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vol 12 「遺族外来」

医療ガバナンス学会 (2006年6月20日 04:23)


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2006年6月20日発行
埼玉医科大学精神腫瘍科
教授 大西 秀樹

 
<はじめに>

がん患者さんの診察をしていてご家族の苦悩に気づき、ご家族向けの診察を始め、ご家族に生じた苦悩・不安などの解決に向けて活動してきました。

外来に来られたご家族の多くは患者さんの死後も来院されました。そこでは患者さんの死後に経験された、さまざまな悩み苦しみが語られ、それらに対して精神医学的な立場から介入してきましたので、自然発生的にご遺族向けの外来「遺族外来」ができました。ただ、病院の中に「遺族」という掲示ははばかられますので、精神科外来のなかで掲示もせずに行っています。

ご遺族は精神的に辛い思いをしていることも多いのです。そこで、ご遺族に対して援助の手があること、援助を受けてもいい事、そして援助を受けたほうがよい場合もあることを知っていただくために「遺族外来」はいいのではないかと思い、細々と続けています。

今回、こうして行っている「遺族外来」についてお伝えしたいと思います。

 

<家族のケアとしての家族外来>

がん患者の家族は患者さんにがんの疑いが生じた時点から患者さんと同様の不安・抑うつなどを呈することが知られており、患者さんと同様ストレス度が高いことから、精神腫瘍学的見地からは“第2の患者”と言われています[1]。したがって、ご家族も患者さんと同様に精神的治療およびケアの対象となります。

患者さん診察の際には家族の精神状態にも注意し、精神的に辛い時、不眠・抑うつなどの精神症状、頭痛・肩こりなどの身体症状が出た際にはご家族向けの診察もあるとお伝えし、希望により診察しています。こうして「家族外来」は生まれました。

心理教育的介入、支持的精神療法および薬物療法が診療の中心です。診察した内容はご本人の了承後に病棟スタッフに伝え、家族看護計画に組み込んでもらっています[2]。

ご家族の一員ががんに罹患されても、ご自分の意思で介護を含めた自立的な生活ができるように援助していくことが「家族外来」の目標です。
<遺族の精神医学―postventionとしての遺族ケア―>

患者さんが亡くなれば患者さんに対する治療は終了します。しかし、遺族の悲しみ、苦しみはこの時点から始まるといっても過言ではありません。Holmes TH & Rahe RH[3]は人生の様々な場面におけるストレス度を調査していますが、配偶者の死が100と最も大きく、肉親の死が63となっています。

死別が身体に及ぼす影響ですが、配偶者を亡くした54歳以上の男性の調査では、死別後6ヶ月以内の死亡率が配偶者のいない場合に比較して約40%上昇すること、死因の4分の3は心疾患である事を指摘しています[4]。女性も死別後3ヶ月は死亡率の高いことが指摘されています[5]。死別が精神に及ぼす影響ですが死別後1年以内に抑うつの兆候を呈する未亡人が47%にのぼり、対象群の8%と比較すると有意に高いことからが知られており、死別後1年以内の自殺リスク、女性で10倍、男性では66倍に上昇します[6]。

このように、家族を失うことは大きなストレスで、遺族に身体的・精神的な影響を及ぼします。しかしながら、英国のホスピスでは遺族に対するコンサルテーション事業を開始してから遺族の自殺が減少しています。

ですから、何らかの介入が必要かつ有用ですが、ここで行われる介入は Postvention(後治療)という言葉で表されます。この言葉は「辛い出来事の後になされる適切な援助」を意味し、Shneidmanにより初めて使われました[7]。後治療は遺族の後遺症をできるだけ少なくしようとする努力で、遺族が援助なく放置されていた場合に比較するとより生産的で、苦悩が少なく、長く生きられるこ
とを目的としています。

私が始めた「遺族外来」も後治療の一環としての活動です。

 

<「遺族外来」―設置目的と現実―>
「遺族外来」設立?の経緯

「家族外来」を続けるうちに家族は遺族になりましたが、ご遺族の方々が悩みを訴えて外来に来られたので、診察が続きました。患者さんの必要から遺族外来は生じたといえます。
「遺族外来」の定義

