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Vol.22065 個人ベースの繋がりでコロナ禍の高等教育に格差

医療ガバナンス学会 (2022年3月24日 06:00)


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スロバキア・コメニウス大学医学部6年
妹尾優希

2022年3月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私は、東欧のスロバキアの首都ブラチスラバに位置するコメニウス大学医学部に在籍しています。コメニウス大学の前身であるロイヤル・エリザベス大学は、ハプスブルク帝国支配下であった1912年に創立され、1918年に医学部が設置されました。そして1919年、ハプスブルク帝国の崩壊後にコメニウス大学へと改称されました。現在は、スロバキア語コースと英語コースに分かれ、英語コースには近隣国のドイツ、ポーランドやオーストリアを中心に世界中から約850人の学生が集まり英語で医学を学んでいます。
スロバキアを始めとする欧州の大学医学部留学の魅力の一つに、低学年から病院で患者さんの問診を行い、採血や縫合などの手技を練習する実践的な授業が始まることがあげられます。日本の医学部のカリキュラムは、主に1〜3年生で座学によって医学の基礎知識を学び、4,5年生で臨床実習を受け、6年生の大半は卒業試験・国家試験対策となっています。欧州では、3年生より病院実習が始まり、卒業まで授業のほとんどを臨床実習が占めています。

しかし、スロバキアでは新型コロナ感染拡大に伴い、3月16日と10月1日の2回に亘る緊急事態宣言により、2020年2月から11月現在まで、病院での実習も含め対面授業の多くは中止となっています。結果として、コメニウス大学の教育体制は、実践的な授業スタイルから、オンライン教育体制へと変化しました。
まず、3月16日にスロバキア政府より発令された緊急事態宣言を受け、3月26日に、通常7月までの夏学期の全ての試験と、授業がオンラインで実施される方針が大学より発表されました。通常、毎朝7時半に始まり13時まであった実習は、臨時のオンライン授業では多くて週3回、2時間程度のオンライン講座が限界でした。
欧州の医師免許取得は、日本のように全国で決まった日時に統一試験を一斉に行うのではなく、最終学年である6年次に1)内科・外科・小児科・産婦人科の規定時間以上の実習、2)上記4科目の口頭試問の合格、3)卒業論文提出の3つをクリアする事が条件となっています。臨床実習は各科ごとに細かく時間が設定されており、内科は396時間の実習と5日間の当直、外科は240時間と2日以上の当直、小児科は280時間、産婦人科は54時間という具合です。実習先は、原則的にはスロバキアの大学病院で受け、教授の許可がある場合のみスロバキア外での実習が認められていました。
対して今年9月から始まった新学期では、英語コースの学生は、自国で実習受け入れ先の病院を積極的に見つけるように、と大学より連絡がありました。そして受け入れ先がない学生は、スロバキアの大学病院で可能な限り病院実習を行うこととなりました。私は7月に日本に帰国し、必須科目4科全ての臨床実習を日本で受け、大学実習単位の取得を目指すこととなりました。

コロナ禍で実習受け入れ先病院を探すのは、とても困難でした。そもそも、国内で、見学型ではなく、学生が医療チームに加わり臨床実習を行うクリニカルクラークシップを受け入れている病院は少数です。クリニカルクラークシップを受け入れている病院でも、ほとんどの場合受け入れは最長4週間までとされています。さらに、今年4月から8月まで、多くの病院が研修希望の学生を対象とした病院見学も中止しており、実習申し込みも臨めない状況でした。
ダメ元で連絡した病院に次々に断られてしまい一時はスロバキアへ戻ることも考えていましたが、ご縁があり福島県いわき市の常磐病院に実習受け入れを承諾いただきました。

