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臨時vol 18 MRICインタビュー 「問題は医師法21条にあるのではない」

医療ガバナンス学会 (2006年6月15日 06:34)


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2006年6月15日発行
岩瀬博太郎 千葉大学法医学教室教授
MRICインタビュー vol 11
(聞き手・ロハスメディア http://www.lohasmedia.co.jp 川口恭)

――福島県立大野病院の事件をきっかけに、改めて医師法21条の問題がクローズアップされています。日本法医学会は94年に「異状」死ガイドラインを出しましたが、日本外科学会などが異議を唱えるなど、臨床医からは評判が悪いようですね。
まず法医解剖に関して、日本が非常に特殊な国であることを知っていただきたいと思います。世界では死因不明の遺体があった場合、原則として、病理解剖ではなく、法医解剖を行いますが、日本のように法医解剖として、司法解剖と行政解剖というダブルスタンダードを有する国は珍しいといえます。

そもそも論からすれば、死因不明な死体は、法医解剖という統一的な概念の下で解剖されるべきであり、その結果は、犯罪捜査だけではなく、事故防止や、流行病予防に利用されるべきであるというのが、法医解剖の理想でありますし、その意味でもダブルスタンダードを作る意味はないのです。法医解剖のそもそもの目的は、犯罪鑑識だけではなく、流行病の早期発見、各種事故対策など、公益性が高いものですし、先進国では医療圏ごとに専門の解剖施設があるのが当たり前で、当然、費用は公費負担とされています。しかし、日本の法医解剖では、満足な解剖施設は殆ど存在しませんし、また神奈川の行政解剖のように私費負担もありうるわけで、そもそも、制度自体が極めて貧弱、曖昧かつ複雑になっています。

法医学会の「異状死」ガイドラインは、先進国並の真っ当な解剖制度とそれを裏打ちできるだけの解剖施設があって初めて真価を発揮するものであるといえます。しかし、日本には、専門の解剖施設と呼べるものは東京都の監察医務院一つしかなく、他の道府県には一つも真っ当な施設は存在しません。ドイツでは、人口10万~20万人あたりに一人の法医学専門医がいるものですが、日本では、80万人に一人、県によっては数百万人に一人しかおりません。

そんな状態なので、日本の法医解剖実施数には著しい制限がありますし、異状死ガイドラインに従って届け出られた異状死を解剖する受け皿などないわけです。そうした現状では、臨床医の先生方がおっしゃるように、法医学会の異状死ガイドラインは空論とそしられても仕方ないと思います。ただし、ガイドラインが間違っているかといえば、そういうわけでもありません。もし、医療事故に関連して若い先生を守ろうと考えるなら、むしろ、今後は法医学会のガイドラインに従ったほうが無難と思われますし、そうした幅広い届出を実際にできるだけの環境を作り出していく方向性が大切だと思います。

 

――と、言いますと?
医師法21条を改正したら全て丸く納まると期待している方がいらっしゃるかもしれませんが、業務上過失致死という罪がある限り、医師が逮捕されうることに変わりはありません。さすがに刑法は改正できないのではないでしょうか。

警察の医療事故に対する捉え方は、基本的に交通事故の場合と似ています。歩道橋から転落してくる人をよけられずに車ではねてしまったとしましょう。これをすぐに警察に届け出れば、お咎めなしだと思いますが、届け出ずに逃げたら、ひき逃げ事件として厳しく捜査されて逮捕さます。警察の思考回路はそういうものですし、それが国民に広く受け入れられてきたことも事実です。

 

――警察取材をした経験で言うと、確かにそうかもしれませんね。
法医学会の異状死ガイドラインに沿って異状死の届出さえしていれば、少なくとも届出義務違反での逮捕のリスクは最小限に抑えられますし、しかも届出のあと司法解剖されたものでも、多くは起訴されていないのも事実です。むしろ、たとえば関西などでは届け出た方がヤクザに付けこまれないで済むといって届け出る医師も多いという噂も聞きます。

