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Vol. 285 「正当な治療行為で冤罪にならないために」

医療ガバナンス学会 (2010年9月9日 14:00)


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-帝京大学病院スタッフへの伝言-

綾瀬ハートクリニック 佐藤一樹
2010年9月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


【医療事故の冤罪】

帝京大学病院の多剤耐性アシネトバクター感染者の死亡に対して警視庁が業務上過失致死容疑を視野に捜査を開始したと報道されている。告訴の有無は不明であるが、当然、業務上過失致死罪の対象は、医療者「個人」であり、関係部署の混乱は壮絶なものと推測される。「この人が犯人なら、私は犯人ではない。」「私が犯人にされるなら、あの人も犯人だ。」という心理が芽生え、虚偽の証言をする人間を沢山見た経験が私にはある。

刑事捜査開始は、人を法律上の犯罪者に作り上げる最初の段階である。そして、存在しない犯罪を作り、見当たらない犯人を作り出す方針が冤罪を生んできた。
元福岡高検検事長 飯田英男氏は「社会的な影響の大きい事件等、状況によっては、たとえ裏付け資料が不十分でも立件して捜査を遂げるべき事件もある」と医事犯罪実務専門書に堂々と記している。当然「社会的な影響の大きい事件」とは、「メディアの扱いの大きい事件」と同義であろう。この老法律家のメンタリティによって徹底教育された医療事故捜査官の業は、「メディアで大きく報道された事件では、裏付けのない犯罪事実によって医療者を罪に追いやる」ことになる。

【医療者・日本人の”誠実さ”と自白】

「日本人は、なんでも謝ってしまうところがある。・・・一般化された謝罪の言葉が”誠実さ”を表明する。だが、市民の監護者が要求する本当の謝罪は、過失や犯罪に直接かかわるものでなければならない。そこで、容疑者(被疑者)に自白させることが警察の主要な仕事になる。こういった状況のもとでは法律で保障された個人の権利を主張しても通らない。警察も検察も、なんぴとも自己に不利益な供述は強要されないという憲法の保障を無視して、犯罪を認めさせることに多大な重点をおく。自白は、今なお、正常な社会復帰に必要な第一歩と考えられているのである。・・・警察にとってもうひとつの強みは、日本人以外の者には全く必要がないと思えるような謝罪を、日本の社会は本気で是認するという事実である。日本人は身に覚えがなくても人からよくないと思われたら、単に”誠実さ”を示すためについ許しを乞うてしまう。いずれにせよ、警察に逮捕されるのは恥ずべきことであるから、その耐えがたい恥辱感を罪の告白に転化すれば楽になる。(『日本/権力構造の謎』カレル・ヴァン・ウォルフレン著)」

捜査官にとって、「ヘルシンキ宣言」や「ナイチンゲール誓詞」の精神を学んできた良識的な”日本人”の医療者達の「インメン(司法警察員)調書」作成ほど楽なものはないそうだ。「自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、有罪とされない(刑事訴訟法319条2)」原則はあってないようなもの。「自白調書」こそ「証拠の女王」として君臨しているのが現状である。

【関係者は弁護士に相談し、不満のある調書に「署名するな」】

報道が真実ならば、帝京大学病院の刑事捜査は事前の準備期間がほとんどない状態でスタートされた様子である。最初にカルテの収集整理と上位の医師からの事情聴取が開始されたと推測される。
ここで、気をつけるべきは、意識の有無にかかわらず「管理責任」追及を恐れた上層部が、「過失責任」を学内で一番弱い立場の現場スタッフ(医師、看護師、パラメディカル)に押しつけることである。幸いにして、病院長の森田茂穂先生は医療と法律」の分野での見識が深く、筋の通った凛とした姿勢の方である。大学理事、幹部側と現場との利益相反の存在を理解してことを運ばれていると信じる。

しかし、警察は漠然とした事情聴取はしない。ぼやーっとした調書作成はしない。刑事事件として立件するつもりがあれば、主治医、その指導医他、現場で医療機器や点滴の管理や投与を行ったパラメディカルへの事情聴取が開始される時点で、ターゲット(被疑者=容疑者)が「誰」とか「誰と誰」決定している可能性が強い。「帝京大学エイズ非加熱製剤事件」の記憶を呼び戻さずとも、上位の医師も対象になる可能性もある。構えられないように、被疑者であることは伏せて参考人の名の下に任意事情聴取を繰り返す。

作成される調書は「警察製の作文」で、医療者は口を挟むことなく調書に「署名」をしてしまう。被疑者になった日本人が”誠実さ”を示すために、不満一杯のまま調書に「署名」をしてしまう。時すでに遅し。

【-正当な治療行為で冤罪にならないために-】

米国では、捜査機関の取調べの際に弁護士の立会いが認められる。日本では、任意捜査段階でも認められないため、米国人の友人からは「野蛮な国」という評価をもらった。しかし、「取り調べ真っ最中」以外であれば、弁護士に会うのは自由である。被疑者の段階以前であれば、利用しやすい金額(30分5000円程度)で法律家として相談に乗ってもらえる。

「そうはいっても、弁護士に会うのは『やましいところが自分にはある』と認めるようで抵抗がある」こんな普通の日本人医療者のために、私は、「リヴァイアサンとの闘争」と題した連載を半年間にわたり執筆した。私のブログ「紫色の顔の友達を助けたい」にも同じ記事をアップしているが、掲載された「ジャミックジャーナル」の編集目的からして、MRIC上で公開することはよしとされるであろう。

■「リヴァイアサンとの闘争」は下記、MRIC by 医療ガバナンス学会ホームページに掲載いたしました
目次
第一回 冤罪事件経験者からの伝言
第二回 医療事故の冤罪-医療過誤と過失
第三回 任意事情聴取-取調は通常の会話ではない
第四回 任意事情聴取-医師の”良識”が狙われる
第五回 供述調書の作成-苦しいが自分の調書を作れ
第六回 供述調書の署名-唯一の”武器”は署名しないこと
http://medg.jp/mt/2010/09/vol-2855.html#more

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