医療ガバナンス学会 (2010年9月13日 06:00)
「慢性疲労症候群(CFS)をともに考える会」共同代表
「制度の谷間のない障害者福祉の実現を求める実行委員会」共同代表
「内部障害・難病当事者ネットワーク”彩”」副代表
篠原 三恵子
2010年9月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
私は20年前にアメリカで発症し、今はほぼ寝たきりで、身の回りのことも介助していただいている状態です。私たち患者は見た目には健康そうなので、この病 気の深刻さをわかってもらうのは非常に困難です。ほぼ寝たきりになっても、まだ医師や行政から理解されない状況をなんとか打開しようと思っていた時に、ア メリカで制作された慢性疲労症候群の実態を描くドキュメンタリー、「アイ・リメンバー・ミー」に出会いました。そして、この病気の認知を広めるために有効 な作品だと確信し、ベッドの上で寝たまま翻訳しました。一年ほど前から都内の各地で上映会を開き、全国の皆さんに見ていただけるよう、日本語の字幕付き DVDも制作しました。
このドキュメンタリーは、2000年に公開されたアメリカの作品(74分)で、製作・監督・脚本・ナレーターを担当したのはキム・スナイダーです。彼女自 身がこの病気の患者で、CFSを発症した時には、ジョディー・フォスター監督の「休暇のための家」のアシスタントプロデューサーをしていました。「アイ・ リメンバー・ミー」は、いかに破壊的な力を持つ病気であるかを世界に示す、彼女の自伝的なドキュメンタリーで、デンバー映画祭でベスト・ドキュメンタリー 賞を受賞しました。キム監督は1994年に、ペギー・ラジンスキーが監督し、オスカー賞を受賞した短編映画「トレボー」を共同プロデュースしました。
1984年5月から86年にかけて、ネバダ州のタホ湖で300人以上の人々にインフルエンザのような症状が現れ、急性な病気にかかりました。15年以上経ちましたが、その多くは完全に回復することもなく、
アメリカ中の人々が病気になり、原因は今だに医学的な謎のままです。ここから、1988年にアメリカの疾病管理予防センター(CDC)がCFSと名付けた、不可解な病気の奇異な物語が始まります。
「アイ・リメンバー・ミー」は、議論の的になってきた謎に満ちたCFSの経緯を探求した、初の長編ドキュメンタリーです。CDCによると、以前推定されて いたよりも40倍もの患者が現在いるとされています。かつてはヤッピー・インフルエンザと片付けられていたこの謎に満ちた症候群は、今だに一般に認めらた 原因や治療法もなく、医療界においては激しい論争を巻き起こしました。
「どうしたら事実を知ることができるだろうか」と、キム監督は自問します。「科学的な証拠がなければ、個人的な逸話が残るだけだ」と彼女は結論づけます。 そこで彼女は、4年に及ぶ調査の旅にでます。映画監督のブレイク・エドワーズ(ピンク・パンサー、ティファニーで朝食を)や、オリンピックの金メダリスト であり、サッカーの人気選手であるミッシェル・エイカーズなどを含む、何十人もの人々の胸を刺すような証言を通して、世界中の科学者たちを困惑し続ける、 寒気のするような人間ドラマが展開されます。
キム監督は、答えを求めて1936年までさかのぼって、この病気の数々の集団発生を掘り起こします。フロリダ州のメキシコ湾岸の静かな町の住人たちは、 1956年に何百人という人々を途方に暮れさせ、決して診断されることの無かったこの病気のことを互いに話すために、40年後に集います。タホ湖で初期に 集団発生したネバダ州のインクライン村や、80年代中頃に200人以上の人々が病気になった、ニューヨーク州の北部の田舎町リンドンヴィルの地元の医師達 から、著しく似通った話を私たちは聞くことになります。自分で食べることも出来ずに経管栄養に頼る、寝たきりで非常に重症のコネチカット州の10代の少年 スティーブンが、救急車とストレッチャーを使って自分の高校の卒業式に出席しようと試みる場面で、この物語は感情的なクライマックスを迎えます。
このドキュメンタリーは、不可解な病気であるCFSと診断されても有効な治療法がなく、同じように苦悩する全米各地の患者や医師達を訪ね歩いた、衝撃の問 題作です。患者たちのあきらめない生き方、私財を投げ売って治療法を探る医師たちの努力などを紹介し、極めて社会的に優れた作品です。「アイ・リメン バー・ミー」は、CFSのことばかりではなく、人類共通のテーマである喪失、人間の忍耐する力、不確実なことに取り組む困難さをも語っています。また、 「人間とは何か」を問いかけてきます。人間が本来持っている生きる意志の強さ、どんなに小さくとも目標を持って生きることの大切さを描いています。
キム監督は今年の5月にニューヨークで、私たちの会のインタビューに答えて、次のように話しました。「この病気の深刻さを人々に理解してもらうことは、私 にとってとても大切なことでした。医学界や、時には友人・家族からさえも信じてもらえないことは、辛いことでした。ですから、患者としてこの病気を生きぬ くのはどんなに困難かを記録することは、映画を製作する上で重要でした。それと同時に、手に入る限りの情報を集めたいと思いました(もちろん、この映画は 10年前のものですが)。医学界がこの病気にどう対処してきたかについての情報をたくさん集めたかったですし、病気に対する共感や理解を喚起したいと思い ました。」
アメリカでは、この映画が製作されてから6年後の2006年に、CDCが研究者や医師たちの研究結果を報告し、これは精神疾患ではなく器質的な深刻な病気 であると記者会見で発表しました。それ以降、研究者や医師達の活動を支援し、この病気の認知キャンペーンを推進しています。それに比べ日本では、この病気 はストレスが原因であるとし、「物事への固着性が強く、完璧主義の人がなりやすい」と、まるでこの病気にかかるのは患者のせいであるかのように報道されて います。
私は寝たきりに近いほど重病ですので、実際に日本各地で上映会を開くことはできません。このドキュメンタリーを見ていただき、私たちの会の趣旨に賛同して いただける方々に、上映会を開いていただけたら幸いです。また、このDVDの製作費用を賄うために、募金にご協力いただけたらうれしいです。「アイ・リメ ンバー・ミー」について詳しくお知りになりたい方は、私達の会のブログをご覧ください。
http://cfsnon2.blogspot.com/
CFS(Chronic Fatigue Syndrome) ―― 慢性疲労の原因となる病気がないのに、生活が著しく損なわれるほど強い疲労が少なくとも6ヶ月以上の期間持続、ないし再発を繰り返し、微熱、咽頭痛、リン パ節腫張、筋肉/関節痛、筋力低下、頭痛、睡眠障害、思考力/集中力低下などの症状を伴い、尿や血液検査などで器質的疾患も見つからない場合にCFSと診 断されます。原因もまだ特定されておらず、治療法もありません。回復は稀で、寝たきりに近い患者も多く、病歴20年という患者も少なくありません。CFS を含む筋痛性脳脊髄炎は、世界保健機関の国際疾病分類において、神経系疾患と分類されています。