問題の本質は国民の医療者に対する不信感だと思われます。その不信感を消す努力がまず必要ではないでしょうか。医療過誤が業務上過失致死被疑事件となりうるような現行の刑法を変えない限りは、遺族は自分達が医療過誤の被害者であると認識しさえすれば、いつでも警察に告訴できます。遺族が告訴してきた場合、普段は医療事故など全く関心のない警察としても調べざるを得ません。

もし、告訴された時点で、その医療関連死事例が、届出先機関(現行法では警察)に届出られていないということになったら、ひき逃げ事件と同様、証拠隠滅を疑われ厳しく捜査されることもありえます。これは、届出先が現在のように警察であっても、医師法21条改正により第三者機関に変更されても変わらないでしょう。つまりは、医師法21条を改正しても、しなくても、臨床医が届出先機関に幅広い医療関連死を届け出る習慣が形成されない限り、臨床医は遺族から刑事告訴され、逮捕されるというリスクから逃れられないということなのです。幅広い届出を行う習慣が形成されれば、医師への不信感も減っていきますし、必要以上に厳しく捜査され、また逮捕されるようなリスクは減っていくのではないでしょうか。

 

――米国の場合は、医療事故は刑事事案にならないと聞きます。
かなり法律も風土も違うのかもしれません。米国では、良い医療は高く、安い医療を買った以上何か起きてもそれは民事の問題だ、考えられているのではないでしょうか。建前上、国民全員が同じ価格で均質な医療を受けるのが建前となっている国民皆保険の日本とはだいぶ違うような気がします。しかも、日本の判例では既に医療過誤を刑事事案としてしまっていますので、これを止めさせる事は、刑法でも変えない限り中々難しいと思います。

 

――話を戻しまして、異状死を届け出ようにも解剖施設が足りないというご指摘でしたが、ただでさえ医療費抑制圧力が高い中、そんなお金のかかりそうな話に国民の理解が得られますか。
国民が法医解剖制度の現実を知らなすぎるのは事実でしょう。ほとんどの国民は、すべての都道府県に監察医がいて、犯罪死体の解剖をし、警察を指揮していると思っているでしょう。米国の監察医は確かにそうだし、捜査を命じる権限も持っています。でも日本においては、殆どの地域には、監察医制度は存在しませんし、監察医制度のある地域でさえ、監察医は公衆衛生目的でしか解剖することができず、犯罪死体の解剖を行ってはいけないことになっていますし、捜査権限もないので、警察の使い走りでしかないのですよ。こうした、日本の現行制度において、どれだけの殺人を見逃しているかとか、どれだけの感染症、事故を見逃しているかとか、真実を知ったら国民は怒りすら覚えると思います。

諸外国なみに、人口100万人に一つ解剖施設を持つとして、医師10人、パラメディカル20人を雇って、設備維持費など含めても年間3億円あればお釣りが来ます。全国で年に300億円あれば済む計算です。これによって殺人の見逃し、感染症の蔓延が防げる上幅広い医療事故例の届出を受け付けることが可能になるでしょうし、そうなれば、医療者に対する不信感もぬぐえますので、医療者にとってもメリットがあります。そうなってこそ、届け出義務違反での逮捕はなくなりますし、民事裁判でも死因不明ゆえに出てくる不当な判決は減ると思います。

 

――それだけの施設を回すだけの人材はいるのでしょうか。
法医解剖を専門に行う医師が日本全国で1200人程度必要ということになります。現在は法医解剖を行う医師は150人しかいません。なり手がいないのでないかという意見もあるでしょうが、実際には各大学医学部の1学年に1人や2人、希望者はおります。けれど就職先を保証できないから断っているのが現状です。充分な人員を配備できれば、こうした希望者を取り込んでいくことは可能だと思います。また、医療過誤に疲れた医療者の新たな働き口としてもいいのではないでしょうか。医療崩壊を止めるためにも、そうした方が法医に来られることは歓迎すべきことだと思います。そんなことを考えれば、1200人というのも、その気になれば集められない数字ではないと思います。

