医療ガバナンス学会 (2010年9月15日 06:00)
帝京大学医学部附属病院において発生した多剤耐性アシネトバクターのアウトブレイクに関し、この9月3日に公表がなされて早速、警察が介入した。業務上過失致死罪(刑法第211条第1項)の容疑に基づく任意捜査である。
現時点では、必ずしも容疑者と具体的犯罪行為を特定したものではなく、また、捜査手法も強引なものでもないであろう。しかし、逆に言えば、それは院内感染が起こってマスコミ報道があったというだけで、院内感染を犯罪捜査の対象としたということでもある。
結論を言えば、院内感染を犯罪捜査の対象にすべきではなく、病院内に警察が介入すべきでもない。
2 犯罪構成要件該当事実の探索
一般的に、警察の犯罪捜査は、犯罪の構成要件に該当する事実の特定とその証拠収集である。今回の捜査は、院内感染を巡る諸々の事象の中から、業務上過失致死罪の構成要件に該当する事実のみをピックアップするためのものと言ってよい。
まず、多剤耐性アシネトバクター獲得と死亡との関連が否定できない患者を選び出す。それは9例と報道されているが、その9例から因果関係を立証できそう な症例に狙いを絞る。さらに、できるだけ死亡と近接した死亡結果回避可能性のある諸々の行為を探し出す。それらの想定される行為の中には、治療行為もあれ ば、予防行為もあろう。もちろん、結果回避可能性があるだけでは足りず、死に至るであろう予見可能性もなければならない。その上で、感染の治療として、も しくは感染の予防として、規範的に考えて結果回避義務ありと言えるかどうかを精査する。そして、これら要件をクリアーした医師または看護師を犯人(容疑 者)と特定して、最後にその者を自白に持っていく。
こうして、犯罪構成要件に該当する事実のピックアップが完了するのである。この間、疫学調査も全容解明も再発防止策も関係ない。
3 病院内の情報収集活動
院内感染は複雑で、外部の素人にはどこがどうなっているのか判らないが、それは警察も同様である。必ずしもすぐに前述の犯罪捜査が完遂できる見込みが立 つわけでもない。しかし、今後の院内感染問題の成り行きの不透明さを考慮すれば、警察としても、とりあえず何かをしておかなければならないとも考えよう。
そのために、あらかじめ任意の事情聴取をあえてやっておくこともある。将来の本格的な犯罪捜査に備えて、いわば事前に情報収集の活動をすると言ってもよい。警察用語風に言えば、警備活動となろう。
このような活動は、強引な犯罪捜査とは映らないから、さほど気に留めないかもしれない。しかし、客観的に見ると、医療界全体に与える効果は絶大であろ う。威嚇効果を伴いうるからである。医療者は心理的に、院内感染に萎縮してしまう。病院内に容易に警察が立ち入る光景を想像して、医療現場の実情を度外視 して「規範的に」自己統制してしまうかもしれない。まさに、医療崩壊である。
4 院内感染問題は医療者自らの手で
今回、院内感染問題が公になって、余りにも早く警察が介入してしまった。しかし、院内感染を犯罪捜査の対象にすべきではなく、また、病院内での情報収集活動の対象にすべきでもない。
院内感染問題は医療者自らの手で取り組むべきことである。警察は病院内に介入すべきではない。