医療ガバナンス学会 (2010年9月17日 06:00)
東京医科大学の第三者委員会(その1/2)
弁護士・名城大学教授 郷原信郎
2010年9月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
第三者委員会報告書の提言を受けた東京医大側から、再生委員会の立上げなど、提言の実行に関する助言等の業務に引き続き携わるよう依頼されていました が、諸般の事情により、この度、東京医大との契約をすべて解消することになりました。2000年以降、心臓手術問題等相次いだ医療事故、今回の八王子医療 センターの生体肝移植問題、その他相次ぐ不祥事で損なわれた社会からの信頼を回復するための組織の抜本改革に期待を寄せて頂いた東京医大の中堅若手の医 師、教職員の方々には誠に申し訳なく思っております。
このような形で、私が東京医大関係の業務から離れざるを得なくなった事情について、弁護士としての業務に関わる問題ですので具体的な事情は申し上げられ ませんが、私がセンター長を務めている名城大学コンプライアンス研究センターの記者レクで、既に公表されている事項に関連することなど、差支えない範囲で コメントをしています。関係部分を転載して頂きますので、是非、特に、東京医大に関係する方々、是非、お読みください。
東京医大が、この困難を乗り越え、抜本的な改革を遂げ、医療改革において先進的な医科大学となることを祈っています。私も、今後、立場は異なりますが、関心を持ち続け、可能な限りの協力をしていきたいと思います。
■8月19日開催 コンプライアンス研究センター第96回定例記者レクから抜粋
まず東京医大の件です。7月13日に私が委員長として取りまとめをした第三者委員会報告書を公表し、東京医大の理事長、学長と一緒に記者会見を行いまし た。その場で理事長が、今後、この報告書の提言を重く受け止め実行していくと理事長が確約したわけですから、その後、そういう方向で動いているということ ですが、それから1カ月以上経過していますし、その後の状況と今後の見通しをお話しするとともに、改めてここで、この報告書の提言について、今後どういう ようなことが、東京医大で行なわれれば、この報告書の提言を実行したと言えるのかということを再確認しておく必要があるのではないかと思います。
7月13日の記者会見の際にも説明したように、この報告書は、最近、東京医大で相次いだいろんな不祥事の中でとりわけ重大な問題だった八王子医療セン ターの生体肝移植をめぐる問題を中心に、事実関係を改めて検証し、原因、その背景などを明らかにし、大学の組織にどういう問題があるのか、大学のガバナン スにどういう問題があるのかという観点から問題を指摘しています。
それに関して一番重要な指摘は、こういった問題が発生する根本的な原因として医科大学における講座制に問題があるのではないか、少なくとも八王子の医療 センターの生体肝移植の問題というのは、そういう講座制における主任教授への権限の集中に根本的な問題があって発生したと見られるのではないのか、そし て、それが深刻な内部対立で大学のガバナンス機能が失われていたことの根本的な原因にもなっているのではないか、ということです。
もちろん、あくまで今回の調査の結果に基づいて検討しているわけですが、そういう見方を示した上で、この東京医大の組織に関して抜本的改革が必要だと報告書で述べているわけです。
その抜本的な改革の方向性として、まず1つは、今までは教育、研究、診療というのがほぼ一体化して、すべて主任教授の権限によって行なってきた、主任教 授に権限が集中してきた、そういう医大組織のあり方を、病院組織を患者のための医療中心に全面的に見直すということから始めてみたらどうか。そして、教 育・研究のための大学組織についても改めて考え直してみて、病院組織と教育・研究のための大学の組織との関係も抜本的に改めるという方向で検討をしたらど うか、という改革の方向性を示しているわけです。
それらは、あくまで改革の方向性であって、今回の調査の結果から一つの方向性を示したわけです。報告書の提言は、そういう抜本的改革の方向で、まず改革のための具体的な組織づくりをしなさいということを求めているわけです。
改革を行なうための組織として、まず外部者による再生委員会を設置して、そしてその下に実行部隊として内部者と外部の人の両方からなる再生プロジェクト チームを設置する。そして、その再生プロジェクトチームのところで、本当に抜本的な改革の方向性を持った組織と人事の見直し案をきちんと作りなさいと言っ ているわけです。