 

――日本人は解剖が嫌いな国民性という説もありますよね。
それはあまり信用できない話だと思います。都道府県ごとに、どれだけの異状死体を解剖しているかみると、千葉県と埼玉県が2%、沖縄県14%、東京都18%です。この違いを、単に県民性では説明できませんよね。ユダヤ教では戒律で解剖を禁じているけれどもイスラエルの方が日本より剖検率が高いのです。法医解剖の制度が貧弱なために、解剖率が低いというのが本当の理由なのですが、そうした現実を、解剖嫌いな国民性という言葉でごまかしてきたようにも見えます。

 

――ということで、法医解剖施設を作りなさい、と。
それも当然大切ですが、死因を確定させるには、実は解剖のような科学的検査を行うだけでは片手落ちです。死因調査においては、解剖などの医学的死体検査と、詳細な状況調査の2つが車の両輪といえますし、いずれも不可欠なものです。ですから、解剖施設だけではなく、捜査・調査機関の設計も重要です。

例えば歩道橋の下で頭から血を流して死んでいる人がいたとします。解剖によって医学的には死因は脳挫傷ということが分かると思いますが、車にはねられたのか、歩道橋から自分で落ちたのか、誰かに落とされたのかによって、死因の種類は、交通事故、自殺、殺人といったように全然違ってくるわけです。病院でも同じで、人工呼吸器が外れた状態でベッドで死んでいた患者さんがいるとします。解剖所見は窒息死ですが、看護師のミスかもしれないし、遺族が故意に外した殺人事件かもしれません。病院内死亡だからといって、医療事故にだけ気をとられて調査するだけではダメだということでもあります。

だから解剖施設と同じくらいに、調査部門が重要なのです。現在は警察の捜査一課の下に検視官がいて、その役割を担っています。しかし、犯罪だけでなく事故や公衆衛生的な側面まで見るとなると、捜査一課の下に位置する立場ですべて行うのは不可能だと思います。

制度設計の上では、解剖と状況調査の2つの因子をどう設計するかが大変重要です。この2つの因子をそれぞれ独立させるか、米国のメディカル・イグザミナーのようにすべての権限を集中させるか。日本の現状制度から移行しやすいのは独立型でしょうか。例えば、現行の警察組織とは別個に検視局のようなものを作り、警察から独立した形で、捜査一課と少なくとも対等、できれば上位機関として置いてあげる。そこには当面、現在の検視官や裁判官、弁護士、医師などが出向すればよいと思います。

そこで変死事例や病院での異状死の届出を受け、解剖の必要があったら法医解剖施設に解剖を依頼、捜査の必要があったら警察を動かすというようなものがいいのではないでしょうか。これは、メディカル・イグサミナーではなく、コロナー制度に近い考えだとは思いますが。また、ドイツやフィンランドでは、警察が日本以上に柔軟に対応しているので、日本に似たような制度でありながらも、理想に近い形で運営されていますが、それも参考になるのではないでしょうか。

この話は、実は医療事故調査の第三者機関の設計と絡みます。今は医療事故の部分だけをよくしようと厚生労働省主導で先行していますけれど、医療事故だけ別にして取り扱おうとする姿勢は、「自分たちが責任逃れをしたいからだろう」とか、「相変わらずの隠蔽体質なのではないか?」などと、遺族側の弁護士さんなど法曹関係者たちからは冷ややかに見られていると聞きます。そんな中で、医療事故だけのための中途半端な第三者機関を作ろうとすると、しっぺ返しを食らうかもしれません。もっと本来の姿に立ち返って、死者の尊厳や、国民の人権を守るために死因究明をやるという発想に立てば、医療者以外にも受け入れやすいでしょうし、そうすべきだと思います。そうすれば、医療関連死事例が法医解剖されるからといって犯罪扱いされるわけでもなくなっていくでしょう。

