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Vol.22062 第17準備書面(薬害裁判のあらまし)

医療ガバナンス学会 (2022年3月18日 06:00)


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鹿児島県 井手小児科
井手節雄

2022年3月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

最終準備書面である第17準備書面を紹介することで、裁判の全容、鑑定書に対する原告の意見を述べさせていただきます。

平成29年(ワ)第12429号 損害賠償請求事件
原告 井手節雄外1名
被告 日本新薬株式会社外1名
準備書面17
令和3年11月 24日
大阪地方裁判所第25民事部合議1係 御中
原告ら訴訟代理人弁護士 内藤 由佳
第1 本訴の経緯

本訴は、被告イーライ・リリー社が開発し、被告日本新薬が販売するザルティアを継続して服用したことにより、重篤な副作用を発症し、その後、販売者である被告日本新薬に対して原因究明及び対応を求めたものの、被告日本新薬から誠実な対応がなされなかったため、提訴に至ったというものである。
訴状においても主張したとおり、原告井手は当初からザルティアの副作用を疑っていたわけではない。むしろ、服用開始から1年以上経った薬剤によって重篤な副作用が生じるとは夢にも思わず、重篤な副作用を発症した後にも服用を続け、その後、知人の薬剤師からの副作用の指摘を受けて服用を中止したところ、ようやく身体症状が少しずつ寛解しはじめ、以前ほどではないものの、通常に近い生活ができる程度まで回復することができた。裏返して言えば、原告井手がたまたま薬剤師から副作用の指摘を受けることができなければ、原告井手は重篤な副作用が発現した後もザルティアの服用を続け、二度と通常の生活に戻れなかったかもしれなかった。原告井手は、自らが経験した重篤な副作用の危険性や、それが簡単にはわかりにくいことが今後深刻な被害をもたらしかねないことを感じ、医師の良心としてその状況を放置することはできず、ザルティアの副作用の原因や機序の解明に必死に取り組み、多数の専門家のアドバイスを得るなどして、ザルティア(タダラフィル)の継続服用による薬物動態、PDE11阻害作用及びそれによるcAMP分解阻害に伴う危険性等を知り、原告井手の経験した副作用は、タダラフィルの成分と継続服用を前提とすれば、当然に想定されるべきメカニズムベースの副作用であることを知るに至ったのである。
これらの経緯及び副作用の発生機序については、本訴の訴状及び各準備書面で明らかにしているところである。
第2 本訴訟における被告らの対応

上記のような原告の主張に対し、被告ら(主に被告リリー社)は、「民事訴訟における立証責任」を強調しつつ、概要、原告らの主張するザルティアの危険性は科学的根拠のない「サイエンスフィクション」であり証明されていないこと、原告井手の症状発現時期が一般的な副作用の発現時期と異なること、ザルティアの安全性は臨床試験等において確認されていること、ザルティアに危険性があるのであれば有害事象の報告が相次ぐはずであるが、ザルティアに関する有害事象の報告症例は少なく、危険性は認められないことなどを反論として展開し、原告らの主張を否定した。
しかしながら、原告らの主張するザルティアの副作用のメカニズムの説明は、ザルティアの添付文書に記載されている薬物動態などの事実を基本として、生化学の教科書に掲載されているような事象を説明したにすぎないものであり、何ら複雑なものではないし、被告らが強く否定する平滑筋の廃用性萎縮についても、同じく平滑筋である膀胱の廃用性萎縮については広く認められており、何ら特殊な主張ではなかった。
そして、これに対する被告の反論は、ザルティア(タダラフィル)の安全性に関して、物質特許申請時にはPDE11の存在も判明しておらず、タダラフィルがPDE11を阻害して血管平滑筋において「アクチンとミオシンの滑走阻止」が起こることの危険性も検討されていなかったにも関わらず安全性が確認されているかのように主張している上、有害事象の報告数に関し、現実の患者数と有害事象の報告数の相関関係が明らかに不自然であるし、現に原告井手についても、糖尿病悪化を強く主張しているにもかかわらず有害事象としては報告していないなど、報告されていない事例が多数あると考えられる(準備書面11参照)ことなど、民事訴訟としての立証責任を前提に「真偽不明」に持ち込むことに徹し、薬剤としての安全性についての疑問を所々に感じるものであった。
そもそも被告らが取り扱う商品は人体に投与する薬剤であり、数万、数億の人々の生命・身体の安全に関わるものであって、被告らは、民事訴訟としての立証云々以前に、原告からの副作用の指摘を真摯に検討し、安全性の確認に取り組むべきである。しかしながら、被告らにおいては、民事訴訟上の原告の立証責任という訴訟技術に終始し、安全性を再確認する姿勢を一切示さず、それどころか、生化学の常識に反し、細胞内の事象と細胞外の事象や血管平滑筋と血管そのものを混同して主張するなどしつつ、「論点を拡散させて真に重要な争点に審理が集中しないようにする」「真偽不明に持ち込む」という訴訟技術上の対応に終始したのである。
原告井手としては、被告らがこのような対応に終始する限り、タダラフィルの継続使用が多数の悲劇をもたらし、大きな薬害事件に発展することを懸念せざるを得ない。
第3 鑑定書の解釈について

