医療ガバナンス学会 (2022年3月17日 06:00)
東京理科大学基礎工学部名誉教授
山登一郎
2022年3月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
2月末オリンピック明けにプーチン・ロシアがウクライナ侵攻を開始した。兵力は圧倒的に優勢であり、簡単にことが終わると予想されていた。しかし、その後の経過はご存じのように、ウクライナの抵抗は激しく、国際世論もほとんどが団結してロシア糾弾に立ち上がった。そして現在、プーチン・ロシアの失敗は明らかと言ってもいいだろう。
このロシア侵攻阻止の第1原因はどこにあったのだろうか。もちろん今や21世紀、人類皆同じヒトであるという知識が普及して、ヒトが同じヒトを殺し合える時代ではなくなったことが大きな要因だとは思う。でも最大の要因は、ウクライナの人々がSNSやネットを通じて“今現在何が起こっているのか”という情報を世界に発信し続けたことによると評価している。
つまり、人々が真実を早期・詳細に知ることができれば、人々は自らの判断で有効で合理的な行動を採ることができると考えられる。
さて、この間の日本でのコロナ対策はどうだっただろうか?国民は“現在、市中感染状況はどうなっているのか”という情報を常に正しく得ていたのだろうか?
このメルマガでは、繰り返し日本の情報収集開示の不備を指摘してきた。昨年末に始まった市中無症状者対象無料検査に対して、その陽性率が一時期報道でも議論された。年初、都の第六波で公表新規感染者数1万人程度の時期に、当該無料検査の陽性率が3%程度であり、都内で40万人の感染者数と推定できた。市中には公表される数の40倍も多くの感染者がいたと推定できた。ところがその後検査資材不足で、またもや検査不十分状況になってしまった。結局「みなし陽性」なども認められ、厚労省の検査体制も厚労省自ら放棄してしまったようだ。
さて市中に40万人も感染者がいると推定できるのに、公表新規感染者数1万人程度を問題視していて意味があるのだろうか。私はずっとこのことを批判してきた。有症者中心の行政・保険適用検査陽性の公表新規感染者数だけでなく、市中には多くの無症状感染者が滞留しているだろうことが当初から知られていた。
40万人などという推定感染者数情報を常に広く共有できていれば、国民・都民は自らその感染状況を分析・判断して、適切な行動を採ることができたはずだ。マン延防止等重点措置や緊急事態宣言など不必要、あとはマスの療養施設準備により医療崩壊などの騒ぎもなく、国民自らのマスク着用など緩やかな自主的自粛行動により普段通りの生活を送ることができると考えている。
欧米の検査情報をよく引き合いに出した。昨年末12月25日フランスの検査件数150万件、陽性者10万人から、陽性率6.5%でフランス6千万人口の400万人感染者との推定を行った。韓国も“誰でもどこでも”検査を行い、情報を常に包み隠さず公開している。3月上旬感染者数20-30万人と報道している。
ところが日本、都では同時期1万人程度の行政・保険適用検査による公表新規感染者数なのだが、実際の感染者は多分30-40万人いるのではないだろうか。そのことが日本では見えないままなのだ。
日本では、一日最大38万件の検査が可能だとされていた。少ない検査数であっても、市中の大規模モニタリング検査なり民間自費検査なり無症状者対象無料検査なりで、検査数と陽性者数、つまり陽性率の情報が分かれば、市中感染状況を国民一人一人が推定できる。ところがその情報が日本ではずっと得られずにいる。政府自治体専門家報道はその情報を常に無視・隠蔽してきた。
市中感染状況情報を知らずに、どうやってコロナ対策を行えるのだろうか。何故この最も基本的で重要な基礎情報を知ろうとしないのか、とても不思議だ。
太平洋戦争でも、参謀本部は現場の戦況情報を知ろうとせず、大本営発表としてデタラメな情報を国民に流した。ロシアにおいても、国民に対して、ネットのブロックなどで、各種情報を隠蔽している。一方、ウクライナは国内の戦争状況を即時に逐一世界に発信している。
プーチン・ロシアの失敗は、この情報取扱の差に由来すると考えてもいいと思う。(もちろん、ロシアが利己的な無理難題をふっかけていることを自ら認識しているため、そのことを国民にも世界にも覆い隠すために情報を隠蔽していたのであろう。人は自分が悪いことをしていると分かっている時、そのことを正直には話せないものだとは思う。)
そして欧米のコロナ対策と日本の対策を比較してみて欲しい。日々の市中感染状況を国民一人一人が知ることができ、それに対して自らが判断して自由に行動できるとき、国民一人一人の適切な対応により、国全体が適切有効な対策を行うに至ることができると思う。丁度今回のウクライナの人々と世界に通じないだろうか。
それに引き比べて、日本ではずっと市中感染状況を誰も知らされずに過ごさざるを得なかった。国民それぞれは自分で判断するための情報を得る努力もせず、得ることもできず、命令されるままに行動せざるを得なかった、というように見える。こんな日本、未だにロシアや戦中の状況に酷似しているように心配する。“現在どうなっているのか”という真実、情報をあまりにも軽視していないだろうか。(もちろんコロナ対策の中心である厚労省や専門家たちが、ロシア同様、情報を隠蔽しなければならない何らかの後ろめたいことがあったのかもしれない。そうならば、是非後日検証して欲しいと願う。)
ただ、政府自治体専門家報道の責任も重大だと思うが、それ以上に国民一人一人の責任も大いに疑問に思う。それぞれ“現在どうなっているのか”という情報をしっかり知ろうと努力し、その上で自らが得た真実だと思う情報に従って自ら判断して行動できるようになって欲しいと願う。それでこそ、本当の自由を獲得できると信じている。ウクライナの人々を見習いたいと願う。
そして日本の報道は、この間ロシアの国営放送がウクライナ戦況などの隠蔽・偽情報の報道をしていると論ってきた。でも日本の報道各社もロシア同様、コロナ対策はじめ政府自治体行政の御用報道然となってしまっていないか、しっかり反省して頂けることをお願いする。
民主主義国といいながら、“自分たちは今一体どういう状況なのか”という正確詳細な情報を得る努力をしないでいる。コロナ対策において、不合理、非科学、精神論的な専門家たちの議論や政府自治体行政の方針を批判もできず、従順に従うことになってしまった。このことが、ロシア侵攻に対するウクライナ人の対応と比較して、とても危機感を抱くポイントなのだ。
実はこの原稿、侵攻当初の3月3日に準備していた。本当にロシア侵攻は失敗なのだろうか。当時そう切望した。そして15日にはその失敗が明らかになって欲しいと願って書いていた。本日15日の状況はまだ未確定、予断を許さない状況だ。どうなるか判断が難しい。でも失敗だったと言えるようになると期待している。情報を隠蔽する事例・事件に成功はないと信じている。ウクライナにおいてもコロナ対策でも。