 

――日本の状況が当たり前だと思っていると、そういう解剖施設や調査機関が必要とは気づきません
ね。
気づかないだけで、かなり実態は恐ろしいんですよ。例えば、ある方が、病院で何らかの薬剤の過量投与で死亡したとしましょう。スイスの場合、異状死体は2000種類の薬物スクリーニングをすると聞きます。しかし、日本には、ある死体にどんな種類の薬物がどれだけの入っているのかを測定する検査拠点がどこにもありません。この間あったように、サリチル酸を使用した殺人事件が民事裁判で疑われた例が、刑事事件になってないようなことが起きるんです。また、多くの毒物を使った殺人も複数殺されてやっと発覚するのも事実です。そもそも、最初から日本には調べるシステムもないので、仕方が無いといえばそれまでなのですが。

また、本来、法医解剖の制度は、犯罪の解明のためだけにあるわけではないのですが、なぜか日本では犯罪のためだけに存在しているかのような運営がされていて、それも問題です。たとえば、香港から帰国したばかりの人が死んでいたという場合、日本の現状では死因を調べる場所がないんです。息があるうちに病院に連れられればともかく、病院外死亡の場合、事件性がないとなれば誰も調べません。だから、私はSARSが日本に入っていないというのを信じていません。気づかれなかっただけ、たまたま蔓延しなかっただけだと思います。

 

――なぜ日本はそんなシステムなのでしょう。
解剖の施設面では先進国の中で飛びぬけて貧弱であることが一つの原因ですし、捜査・調査部門の面では江戸時代の徳治政治をいまだに引きずっているということがもう一つの原因だと思います。江戸時代では、5人組で悪いことをした人間は周囲が密告するでしょうが、今はお隣さんの顔も知らないし、そもそも誰が本当のことを話しているのか供述がアテにならないのだから、初動捜査でミスする危険性が高いといえます。

他の先進国では、解剖による死因決定後に犯罪性の有無を決めているといえますが、日本では、解剖する前から警察が犯罪性の有無を大筋で決めてしまい、犯罪性がないと周囲の状況・供述から判断したものは何も検査せずに火葬してしまいます。こんな状態ですので、初動段階での嘘の供述を信じてしまったら、後になって解剖による大事な証拠保全ができていないということになるのです。

病院内死亡の処理についても、同じかもしれません。医療者が悪いことをするはずがないという性善説が成り立っていたころは、古い制度でもよかったのでしょうが、患者さんの医療不信が高くなってきた現在では、古いままのシステムではお手上げです。

ただ、こうした古いままの制度は、国民には良くないけれど、お役人さんたちにとっては良いシステムかもしれません。

 

――と、言いますと?
法医解剖が捜査一課の下に入ってしまっているので、情報が警察の独占になっています。本来、異状死体や変死体が増えるのは、医療制度や、少子高齢化対策などに関する厚生労働省の施策と関係があると思うんですが、警察が情報を握って出さない限り、厚生労働省はそこを指摘されなくて済むわけです。今後は、医療費抑制と在宅促進の流れがあるわけですから、老人の孤独死のようなもので間違いなく変死事例も増えるはずです。そんな状況で、犯罪と関係がないという理由だけで死因を調べないようでは、行政の不備を指摘するころもできず、日本全国姥捨て山になってしまうのではないでしょうか。

この問題は、複数の省庁にまたがっていますので、一つの省庁だけに頼って改善を期待しても、却ってグチャグチャになります。国会が、主導権をとって包括的な体制を作れと指示すべきだと思います。実際多くの先進国では、それが当たり前のように存在しているわけですし。
(略歴)
67年 千葉県生まれ
93年 東京大学医学部卒業
03年 千葉大学医学部法医学教室教授

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