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Vol.22066 悪いエビデンスから良いエビデンスへ:『悪いがん治療』翻訳刊行に寄せて

医療ガバナンス学会 (2022年3月25日 06:00)


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医師、翻訳者
大脇幸志郎

2022年3月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

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悪いがん治療: 誤った政策とエビデンスがどのようにがん患者を痛めつけるか
ヴィナイヤク・プラサード著、大脇幸志郎訳
晶文社、3200円+税
https://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4794972938/0waki-22
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エビデンスを軽視し、権威の顔色を見て新薬に飛び付いては幻滅する現代の医療の軽率さは、癌治療薬の開発においてもはっきりと現れています。そこで一人勝ちしているのがグローバル製薬企業です。製薬企業と利益相反関係のある医師や規制機関が、臨床試験の結果を甘すぎるほど甘く採点し、効果は小さいのに価格は高い新薬を承認し推奨しています。

そうした状況は、2010年代までに企業から巨額が支払われた訴訟などの事件として報道されるとともに、マーシャ・エンジェル『ビッグ・ファーマ』、ベン・ゴールドエイカー『悪の製薬』などの著書でも指摘され、非専門家にも広く知られるようになりました。

しかし、アメリカの腫瘍内科医Vinayak Prasadの著書”Malignant”は、いまなお同じ問題が続いていることを鮮明に指摘しています。同書はこの問題がただ製薬企業に道徳を求めれば解決するものではないととらえ、社会全体に食い込んだ利益の構造を見直すことを提言します。

この深い洞察と、個々のエビデンスを丹念に読み解く手つきを日本の読者にも伝えたいと思い、私は同書の翻訳出版を企画し、手を上げてくれた晶文社の力を借りて、邦訳『悪いがん治療』の刊行に漕ぎ着けました。

私は2015年から2018年まで務めた医療情報サイト運営の仕事を通じて、一般読者にエビデンスとは何か、どう読めばいいのかを伝えようと試みてきました。それは私自身にとっても手探りで勉強しながらの試みでした。苦労の末に、小さいながらも好意的な反響が聞こえてくるようになりましたが、肝心なところは伝わっていないことがしだいにわかってきました。

それは、世の中で「エビデンス」と呼ばれるものはエビデンスの断片にすぎず、現実には医学の大部分はエビデンスに基づいてなどいない、相変わらずのエミネンス(権威)に基づく医学だということです。

新薬のニュースに読者は喜びました。データに解釈の余地があることをいくら注釈しても、のれんに腕押しのようでした。逆に、はっきりしたデータをいくら示しても、読者の予断を変えることはできませんでした。

新型コロナウイルスをめぐる騒動でもそのパターンは繰り返されました。アビガンは中国での試験がプロトコルとは違った内容で報告されていることが指摘されませんでした。イベルメクチンは研究不正により無効とわかったデータを除いたシステマティックレビューで有効性が示されていないことが理解されませんでした。承認申請中の塩野義の新薬候補にしても、真のエンドポイントである症状改善効果において有意差なしという、常識的には開発断念を意味する結果に反して申請が出され、メディアはそれを「良いこと」として伝えました。

エビデンスに基づいた冷静な指摘は「すでにわかっている人」から外には広がっていきませんでした。

実際のところ、良心的なメディア関係者は少なくありません。個人レベルでも、大手媒体からも、現実のデータから読み取れること/読み取れないことを客観的に説明する試みは出ています。しかし、そうした姿勢は多数派の支持を獲得するには至っていません。

私の考えでは、ここには未解決の問題が横たわっています。それはエビデンスを読み解くための多くの前提が一般に共有されていないということです。

医療従事者や研究者、メディア関係者は良心から「リテラシー」の大切さを唱えます。それは誰も反対できないことでしょう。しかしものごとには順序があります。読者・視聴者が医学ニュースのために勉強するだけの時間と労力はごく限られています。理想だけをいくら唱えても、その理想が実現するまでに何十年かかるかわかりません。

『悪いがん治療』は「リテラシー」をつける本です。未学者のためにも責任ある人のためにも、地に足をつけて具体的に手をひいてくれる本です。そのゴールは、日本語で書かれたものとしてはきわだって高いレベルにあります。おそらく、この文をここまで読んで「やはりリテラシーを広めなければ」と思っている方こそが、多くのことに気付かされるはずです。

ぜひ手にとって確かめてください。そして知り合いに薦めてください。一緒にエビデンスに基づく医学を学びましょう。

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