医療ガバナンス学会 (2022年7月6日 06:00)
Tansaリポーター
中川七海
2022年7月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
ところがPFOAを製造してきたダイキン工業は、健康への影響を否定していた。ダイキン、大阪府、摂津市による3者会議の議事録から判明した。
●うちのフライパン大丈夫?
2021年11月、Twitter上に、あるツイートが投稿された。米国でのPFOAの公害を描いた映画『ダーク・ウォーターズ』の予告動画とともに、次のような内容が記されていた。
「今までホームセンターでサイズと軽さと安さで選んでたフライパンだけど、PFOA不使用のモノを買ってきた」
フッ素加工のフライパンには、PFOAが使われてきたものがある。投稿した人は映画の予告を見て、そのことを知ったのだ。この投稿を見た人からは返信があった。
「知らんかったー! 」
「うちのフライパン、アイリスオーヤマだったけど、サイトが重くて開かんので調べるの、昨晩は諦めました」
そのやり取りに、名前が挙がった日用品メーカー「アイリスオーヤマ」の公式アカウントが割って入った。
「突然のご連絡で失礼いたします。この度はご心配とご迷惑をおかけし申し訳ございません。PFOAについてですが、弊社製品では使用しておりませんので、ご安心いただければ幸いです。何卒宜しくお願い致します」
直接尋ねられたわけでもないのに「PFOA不使用」をアピールするアイリスオーヤマ。背景には、PFOAの健康への影響が国際的に認められていることがある。
ではPFOAを製造していたダイキンは、健康への影響についてどう考えてきたのか。
●7万人調査で判明した「妊婦の疾患」や「がん」
PFOAの健康への影響をめぐり、節目となった出来事がある。米国の「独立科学調査会」による7万人への疫学調査だ。2012年に結果が公表された。
調査は、PFOAを製造していたデュポンと、被曝した工場周辺の住民との裁判がきっかけだった。裁判は住民側に7000万ドル(約80億円)をデュポンが支払うことで2004年に和解。疫学調査の費用としてデュポンが500万ドル(約5億8000万円)を負担することも決まった。独立した立場の科学者たちによる調査会ができ、疫学調査が始まった。
調査には、7年の歳月を要した。その結果、次の6疾患への影響が確認された。
(1)妊娠高血圧症ならびに妊娠高血圧腎症、(2)精巣がん、(3)腎細胞がん、(4)甲状腺疾患、(5)潰瘍性大腸炎、(6)高コレステロール
デュポンとの裁判を手がけた弁護士のロバート・ビロットは、Tansaの取材に対し次のように述べた。
「これは最大規模の疫学調査です。独立した科学者たちが実施し、PFOAが6つの疾患につながることを確認したのです。企業が健康影響を否定しても、科学が真実を証明したのです」
●ダイキン、「健康影響」ではなく「環境影響」
しかし、米国での疫学調査の結果が2012年に出てからも、ダイキンはPFOAの健康への影響を認めなかった。
2013年6月に発行した『ダイキングループCSR報告書2013』では、PFOAについてこう記述している。
「環境影響が懸念されているフッ素化合物」
健康への影響があるとは書いていなかった。
だが、PFOAの健康影響は年を追うごとに明らかになっていく。
2016年12月に開かれたダイキン、大阪府、摂津市による3者会議でのことだ。摂津市の担当者は、健康被害が出ることはないか疑問を呈した。
ダイキンの担当者は、PFOAが生殖部位の疾患や肝臓がんに影響するという米国の疫学調査の結果を否定し、こう答えた。
「ダイキン工業として、あるとは考えていない」
2年後の2018年12月の3者会議でも、摂津市の担当者の質問で、PFOAの健康への影響が話題になった。
「アメリカでの訴訟としては、どういったことが論点となるのか」
ダイキンの担当者が答える。
「体に入って病気になる。自分の体にそういった物質が入ること自体が許せないということ。デュポンの訴訟があり、PFOAと病歴(腎臓等)との関連性はあるとされた。3Mやケマーズ等が訴えられている」
ダイキンは、米国の訴訟で健康被害との関連が認められたことを伝えたものの、ダイキンとしての見解は示さなかった。
●「安全な水を世界中に」?
ダイキンが健康への影響を認めない一方で、2019年5月、国際条約でPFOAの廃絶が決まった。その年の12月には、欧州環境庁がPFOAによる健康への影響を公表した。各国の調査結果をもとに、PFOAを含む有機フッ素化合物の影響をまとめたものだ。
悪影響の数は、2012年の米国の調査結果が6項目だったのに対し、16項目に増えた。次の8つは「確実性の高い影響」と認定した。
(1)甲状腺疾患、(2)高コレステロール、(3)肝障害、(4)腎障害、(5)精巣がん、(6)乳腺の発達遅延、(7)ワクチン反応の低下、(8)低出生体重児の出生
http://expres.umin.jp/mric/mric_22131.pdf
欧州環境庁のウェブサイトより。確実性の高い影響のみを日本語に訳して抜粋
では現在、ダイキンは健康への影響を認め、消費者に周知しているのだろうか。ダイキンのウェブサイトを探索してみた。トップページには、PFOAに関するページは見つからなかった。辿り着くには、次の手順が必要だ。
(1)トップページ中央の「フッ素化学」を選択
(2)ページ上部の「事業紹介」のタブを選択
(3)上から4つ目の「サスティナビリティ」を選択
(4)ページ下部の「PFOAに関する当社の取り組み」を選択
「PFOAに関する当社の取り組み」のページには、冒頭にSDGsのロゴが掲載され、「安全な水とトイレを世界中に」「つくる責任、つかう責任」とある。
本文では、2015年にPFOAの製造を終了したことについては書かれていた。「持続性のある化学物質管理の一環」がその理由だという。
しかし、健康への影響については触れられていなかった。
=つづく
(敬称略)
※この記事の内容は、2022年2月11日時点のものです。
【Tansaについて】
Tokyo Investigative Newsroom Tansaは、探査報道(調査報道)を専門とするニューズルームです。暴露しなければ永遠に伏せられる事実を、独自取材で掘り起こし報じます。広告収入を受け取らず、独立した立場を守ります。誰もが探査報道にアクセスできるよう、購読料もとりません。NPO法人として運営し、寄付や助成金などで成り立っています。
公式ウェブサイト:https://tansajp.org/
●シリーズ「公害PFOA」:https://tansajp.org/investigativejournal_category/pfoa/
●取材費を寄付する:https://syncable.biz/campaign/2070
【YouTube番組で解説!】
PFOA汚染と母子(令和の「水俣」No.4)
https://www.youtube.com/watch?v=csXnooscrBk
★ニュース!
2022年6月30日、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブが主宰する「PEPジャーナリズム大賞2022」において、シリーズ「公害PFOA」が大賞を受賞しました。
本賞は、「インターネット空間の力強いジャーナリズムが、多様にして包容力と活力のある自由主義と民主主義を育てる上で重要な役割を果たす」という理念のもと、インターネット上で発表された報道を対象に選考しています。課題発見部門、検証部門、オピニオン部門の3つが設けられ、各部門から最も優れたものが大賞となります。今年は65作品の応募がありました。
シリーズ「公害PFOA」は、「審査員全員が調査報道として高く評価」。大賞と課題発見部門賞に選ばれました。
詳しくはこちら:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000005.000045968.html