それをやるにあたっては、今までの大学の組織、病院の組織の中で医療とか教育・研究に携わっていた人たちの人事配置が本当にこのままで良いのかというと ころから考え直す。その上で、どのような組織で、どのようにして教育・研究を行っていったらいいのかということを抜本的に考え直すために、全教職員に教 育・研究・診療すべてにわたる業績、実績等について自己申告書を提出させなさいということも、提言の内容に含めて言っているわけです。
これらは抜本的な改革の方向性というだけでなく、提言そのものです。これらを実行するということを、東京医大の執行部、理事長と学長がマスコミの皆さん にも、社会に対してもお約束をしている、というところに非常に重要なポイントがあると思います。まさにそういう方向で、第三者委員会の報告書の提言を実行 すべく、今、東京医大の執行部で再生委員会のメンバーの人選とか、再生プロジェクトチームの組織づくりとかということが行なわれているわけです。
もちろん、今まで、ここまで内部対立が激しく続いてきたということの背景に、大学内でのエゴとエゴのぶつかり合いみたいなものがあったということが、報 告書の中でも書かれているわけですし、第三者委員会という学外の組織からの抜本的な改革をしなさいと言われて、執行部がそれを実行することを約束したから と言って、直ちに皆が「そうだ、そうだ」と言って、心を1つにして改革に邁進するなんていうことは、多くの人間が集まってできている組織の中では、なかな かあり得ないわけです。当然、そこの中ではいろんな思惑とか、いろんな利害がからみ合うし、そういった改革に対して、前向きに今後の東京医大を考えていこ うという人たちもいれば、できるだけ変えたくないで自分達のこれまでの地位や利益を守りたいという人たちも当然いるわけです。
いろんな考えの人たちがいる中で、今後この提言の実行を具体的にどうしていくのか、再生委員会の組織をどうしていくのか、人選をどうしていくのか、プロ ジェクトチームをどのようなメンバーで構成するのかということについて、まだまだ学内ではいろんな反発があって混乱が続いていくことが予想されます。そう いう意味で、これからの東京医大が本当に抜本的な改革を成し遂げて、患者中心の医療を実現できるような医科大学になろうとしているのかどうかをしっかり見 極めていかないといけないと思います。
同じ組織のコンプライアンスの問題、組織改革の問題であっても、世の中に対してそれ程大した影響のない組織であれば、組織体制を自分たちで思うような組 織にして、勝手にやっていけばいい。しかし、東京医大はやはり私立医大の中でも重要な地位を占める伝統ある医大です。この医大の教育・研究の体制、そして 医療の体制がどうなっていくのか。本当に信頼できる医科大学になるのかどうかということは、社会全体にとっても非常に大きな関心事だと思います。そういう 意味で、今申し上げたような、今後、第三者委員会のこの提言がどういうようなかたちで実行されていくのかをしっかり見極めていかないといけないと思いま す。
当然、今後まず重要なのは再生委員会の委員長がどういう人になるのかです。今までも医療の世界でいろんな改革が行なわれるような、行なわれないような、 複雑な経過をたどってきているわけですが、そういうことの中で、いったいどういう位置づけの人、どういうような立場の人が、どんな考えの人がこの再生委員 会の委員長という立場に立つのかということが、まず非常に重要な問題だと思います。
そして、組織の抜本的改革の方向性の最初に書いたように、病院の組織を根本的に作り直す、ということをやってみないといけない。患者中心の医療という方 向に病院の組織を改めないといけないということに関して重要なのが、それを実行するリーダー的な立場の人が再生委員会の中か、あるいは再生プロジェクト チームのリーダーとして入るかどうかです。
おそらく抜本的な改革に抵抗する人たちというのは、そのような人を受け入れることに対して強い抵抗を示すと思います。そこを形だけのものにして、委員長 に高名な、医療界においても重鎮の人を持ってきて、シナリオ通りに形だけの改革案に了承してくれればいいというような人を持ってこようという方向に考える と思うんですね。そういうようなかたちで終わらせてしまったのでは、この第三者委員会の報告書を出した意味はまったくないと思います。まず、再生委員会の 委員長の人事は非常に重要です。