常磐病院に繋いでくださったのは、常磐病院の乳腺外科医の尾崎章彦先生です。尾崎先生には、2017年12月に世界で最も権威のある世界五大医学雑誌の一つであるLancetに受理されたネパールで発生したモンスーン期の豪雨による洪水被害に関するレター論文執筆をお手伝いさせていただいたのをきっかけに、医学論文の書き方をご指導いただいています。初めて論文を発表してから3年間で、9本の論文を発表することができました。また、論文のご指導以外にも、尾崎先生が編集長を務めるMRIC Globalという一般の方向けに各国の医療問題や、様々な社会問題に関する記事を配信するメールマガジンの記事編集作業にも携わらせて頂いています。こうした論文や、MRIC Globalの記事編集作業は、すべてFacebook メッセンジャーやZoomを利用してスロバキアにいながら日本にいる尾崎先生とコミュニケーションをとり、ご指導いただいていました。

話を戻します。今回、スロバキアでの大学の状況や、単位取得に必要な実習の内容について相談した際は、その日のうちに病院事務の方にお繋ぎいただき、日程調整や必要な手続きを始めていただきました。
さらに、常磐病院にない診療科の実習先も尾崎先生に調整いただき、南相馬市立総合病院の脳外科、福島県立医科大学病院の小児外科と形成外科、南相馬市原町区のときわ整形外科で外科実習を受けることができました。海外の医学生ということもあり、自力での実習先病院探しが難航していたのに対して、実習で訪れた病院やクリニックでは、温かく受け入れいただき、本当に驚きました。これは、尾崎先生個人の、人と人との繋がりを通して、ご紹介いただけたからと強く実感しました。

5)院内での個人の繋がりも実習の質に功をなす
『スロバキアの大学病院で、可能な限り病院実習を行う』と前述しましたが、実際には10月1日に2度目の緊急事態宣言が発令されたことで、コメニウス大学で外科実習ができたのは1週間ほどでした。対して、常磐病院では7週間、毎日8時から17時まで臨床実習を受けることができました。また、通例の大学の臨床実習では指導医1人に対して約10人の学生がいるのですが、常磐病院の実習では医師4〜5人に対して学生は私1人のみという、贅沢な実習となりました。
実習内容も、欧州大学医学部で実施されているものに近い、手を動かす実践的なカリキュラムを組んでいただきました。平成30年7月に厚労省が、医学生が実施可能な医行為の例を拡大し、臨床実習中に実施が開始されるべき医行為として皮膚縫合、手術助手などの手技、推奨項目に指導医の監督下での気管挿管、膿瘍切開など、患者さんの身体に対する侵襲が大きい項目が加わりました。しかし、実際には日本の医学生が大学の臨床実習中に、こういった医行為を実施することは少ないそうです。対して、常磐病院の外科実習では、「前立ち」と呼ばれる内視鏡を持つ第一助手をさせてもらえたり、気管挿管も丁寧に教えていただけました。

こうした常磐病院の自由なサポート体制は、様々な場所から新しい医師や医療者を常磐病院に呼び込んでいました。同時期に常磐病院入りをしたのは私だけではなく、板橋中央総合病院から研修医の先生たちも、長期と短期で常に4人ほど地域研修をされています。専門医の医師から個別指導を受けながら、学年が近い研修中の先生に日本での研修や国家試験について相談もできる恵まれたな環境で実習ができていると思います。

6) Conclusion
長期化しているコロナ感染拡大により、オンライン教育体制が導入され、各国の医療教育がどこにいても受けられるようになりました。一見、学生にとって授業が受けやすい環境になったと思われましたが、活きた個人ベースのネットワークの有無で、受けることのできる教育内容に大きな差が出ることが浮き彫りになっています。しかし、やる気次第では、新しい実習体制を切り拓き自分の好きなようにカスタムしピンチをチャンスに変えることもできるかと思います。
筆者プロフィール:
小学校課程を日本で修学した後、ニュージーランドへ渡航し中学・高校を卒業。2013年9月に英国、バーミンガム大学国際関係学部に入学し2014年に中退。2015年9月よりスロバキア、コメニウス大学医学部に入学。現在、福島県いわき市の常磐病院で実習中。医療者向けポータルサイト『m3(エムスリー)』のメンバーズメディアや、原子力学会誌『ATOMOΣ(アトモス)』のコラム連載にて、スロバキアの医療教育事情やエネルギー事情について発信している。

 

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