被告らは、鑑定書によって原告らの主張する副作用は否定されたと考えているようである。
しかしながら、鑑定書を詳細に検討すれば、本件における原告の副作用は否定されておらず、むしろザルティアの危険性を示す記載が散見している。
すなわち、鑑定書においては、原告らがまさに主張していたとおり、(1)タダラフィルは、数少ないPDE11阻害作用を持つ薬剤であること、(2)PDE11阻害剤ではなくPDE5阻害剤として使用されているが、実際にはPDE5とPDE11の間にはそこまで強い選択性の差はないため、PDE11に対しても比較的強い阻害活性を示すこと、(3)タダラフィルはPDE11を阻害することでcAMPシグナルを増強し、平滑筋弛緩を生じさせること、(4)タダラフィル使用による平滑筋弛緩により、低血圧が生じることも驚くことではない旨が明記されている。また、「PDE11阻害薬は実臨床では使用されていない」旨も明記されている。使用されていない理由は、PDE11を阻害することによる人体への作用(おそらくはcAMPシグナルの増強)が危険であるか、少なくとも安全性が確認できていないからに他ならないと思われる。
鑑定書は、このような事実を認めながらも血管平滑筋の廃用性萎縮やリストラについて認めてはいないが、決して「廃用性萎縮やリストラは起こらない」と示しているわけではなく、臨床的な証明が困難であり、現段階では科学的な実証が不十分であるため「不明である」旨が記載されているに過ぎない。「不明」ということは、裏返して言えば、PDE11阻害作用とそれによるcAMPの増強、すなわちタダラフィルの使用によって起こる作用については、人体に重大な害悪を及ぼす可能性が十分に存在するということなのである。
鑑定書にも明記されているとおり、PDE5の阻害はcGMPの分解を阻害するとしてもcAMPの分解を阻害することはなく、一般的には血管平滑筋の弛緩作用は強くないと言われている。これに対し、PDE11の阻害はcAMPの分解を阻害する。cAMPは、ステロイドの産生と分泌、イオン輸送、脂質の代謝、酵素の誘導、遺伝子調節、細胞の成長及び増殖など生命維持のためのあらゆるシステムに関わるものであり、タダラフィルによるcAMPの分解阻害は、まさに生命維持のためのシステムに重大な影響をもたらす危険を有する作用といえる。
原告らが既に主張してきたとおり、タダラフィルについて物質特許の申請がなされたのは1995年である。そして、PDE11が発見されたのはその5年後の2000年である。すなわち、タダラフィルの物質特許申請にあたっては、PDE5阻害作用については審査を受けたものの、PDE11阻害作用については、PDE11という物質すら確認されていなかったため、何ら審査を受けておらず、当然ながら、PDE11阻害作用の危険性についても何らの審査も受けていないのである。
薬剤は一定の安全性が確認されてこそ認可され、世に出され、巨額の富を生み出すことができる。その一方で、薬剤開発の段階で十分な安全性が確認できなかったり、開発当初は想定できなかった事象が確認されてしまったことにより、多大な血と汗のもとに開発が進められていた新薬が水泡と帰する悲劇が多々あることはよく知られた事実である。そのような「薬剤」という製品の特殊性からすれば、「害悪の立証責任は原告にある」という訴訟技術を根拠に、上記のような鑑定書の記載を自らの勝利であるかのように扱うことは製薬会社としての使命に悖るといわざるを得ない。
そして、添付文書において、ザルティアのPDE5阻害作用のみが強調される一方、安全性が確認されておらず、最も注意を要するはずのPDE11阻害作用について十分な注意喚起がなされていないことは、まさにザルティアの製品としての欠陥に当たると言える。
第4 結語

繰り返し述べてきたことであるが、原告らは、金銭を得ることを目的に本訴を提起したわけではない。ザルティア(タダラフィル)の副作用とその後遺症によって生活を脅かされ、その副作用の危険性に気付いた以上、医師として声を上げなければならなかったのである。タダラフィルは、ザルティアのみならず、難病である肺動脈性肺高血圧症治療薬としてアドシルカという名称でも販売されている。アドシルカの用量はザルティアの8倍であり、それだけ身体への作用、危険性が高まる。肺動脈性肺高血圧症の死因は25%が突然死、50%が右心不全であり、急激な血圧低下は突然死につながりうるのであって、タダラフィルのPDE11阻害作用と無関係であるとは考えがたい。原告井手は、本訴において、タダラフィル及びそれを用いた薬剤の危険性を世に知ってもらい、薬害による悲劇を阻止できることを強く願う。
以上

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