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Vol.22073 HPVと新型コロナ

医療ガバナンス学会 (2022年4月5日 06:00)


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濱木珠惠

2022年4月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

2021年はワクチンによる予防医学がかつてないほど注目された一年だった。9価のHPVワクチンであるシルガード9が発売され、4価のHPVワクチンであるガーダシルの適応が男性にも拡大された。そしてなにより、HPVワクチンの定期接種への積極的勧奨の再開が決まった。
JR新宿駅に直結のいわゆる駅ナカにある私たちのクリニックは、以前から9価HPVワクチン接種を行ってきた。9価ワクチン承認前には未承認だったガーダシル9を個人輸入で導入し、承認後はシルガード9を新規の女性患者に接種している。初回、2ヶ月後、6ヶ月後の3回接種が必要で、合計で約10万円かかるが、すでに諸外国では子宮頸がん予防目的で若年女性に対する接種が行われている。英国では、イングランド地方においてHPVワクチン接種により子宮頸がん及び前がん病変検出率が有意に減るという知見が得られている(参考文献1)。この報告では、HPVワクチン未接種群と比べて、HPVワクチンを接種した群の子宮頸がん罹患率の推定相対減少率は、接種時年齢が16-18歳で34%、14-16歳で62%、12-13歳で87%も減少していた。同様に前がん病変といわれる子宮頸部高度異形成・上皮内がんのリスク低減率も、16-18歳では39%、14-16歳では75%、12-13歳では97%であり、著明に減少している。前がん病変は数年の経過後に浸潤がんに進行する可能性があり、前がん病変の減少は子宮頸がん予防効果を意味する。
われわれはHPVワクチン接種において、新型コロナウイルス感染拡大と新型コロナワクチン接種が大いに影響をあたえたことについて考察したい。

http://expres.umin.jp/mric/mric_22073.pdf

このグラフは当院での初回接種の方の推移である。当院では2017年12月から9価のHPVワクチンを接種しているが、前半は個人輸入のタイミングで多少の変動はある。当初は認知度が低く月にせいぜい50人いるかどうかであったが、2019年7月以降は月に初回接種100-150件で、2回目3回目の接種者も含め月間300−400件の接種をしてきた。このグラフで目を引くのは2020年4〜5月の極端な低下と、2021年7~9月の接種者減少だ。これらは東京の初回と4回目の緊急事態宣言とちょうど重なっている。

初回の緊急事態宣言(2020年4月7日~5月25日)では、新宿区の百貨店や大型店舗、飲食店の大半が休業し、多くの企業で自宅勤務が開始された。利用者数世界一と言われる新宿駅もかなり閑散としており、実際、JR山手線全駅の利用者は通常の30~40%前後まで落ち込んでいたそうだ(参考文献2)。予防接種に限らず当院の受診者数は半減しており、ワクチン接種もHPVワクチンに限らず希望者が減っていた。
この反動があってか、6月はHPVワクチン初回接種の希望者がかなり増えた。7月は新宿区での患者数が増加していた時期なので少し減ったかもしれないが、シルガード9が承認されるという報道をみて新たにHPVワクチンを希望してくる人も増えた。9月に初回接種の問い合わせが多かったので予約枠を広げたところ初回接種数が増えたが、2回目3回目の接種時期の診療業務に無理がくる懸念があり10月以降は月間200程度までに調整していた。
2回目の緊急事態宣言は2021年1月からだったが、このときは接種者の数は極端な減り方はしていない。昨年はインフルエンザも流行せず、緊急事態宣言が出されても日常は昨年の延長のままだったからだろう。減ってはいないが、むしろ2月末のシルガード9の発売を待っていたかもしれない。実際、3〜4月にはシルガード9の接種希望が非常に増えた。
その後、若干の変動はありながらも一定数の接種者がきていたが、4回目の緊急事態宣言(2021年7月12日~9月30日)の時期は急激に受診が減った。8月の初回接種は38人しかいなかった。この時期に初回接種希望者が減ったのは、ちょうど東京のデルタ株感染者数が急激に増えていた時期だったこともあるが、若い世代への新型コロナワクチン接種の時期と重なっていたことも影響したと考えている。