しかも、その再生委員会の中か、あるいはプロジェクトチームのリーダーというかたちで、病院の抜本改革を成し遂げられるような、そういう実行力のある、 改革の意欲を持った外部者を迎えることができるかどうか、ここがもう一つ非常に重要なポイントになると思います。外部者による再生委員会を設置し、外部者 を含めた再生プロジェクトチームを組織することの意義は、そういう組織内のしがらみとか人間関係と無関係な客観的な立場で、従来の組織内的な力学にとらわ れないで、思い切った改革を主導してもらおうというところにあります。そういう趣旨に沿った再生委員会と再生プロジェクトチームの人選が行われなければ意 味がないわけです。
そして、もう1つ重要なポイントは全教職員による自己申告書の提出です。これも抜本的な改革に対して後ろ向きの人たち、変えてほしくないと思う人たちに とって一番大きな抵抗がある事項だと思います。医科大学の組織を抜本的に改め、そこに適材適所を配置して、本当に患者中心の医療、そして本当に先進的な研 究とか教育ができるような組織をつくろうと思えば、一人ひとりの教職員、医師の実績、能力を見極めて、しっかりした組織を作りあげていかないといけないわ けですが、そのための情報がポイントになります。その人がどれだけの実績を上げて、どれだけの能力を持っている人なのか。その情報を確実に収集するため に、全教職員による自己申告書の提出というのを、わざわざ提言の中に含めているわけです。それを実行してもらうことは、抜本的組織改革のために不可欠な事 項と言えます。
しかし、もし教育、研究についても、診療について思いますほとんど実績らしい実績もないのに、単に主任教授という立場で、そういう権限だけを振りかざし ているような人間がいるとしたら、この自己申告書の提出には強く反発をするはずです。それだけは絶対受け入れたくないという態度に出るはずです。そういう 態度をとるかどうかで、改革に対して前向きか後ろ向きかということがわかるのではないかと思います。ですから、この自己申告書の提出をきちんと実行すると いう方針が示されるかどうか、それができるような体制がとられるのかどうか、そこが、東京医大の改革の姿勢が本物かどうかを見極める一つの重要なポイント だと思います。
最後に提言の4に理事会への特別顧問の参加の継続ということも書いてあるわけですが、これは第三者委員会の立ち上げの会見のときに明らかにしたように、 現在は私の検察の大先輩でもある、元福岡高検検事長の坂井一郎弁護士が特別顧問を務められているわけですが、こういうかたちで、信頼できるガバナンスに対 してしっかりとした意見を言ってもらえるような特別顧問が引き続き関わっていくのかどうかという点も1つのポイントになると思います。だからこそ、ここに 提言の4として「理事会への特別顧問の参加の継続」ということを書いているわけです。
そして、最後に私が今どういう立場でいるのかということですが、これは報告書の公表の会見のときに田中理事長も言っておられたように、私は第三者委員会 の委員長として報告書を作成して、公表しただけではなくて、その後、この東京医大の改革の道筋をつける上でアドバイザー的な立場で改革をバックアップして ほしい、東京医大との契約を維持して、少なくとも今月末まではいろいろ助言、提案をしてほしいということを言われています。ですから、そういう方向で今も まだ動いているわけです。
ただ、私は、本当に患者中心の医療ができるような東京医大の抜本改革を行なう方向で改革を、提言を実行するということであるからこそ、そういう立場で関 わるということであって、それが本当にちゃんと行えるのかどうか、東京医大執行部の側が打ち出してくる、この提言内容の実行の案がこの主旨に沿ったものな のかどうかということしっかり見極めながら関わっていきたいと思います。もし、形だけ改革するようなふりを装って、実際にはうやむやにしてしまうような方 向に向かっているということであれば、私も今後の東京医大の改革への関与について自分なりの対応を考えないといけないと思っています。
この報告書を公表して1カ月以上経つわけですから、そんなにのんびり2カ月も3カ月も時間をかけていられる問題ではありませんし、そろそろ第三者委員会の提言が本当にその趣旨に沿って実行されるのかどうか、最終局面に近づいているということだと思います。