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Vol.22067 災害による健康の「ゆさぶり」、なぜその一般化が重要か

医療ガバナンス学会 (2022年3月28日 06:00)


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本原稿は、「災害関連死の本質――現場で感じるこれからの課題――」に寄稿した文章を一部改変し、MRICに転載しました。
会議のアーカイブ動画は、以下URLよりご確認いただくことができます。
https://www.youtube.com/channel/UCDS4iNTDfwUaYZGpaHG5X7g/playlists

ときわ会常磐病院
尾崎章彦

2022年3月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

2022年2月1日(火)に、シンポジウム「災害関連死の本質――現場で感じるこれからの課題――」に、パネリストとして参加いたしました。このような素晴らしい機会にお声がけいただいたのは、福島県浜通り地方において、震災後の健康影響の評価に、筆者自身も、微力ながらこれまで取り組んできたからであると理解しています。とは言え、災害関連死を、必ずしも主たる関心としてこなかった筆者とは異なり、シンポジウムに講師として登壇された方々は、弁護士や医師として現場で活動しながら、「災害関連死」に正面から取り組んできた方々です。それだけに、そのお話は、大変聞き応えがあるものばかりでした。

中でも、一際、筆者が関心を持ったのは、坪倉正治医師の発表です。災害関連死やその周辺知識について過不足なくまとめた発表は、白眉の一言でした。その中でも、「災害後の健康状態がなぜ長期化するのか」について説明したシェーマは、極めて重要な教訓を含んでいると感じました。筆者の理解では、そのエッセンスは2点に集約されます。1つは、災害後に、健康状態を悪化させるようなイベントが繰り返し起きることで(坪倉医師は、これを「ゆさぶり」と呼称していました)、健康状態が徐々に、かつ長期的に悪化するということ、もう1点は、その健康影響は、弱者において、より顕著となる可能性が高いということです。

坪倉医師は、この「ゆさぶり」という概念を、東日本大震災と福島第一原発事故後の多様な健康影響の発生メカニズムを説明するために利用していました。それ自体は、このシンポジウムの主眼が、東日本大震災と福島第一原発事故であることを考慮すれば、自然なことでしょう。しかし、筆者の経験では、この「ゆさぶり」という概念は、複数の異なる災害を経験する中で発生するような健康被害に対しても、応用可能であると考えています。実例を紹介しましょう。

患者さんは、2021年4月に当院を初めて受診した、検診受診歴のない50歳代の女性です。2年前から右胸のしこりを自覚していましたが、いよいよ2021年2月頃から痛みを伴うようになってきたということで、当院乳腺外科を受診されました。

2年間にもわたって症状を放置することになった理由の1つは、令和元年東日本台風の影響です。この台風は、2019年10月12日から10月13日にかけて東日本に甚大な被害をもたらし、99名の方々を死に追いやりました(消防庁調べ)。いわき市においても河川の氾濫が起き、溺水などで8名の方々が亡くなりました。患者さんのご自宅も床上浸水の被害に遭い、それからしばらくは、自身は浸水した自宅の2階に住み、母親を施設に預けて家の片付けに追われました。

患者さんは台風の被害に遭う前の2019年4月から胸のしこりを自覚していました。しかし、当初は深刻な症状であるとは考えていなかったそうです。そして、台風の被害を受けた数ヶ月後に徐々にしこりが増大することに気付いていました。しかし、その頃はまだ浸水した自宅の2階に住み、家の片付けに追われていた時期でした。そのため、医療機関を受診するような心持ちではありませんでした。

その片付けがひと段落した頃に、新たな問題として出現したのが、新型コロナウイルスの流行です。ちょうど患者さんが右胸のしこりを認識した2020年4月ごろは、緊急事態宣言が発出された時期でした。その結果、患者さんは「できるだけ外出しないようにした」そうです。

また、緊急事態宣言が解除された後も、なかなか感染流行が落ち着かず、できる限り、不要の外出を控えるようにしていました。その結果、友人と会うこともはばかられ、実際、「誰にも自分の症状について相談するということができなかった」そうです。

また、患者さんには他にも簡単に受診ができない事情がありました。患者さんは母親と2人暮らしであり、その母親は介護を必要とする状態でした。日中は、患者さんは仕事で家におらず、「仕事が終われば、すぐに自宅に帰って母親の介護をする」という生活に追われていました。

このように、台風や新型コロナウイルスの流行に加えて、他の災害や仕事や家庭でのさまざまな事柄が重なり、自身の健康の優先順位が著しく下がっていたことが、受診の遅れの背景にあったと考えられました。

患者さんは詳しい検査の結果、骨転移を伴うステージⅣの乳がんと診断されました。幸い、薬物療法などを実施し、状態は安定しています。しかし、骨転移の存在は、この患者さんの乳がんが根治不能であることを示唆しています。

このように、この患者さんは、異なる災害(新型コロナウイルス感染症も災害として理解することが可能です)によってゆさぶりを受け、結果的に、根治不能な段階の乳がんと診断されたのでした。また、彼女の場合は、周囲から十分なサポートを得難い状況にあったことも、早期の対応を難しくした理由であったと考えます。

また、「ゆさぶり」は、災害に加えて病気を経験することで発生するような健康被害についても応用可能であると考えています。そのような形で健康影響を受けたと推測される患者様をご紹介します。

2021年春に当院を受診し、乳がんの手術を実施された患者さんは、乳がん治療後に抑うつ状態に陥りました。患者さんに詳しく話を伺うと、令和元年東日本台風に際して、自宅直前まで浸水が起こり避難を余儀なくされるような経験があり、強い恐怖を受けていました。そして、乳がんの手術を経て、2021年秋頃から、台風の報道などを目にした際に、漠然とした不安を抱くようになり、「どうして私が」といった思いを常に抱くようになりました。この場合は、台風の経験に追加して、乳がんの治療によって「ゆさぶり」を受け、精神的に大きなダメージを受けたと考えています。なお、この患者さんは、幸いにも、ご家族や精神科医師の支援を受けることで、現在は精神的な安定を取り戻しています。

このように考えると、単一災害に限らず、異なる災害の影響を受けた場合や、災害に加えて病気に罹患したような場合であっても、健康の「ゆさぶり」が起こり得ることが理解できます。以上のような議論は、より俯瞰的な視点から、災害の健康影響を理解する必要性を示唆していると言えます。すなわち、災害による健康影響をあまり特別視しすぎるのではなく、より普遍的な健康へのストレスとして理解することが重要であるということです。

そして、このような俯瞰的な立場から災害を捉えることは、一般に、その対策を検討する場合においても意義があるように感じます。なぜならば、結局のところ、病気においても災害においても、いわゆる「弱者」として、特にサポートを必要とする方々のプロファイルには共通点があると言えるからです(過度な類型化には批判があるでしょうが、ここでは、「弱者」として、高齢者や寝たきり患者、障害者、精神疾患患者、社会経済学的な立場が低い方々や社会的なサポートが乏しい方々などを想定しています)。結局のところ、災害を想定して、このような特徴を備える方々において備えを進めることで、彼ら・彼女らが、病気になった時の支援にも一定程度つながるように感じています。もちろんその逆も然りです。そして、災害と病気の共通点を考えながら、必要な支援を有機的に検討・導入していくことで、行政や民間双方の立場にとって、両者への備えが、より取り組みやすい課題となるのではないか、そのように考えています。

 

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