このように、当院のHPVワクチンの新規接種数は新型コロナウイルス感染症による緊急事態宣言期間中に著しく減少する傾向があった。一方、そのような時期でも、2、3回目をスケジュールに沿って接種する人は一定数を保っており、2020年4~5月でも月170人、2021年7~9月には月260人が初期の予定どおりの2回目、3回目の接種に来院していた。これらはスケジュール通りに接種した場合の5−7割に相当する人数だ。おそらく、計画済みのワクチンならば受診する気にもなるが、あらたにワクチン接種を開始するのはためらわれたということだろう。

災害があると予防医学は軽視されがちであることはすでに知られている。例えば、2011年の東日本大震災のとき、福島県南相馬市ではがん検診の受診者数の低下が3年も続いた(参考文献3)。生活がおぼつかない状態では、日常に影響するような体調不良がなければ健康診断などの病院受診は減るのだろう。
新型コロナウイルス感染拡大も同様である。日本総合健診医学会と全国労働衛生団体連合会の報告によると、2020年度の健診受診者の動向と健診機関への影響の実態調査結果によると、2020年度の健診受診者数は1935万人で、2019年度2147万人と比較して212万人(9.9%)減少したとのことだ。とくに2020年4月に発出された1回目の緊急事態宣言期間(2020年4月7日~5月26日)の健康診断中止等の影響を受け、同年4~5月の受診者は対前年比 23.6%と極端に減っていた(参考文献4)。

小児の定期接種においても、新型コロナ流行下には接種プログラムが中断する可能性が指摘されていた。定期予防接種の国内外の状況を見てみる。
川崎市において、COVID-19流行前後で3月のMRワクチン定期接種の推移を比較した調査では、1歳児を接種対象としたMR1期の接種本数は流行前後でわずかに減少しただけだったが、小学校入学前の1年間での接種するMR2期の接種本数は、約半数まで減少していた(参考文献5)。一方、英国の調査によると、イングランドではロックダウン中に小児予防接種の接種率はわずかに低下したが、スコットランドでは、ロックダウン中に適時接種が増加していた。これは当初より接種中断が懸念されていたことから、同時期の積極的な予防接種の推進策などが行われ、増加に影響した可能性がある(参考文献6)。

予防医学、今回の我々の事例でいえばHPVワクチンによる子宮頸がん等の疾病予防は、災害や感染症の対策同様に公衆衛生上の重要な課題である。しかし今回の我々の経験から、感染症の流行下ではワクチン接種意欲も減少すると示唆された。災害と同様、感染症の流行は予防医学の機会を失わせ、ワクチンで防げたはずの病気にかからせてしまう可能性があるのだ。
流行中の感染症への対策はもちろん必要だ。だが、その状況下においても種々のワクチン接種は欠かせないという啓発を、今後も臨床医として続ける必要があると感じている。
引用文献
1.The effects of the national HPV vaccination programme in England, UK, on cervical cancer and grade 3 cervical intraepithelial neoplasia incidence: a register-based observational study
Falcaro M et al. THE LANCET VOL 398, ISSUE 10316, P2084-2092, DECEMBER 04, 2021
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(21)02178-4/fulltext

2.JR東日本ニュース コロナの影響による駅利用の変化をSuicaのでータで分析・調査 (2021年11月4日) https://www.jreast.co.jp/press/2021/20211104_ho04.pdf

3.The long term participation trend for the colorectal cancer screening after the 2011 triple disaster in Minamisoma City, Fukushima, Japan
Saito H, et al Scientific Reports (2021)11:23851
https://www.nature.com/articles/s41598-021-03225-8.epdf

4.新型コロナウィルス感染拡大による健診受診者の動向と健診機関への影響の実態調査結果(2019年度~2020年度)
https://jhep.jp/jhep/sisetu/covid_19.jsp#coronavirus13

5.COVID-19流行下における国内小児の麻しん風しん混合(MR)ワクチン接種状況(IASR Vol. 41 p164-165: 2020年9月号)
https://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/2528-related-articles/related-articles-487/9874-487r08.html )

6.Uptake of infant and preschool immunisations in Scotland and England during the COVID-19 pandemic: An observational study of routinely collected data McQuaid F et al. Pros Med 2022 Feb 22;19(2)
https://journals.plos.org/plosmedicine/article?id=10.1371/journal.pmed.1003916

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