患者さんが必要とされているためにできた外来ですが、目標としては『ご家族の死を経験し、辛い思いをされている方々に対して適切な援助を提供し、ご自分の意思で再び人生を歩んでいかれるように援助すること』にしています。

遺族外来には主にがんでご家族を亡くされた方がきておられますが、認知症でご家族を亡くしたご遺族もおられます。
「遺族外来」における診察について

遺族としての苦悩に対する相談と問題解決および支持が治療の中心です。また、患者さんの生存中より関わりがあるので、看病中におけるご家族の苦労を精神科医が知っているということは診療上大きな意味を持ちます。患者さんが存命中の介護に問題がかなったか、もっと自分は援助ができたのではという質問に対しては実際に見てきた事実をお伝えできるので、ご遺族にも安心していただけるよう
です。

経過ですが、当初は悲嘆、死別反応などがみられますが、1回忌を過ぎた頃より次第に日常生活が落ち着いてくるようです。患者さんの死後5年を越えた方も何名か来ていただいています。

ご遺族から話をうかがうと、ご主人を膵臓がんで亡くされたご遺族はご主人の死後5年経過して「最近は台所で包丁を持つ手が震えなくなりました。お味噌汁もだしをとって作るようになりました」といわれていましたが、このことはご家族の死が長期にわたりご遺族の心に影響を及ぼすことを示しています。

娘さんを亡くされた方は「旅行にでることがとても勇気のいることで、一歩踏み出すのが怖かった」と語られていました。

また、故人の物を処分する際、処分そのものに罪悪感を抱いて、悩まれることも多いようです。ご遺族によっては荷物や部屋が生前のままになっている場合もあります。18歳の娘さんを卵巣がんで亡くされたお母さんは娘さんのものを焼くに際して「焼いてしまうのではないのです。天国にいるあの子へ送り届ける『天国への宅急便』です。」と言われていました。同様のことで悩んでいる方々にお
伝えしたい言葉です。

何年か経過すると少しずつ立ち直りの兆候を見せ始めた方々もおられます。4年前に膵臓がんで奥様を亡くされたご遺族は、最近、第2次世界大戦時代における地域の歴史について小学生に語り始めました。「初めて聞く生徒さんもいます。全員が感想文を書いて“ありがとう”と書いてくれます」と教えることの喜びを外来で語ってくれます。一人暮らしで子どもさんがいない方の場合は、ご自分の終の棲家の準備、自分の死後に遺産でのトラブルが生じないようにするなどの工夫をしています。
<遺族トラブル対策としての「遺族外来」>

ご遺族との話の中で気づいたのですが、伴侶、子どもを亡くされ失意の中にあるご遺族に追い討ちをかけるような事柄が生じています。

例として、「葬儀の席順が悪い。謝りに来なければ親戚付き合いはしない。」と言われる、死亡退職金を親族が要求する、親族の介護を強要される、なかには「墓石を持って出て行け」と言われた方もあります。1回忌、3回忌を親族別に行う場合もあります。

先日、ご遺族が「葬儀のときは頭の中が真っ白で何もわからない状態だった。葬儀の席順まで頭が回らない。それなのに席順のことで文句を言われて辛かった」と述べられていました。

死別研究の専門家であるCMパークスによれば、「残された人は病人として、また傷を負った同じ種の仲間として、また特別のケアを必要とする傷つきやすい存在として社会からも受け入れられるべきである」と言われています[8]。

ところが、遺族外来でご遺族の悩みに耳を傾けていますと、パークスの言った言葉が実践されていない状況があることに気づきます。配偶者、子どもを亡くし失意のなかにある方々は心無い言葉を浴びせられて自己を失ってしまうことがあります。遺族外来では、このような話に耳を傾け、ご遺族が適切な判断を行うようにアドバイスをしています。また、「こうなったのは自分が悪いからではないか?」と苦しんでいる場合も多いのですが、ご遺族を攻撃する方々に問題があることが多いので、ご遺族に責任の所在がない時にはそれをお伝えしています。
遺族外来の利点と限界点

