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Vol. 288 帝京大学病院事例を巡るメディアの横暴

医療ガバナンス学会 (2010年9月11日 06:00)


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森兼啓太
山形大学医学部附属病院 検査部
2010年9月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


帝京大学病院における多剤耐性アシネトバクターによる院内感染多発事例は大きな波紋を呼び、全国の大学医学部附属病院を中心とした院内感染の現状把握や対策の見直しが進んでいる。これ自体は大変良いことだと思う。

しかし、これらはすべて医療機関で医療を受ける患者のために行われるべきであり、決してメディアの一般視聴者のためにあるのではない。メディアは、情報収 集のためにはその手段をいとわず、時には誤報も流す。そして万一誤っていた場合には小さく謝罪記事を掲載し、それで済ませようとする。大手メディアの影響 力は計り知れないほど大きい。報道の自由、表現の自由に名を借りた言葉の暴力に他ならない。

今般、筆者が所属する大学病院に対して、ある放送局からFAXが送られて来た。内容は、以下のような項目に1日弱の期限で返答されたしというものである。 少々分量が多いが、意図的に質問事項を取捨選択したと受け取られないため、すべての質問事項を列挙する(文言は要約してある)。

> 当院での過去1年間の多剤耐性菌の感染者数
> MRSA・MDRAB・MDRP・VRE・NDM-1・その他という菌種ごとの院内感染があった時期、検出された患者数、入院患者数、死亡との因果関係が否定できない死者数
> 院内感染対策のみを行う専従職員を配置しているか、設置時期はいつか、「兼任のみ」や「不在」になっていた時期があればその期間(専従職員だとされているものの、実際には兼任ということはないか、という但し書きがついている)
> 院内感染対策マニュアルはあるか。マニュアルを作成した時期、配布人数、配布先の職員、対象となった科、研修の実施の有無、更新時期
> 帝京大学附属病院では、検査部門で細菌を検出してから感染症制御部門に情報が伝わるまで半年以上かかったことが問題とされています。多剤耐性菌の院内感染が判明した場合の院内の連絡体制について、どのような取り決めがあるか。
> 多剤耐性菌の院内感染が判明した場合の外部機関への報告に関する取り決めは?
> 同、患者や家族への説明はいつ、誰が、どの時点で行うか
> 抗生物質の使用について施設内での取り決めはあるか

この中には、示唆に富むものもある。例えば、患者や家族への説明をいつ誰がどの時点で行うかに関する取り決め、外部機関への報告に関する取り決めの、など は、医療機関として必要なものであると考える。しかし、その他の質問事項についてはお粗末としか言いようがない。少なくとも以下の点について、質問の作成 者は全く理解していない。

● 多剤耐性菌の定義が明らかでない
● 院内感染かどうかを検出するのは決して容易ではない、特にMRSAは一般人にも医療従事者にも保菌者がたくさんおり、患者間の伝播であると明確に判明することはむしろ少ない
● NDM-1遺伝子を同定できる施設はごく限られている。現時点では、大腸菌で耐性化の傾向が著しく強い菌を国立感染症研究所に送付し、NDM-1遺伝子の 検索を依頼するのが最も現実的な方法である。仮にNDM-1が検出されていれば、その情報は国立感染症研究所の所轄官庁である厚労省に問い合わせれば済む ことである。

これらのことは、少し調べれば容易に入手できる情報であり、質問の作成者は著しく勉強不足である。思いつきで作成したとしか思えない。

それだけではない。事実誤認もある。「帝京大学附属病院では、検査部門で細菌を検出してから感染症制御部門に情報が伝わるまで半年以上かかったことが問題 とされています」とあるが、9月8日に同院がウェブサイトに公開した外部委員による検証の報告書を読めば、そうではないことがわかる。検査部門から感染制 御部に情報は伝わっていたが、その後の感染対策がおそらく不十分であったため、これだけ多くの伝播が引き起こされたのであろう。

さらに、アンケートの受け手が「因果関係の否定できない死者数」を回答すれば、当然その結果は報道され、少数である場合は患者が特定され、個人情報保護法 に抵触する恐れもある。さらに個人が特定されれば、病院側との民事訴訟に発展することもありうる。こういった事柄を通じて、医療側と患者側はますます対立 し、必要な医療が国民に提供されなくなる。

また、多数の質問項目にわずか1日で回答せよというのも乱暴である。大学病院の感染対策担当者たちは、自施設の感染対策を今一度見直し、データの洗い直し などを行っている最中である。その貴重な時間を奪う、相当負荷の大きい量の質問事項である。カバーレターとも言えるFAXの1枚目には、担当者の名前と 「お手数ですがよろしく御願いします」の一言のみが記されており、アンケート企画の主旨が全く記されていない。

最後に、このFAXの発信元が、その特性から速報性を重視せざるを得ない、事故・事件等の取材にあたる社会部ではなく、綿密な取材に基づきじっくり見せる・読ませる記事を発信する科学文化部であったことを付け加えたい。

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