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Vol. 286 多剤耐性アシネトバクター集団検出事例を受けて

医療ガバナンス学会 (2010年9月10日 06:00)


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森兼啓太
山形大学医学部附属病院 検査部
2010年9月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


問題点はすでに森澤・大磯・木村の諸氏(Vol 279,281,283)により詳細に記述されているが、国のデータや先行事例も含めて解説させて頂く。

1)多剤耐性アシネトバクターはどの医療機関でも検出されうる

厚労省事業であるJANIS(院内感染対策サーベイランス)では、全国の医療機関の臨床検査室から収集された細菌に関するデータを分析している。それによ れば、2007年7月~2009年12月までの2年半で、アシネトバクターは全菌株の2.2%(3,218,820株中71,657株)を占めている。
すなわち、医療機関における臨床検査によって普通に検出される菌である。そのうち多剤耐性(カルバペネム、アミノグリコシド、フルオロキノロンの3系統の 抗菌薬すべてに耐性を示すものと定義)は98株、0.14%であった。つまり、アシネトバクター700株中1株程度が多剤耐性を示すという結果であり、比 較的まれとも言えるが、逆に言えば臨床のための検体検査を積極的に実施している医療機関では1株や2株はどこでも検出しうる。

2)多剤耐性アシネトバクターは感染力が弱い

健康人においては、大量のアシネトバクターを静脈内注射でもしない限り、感染症を発症することはない。多剤耐性アシネトバクター(以下、MDRABと略 す)であってもそれは同じことである。メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が健常人において皮膚感染症などを起こすのと対照的である。
また、重症集中治療中の患者や免疫低下状態にある患者であっても、最初に感染症を発症させる細菌ではなく、その他の細菌による感染症がたいてい先立つ。そ れらに対して有効な抗菌薬が投与され、それらの菌が追いやられた後にやってくるのがアシネトバクターだと考えればわかりやすい。

3)MDRABに対する治療薬が非常に限定されている

一口に「多剤耐性」と言っても、耐性の定義のもとになる3系統以外の抗菌薬に対する感受性は異なる。しかし、概してほとんどの抗菌薬が無効であり、わずかにコリスチンやティゲサイクリンが有効であるケースが少なくない。
しかし両者は日本で薬剤として承認・販売されておらず、使用するには個人輸入するしかない。とはいえ、一刻を争う抗菌薬治療において、個人輸入の手続きを取っている時間はなく、この選択肢はないに等しい。ドラッグラグの弊害がこのようなところにも現れている。

4)厳格な院内感染対策が必要

上記のように、重症集中治療中の患者や免疫低下状態にある患者において、生死の境目で必死にこらえている状態に対して最後の一押しになりかねない感染症がMDRABによる感染症である。従って、これらの患者に対してMDRABを付けない、運ばない対策が必要である。
検体検査においてMDRABが検出された患者がいた場合、厳格な接触予防策を講じて他の患者への伝播を可及的に防ぐことが必須である。感染予防策は当該患 者の診療にかかわるすべての職種が実施しなければならず、当該患者からMDRABが分離されていることが情報共有されなければならない。

5)さらに厳格な対策が必要になる場合もある

MDRABは乾燥した環境中で数ヶ月にわたって生存することができる。昨年の福岡大学病院における集団伝播事例では、環境調査によって患者の療養環境の様 々な部位(オーバーテーブル、ベッド柵など)からMDRABが分離されている。このような状況では、通常の院内清掃(高頻度接触局面を清拭する)程度では MDRABを除去することができず、いつまでたっても伝播が終息しないことが懸念される。

6)感染制御部の主体的リードが不可欠

帝京大学の事例の詳細はこれから明らかになるであろう。筆者が収集しえた情報によれば、上記4)の部分において、MDRABが当該患者から検出されている ことに関する情報共有が不十分だったと考えられる。大学病院においては一般に感染制御部がその任を負っており、検体分離菌情報を検査室から速やかに入手 し、現場に赴き必要な感染対策を指示し、その後もその遵守状況を監視し、スタッフの疑問に答えるなどのフォローをする。これらの体制が不十分だったことは 間違いない。

7)必要に応じて他施設や行政の支援を仰ぐ

どの医療機関も決して十分とは言えない人的物的資源で医療を行い、国民の健康を支えている。帝京大学の事例では、数カ所の病棟でMDRABが検出され、伝 播が止まらず、感染制御部の情報収集や対策実施に限界が来ていたことは間違いない。その時点、具体的には4月に10例程度の症例が同定された時点で、他施 設や行政の支援を仰ぐべきであったと考える。
昨年の福岡大学の事例でも、様々な対策を取ったにもかかわらず伝播が終息しないことを受け、地域の保健所や九州厚生局、筆者および筆者が当時所属した国立感染症研究所に相談があり、病院とこれらの機関が一体となって調査や対応を行い、アウトブレイクは終息した。
アメリカでもMDRAB の集団発生事例に対してはCDCの疫学チームが何度か調査に入っている。院内感染対策の専門家も医療機関のマンパワーも日本よりはるかに多く、CDCで訓 練を受けた疫学の専門家が州の保健衛生部局に常駐する国ですら、CDCが調査に乗り出している。それくらいMDRABの集団発生は御しがたい。支援を仰ぐ ことは何ら恥ずべきことではない。

8)警察の捜査は有害無益

本事例に今最も必要なのは、集団発生の疫学調査と、これ以上の保菌伝播を防ぐための現場の院内感染対策の実施である。警察による捜査が何を意図しているか わからないが、捜査により医療従事者が余計な時間をとられ、医療に従事する時間を削減されるのは百害あって一利なしである。
ところが、報道によれば都内の他の病院でもMDRABが複数検出された事例が明らかになり、そこに警察が捜査に入っているとのこと。警察の捜査は、医療者が故意に患者に不利益をもたらす医療行為を行っている場合に限定されるべきである。
当局の謙抑的姿勢を求めるものであり、行き過ぎれば警察権力と医療の対立という構図になりかねない。アメリカでは南部のある州で産科医療においてあまりに 訴訟が頻発したため、弁護士と医療が対立する構図となり、産科医が弁護士およびその配偶者の出産を一切取り扱わないという事態に発展したことがある。この ような不毛な争いは誰の利益にもならない。

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