現在、患者、およびその家族を患者の生前から継続的に診察していますが、そのことは大きな意義があります。

遺族は自分たちのケアが十分だったか不安なため、その様な不安に対し、問題ないと保証できる事は安心を提供できるという点で大きな意味を持ちます。また、ある患者さんは“先生は夫が生きていた頃の事を知っていますので、話がしやすいです。”、“当時のことを話せる人が少ないしね”と言われます。当時の事を周囲の人に話したくても話せないときに外来で事情を知っている医師に話すことは気分を落ち着かせるためにいいようです。

ご遺族の中には介護、死を通してうつ病などを呈する場合があります。元来、これらの疾患の有病率が低くない事、重大なストレスの後に発症しやすいこと、また精神療法と薬物療法が奏効する疾患なので早期にこれらの疾患を見出し、治療に持ちこめるという利点があります。

限界点としては、個人精神療法と薬物療法が中心なので診察できる人数に物理的な限界があり、一定数以上の診察はできない事です。これからは、遺族会、看護師、臨床心理士、カウンセラーの方々との連携を深める必要があります。また、遺族間トラブルが生じたが起こりやすいので法律家も必要とされてくるでしょう。

遺族ケアの一環としての「遺族外来」の試みはまだ始まったばかりで、不十分な点、改善すべき点は多く残されています。今後さまざまな試行錯誤を繰り返しながら、よりよいケアができるようにしたいと考えています。

Shneidman[7]は、『後治療は今後10年間から20年の間に予防の一環としてみなされるであろうこと、法律家、看護師、ソーシャルワーカー、心理学者などによりなされるであろうこと、そして最後に、「文明国であるならば、総合的な精神医学の計画にPrevention-Intervention-Postventionが含まれているべきである』と30年前に述べています。この言葉から現実のものとなることを願っていま
す。

 

(参考文献)
1.Lederberg MS: The family of the cancer patient. Holland JC (ed).Psycho-Oncology, Oxford University Press, New York, pp981-993, 1998

2.大西秀樹、石川孝、小野瀬雅也、山田朋樹、斎藤真理、水野康弘、山田和夫、小阪憲司:終末期胃がん患者を介護する乳がん術後配偶者―心理的な負荷と精神医学的なアプローチについて―.ターミナルケア 11: 393-396, 2001

3.Holmes TH, Rahe RH. The Social Readjustment Rating Scale. J Psychosom Res. 11: 213-8, 1967.

4.Parkes CM, Benjamin B, Fitzgerald RG. Broken heart: a statistical study of increased mortality among widowers.Br Med J. 1:740-743, 1969.

5.Mellstrom D, Nilsson A, Oden A, et al. Mortality among the widowed in Sweden.Scand J Soc Med. 10: 33-41, 1982.

6.Clayton PJ, Halikas JA, Maurice WL. The depression of widowhood. Br J Psychiatry. 120: 71-77, 1972.

7.E.S.シュナイドマン:「死にゆく時(DEATH of MAN)」誠信書房、1980年

8.パークスCM.死別体験者への援助.(邦訳:パークスCM(著)「死別」メディカ出版、大阪、2002年
著者ご略歴
大西 秀樹

昭和61年 3月 横浜市立大学医学部卒業
平成 4年 3月 横浜市立大学大学院医学研究科卒業(医学博士号取得)
平成 4年 4月 藤沢病院精神科
平成 7年 4月 横浜市立大学医学部助手
平成 8年 5月 横浜市立大学医学部講師
平成13年 4月 神奈川県立がんセンター精神科医長
緩和ケア病棟専任医兼任
平成17年 4月 神奈川県立がんセンター精神科部長
平成18年 4月 埼玉医科大学精神腫瘍科教授
現在に至る

専門領域:
老年精神医学、緩和医療学、リエゾン精神医学、死生学

所属学会(主なもの)
日本サイコオンコロジー学会(常任世話人)
日本緩和医療学会(評議員)
日本老年精神医学会(指導医)
日本総合病院精神医学会(指導医)
日本臨床死生学会

資格
昭和61年 6月 医師免許(301643号)
平成 6年10月 精神保健指定医(9739号)
平成12年 4月 日本老年精神医学会専門医(1183号)
平成13年 4月 日本老年精神医学会指導医(100041号)
平成14年 4月 日本総合病院精神医学会専門医(36号)
平成15年 5月 日本総合病院精神医学会指導医(64号)

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