覚えている医学生や医師は少なくないはずだ。日本の医学教育が、医療の将来を担う医師を、いきいきと羽ばたかせられるように、地域枠制度の改革を求めたい。

例えば、短期的には、地域枠制度からの離脱を検討する医学生や医師のサポートが必要だ。本来は、契約で規定されるお金を各自治体に返えせば、問題なく地域枠制度から離脱できるはずだが、実際はそうではない場合がある。僕の友人の成功事例がある。僕の友人は、大学や県に、地域枠制度からの離脱を掛け合ったが、まともに取り合ってもらえずに泣き寝入りになりかけた。その際に、弁護士のサポートを受けられたため、6か月のやりとりを経て、地域枠制度から離脱できた。多くの医学生や医師は法制度に疎いため、法律の専門家によるサポートが必要だ。

中期的には、地域枠制度の期間を2年ほどに短縮することや、金利を通常の学資ローン水準である2〜3%程度にまで下げることなどが挙げられる。長期的には、オンライン診療の拡充や看護師の役割の拡張などによる 問題の解決が挙げられ、地域枠制度だけにとらわれない幅広い議論がなされるべきだ。また、臨床的には、地域枠制度が患者や医師のキャリアにとって、具体的にどういった影響をもつのかの検証が欠かせない。

一医学生だけでできることは非常に限られているが、いま自分にできることを一つずつ積み重ねて、精進していきたい。

 

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