医療ガバナンス学会 (2010年9月20日 06:00)
医療の法律処方箋―医薬品の適応外使用
井上清成(弁護士)
〔MMJ 2010年9月号
「医療のドラッグ・ラグ解消に向けた大きな第1歩 法律処方箋第40回」より転載〕
2010年9月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
この8月23日、厚生労働省の足立信也政務官は、「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」が公知申請を妥当と認めた5成分7適応につき、《薬事・食品衛生審議会が公知申請を認めた時点で直ちに保険適用》とする方針を示した。
公知申請とは、適応外使用に係る効能又は効果等が医学薬学上公知であると認められる場合には、臨床試験を省いて薬事法上の製造販売承認の一部変更の申請 を認めるものである。ドラッグ・ラグ解消策の一つとして、既に「検討会議」は公知申請の活用を模索していた。ところが、この公知申請が認められただけで直 ちに保険適用をするという方針は、公知申請の活用をさらに一歩進めたものである。ドラッグ・ラグ解消に向けた大きな第一歩と評しえよう。
2 薬事承認と保険診療は別物
そもそもドラッグ・ラグ問題とは、欧米で製造・販売・使用の認められている医薬品が、日本国内での薬事法上の製造販売の未承認や一部の適応(用法・用 量・効能・効果)未承認というだけの理由で、患者や医師の個々の症例に適応した個別的な要望にもかかわらず、健康保険の診療で使用できない、という問題で ある。がん治療などで特に、医薬品の適応外使用の禁止問題の解決が緊急の課題となっていた。
適応「外」使用というのは妙な用語だが、法律の世界でも「○○外使用」という言い回しはよく用いられている。もちろん、適応が「ない」という意味ではな い。個々の症例において個別的に適応が「ある」使用という意味である。適応「外」と言われるゆえんは、薬事法上、医薬品の製造販売の承認を得ているが、 「その適応だけが承認を得ていない」ということに過ぎない。主に製造販売だけを規制しているはずの薬事法が、いつの間にか「借用」されて、患者と医師の個 別の使用までを規制してしまっている。借用と言うより「流用」と言っても過言ではない。
そもそも「製造販売」を規制対象とする薬事法の法体系と、健康保険の診療での「使用」を規制する健康保険法の法体系とは、別物のはずである。健康保険法 の規制に薬事法の規制を「流用」していることこそが、ドラッグ・ラグ問題の法的な元凶と評してよい。厚労大臣政務官の新たな方針は、この法的な元凶に関し 端的に切り込もうと試みるものと評価しえよう。
3 省令である療担規則の法解釈
現在、「医薬品の適応外使用」を明文で規制しているのは、厚労省の告示と通知のレベルに過ぎない。それも、保険外併用療養のうち評価療養のリスト一つと して、告示と通知に紛れ込ませ、定めを挿入して規制した。しかし、本来、評価療養に含みうるのは高度先進医療や治験くらいのものであろう。そして、健康保 険法が何かと言うと「厚生労働省令で定めるところにより」と執拗に規定しているのと同じに、評価療養の基本的なリスト(たとえば「医薬品の適応外使用」と の基本的な定め)は、省令である療養担当規則で定めるべきであった。少なくとも法律や省令よりも下位の法令である告示や通知は、健康保険法や療養担当規則 の目的・趣旨に違反してはならない。
特に療養担当規則で着目すべきは、「特殊療法等の禁止」(規則第18条)と「使用医薬品の限定」(規則第19条)であると思う。
4 特殊療法等と使用医薬品
「特殊な療法又は新しい療法等」が禁止されているが、現在の厚労省の考え方によれば、評価療養のリストはすべて「特殊療法」に該当するとしている。しか し、そもそも「特殊」という法律用語は、「特別」以上のものに対して限定して使う。すると、「特殊」か否かは、国内の医薬品使用状況のみならず、海外の医 薬品使用状況を鑑みて判断すべきである。海外で一般に製造・販売・使用されているならば、「特殊」とは言えない。海外で承認されたり保険適用されている医 薬品をその適応症に国内でも使用するのは、何ら「特殊な療法」とは解釈しえないと思う。
他方、「使用医薬品の限定」が療担規則第19条第1項で規制されている。しかし、その規定の仕方は「厚生労働大臣の定める医薬品」以外の薬物を使っては ならないというに過ぎない。「厚生労働大臣の定める医薬品」を規定しているのは、「薬価基準」である。ちなみに、薬価基準は、使用薬剤の薬価を定めるだけ でない。使用医薬品のリストも規定している。ただ、品名・規格単位・薬価を定めるのみであって、用法・用量・効能・効果は規定していない。つまり、療担規 則第19条は、使用医薬品のリストを限定しているものの、「適応」は規制していないのである。
そうすると、療担規則自体は、海外で広く用いられている「医薬品の適応外使用」の適応を「国内でだけは規制しようとしている」とまでは解釈できないであろう。
5 療担規則に反する告示・通知
告示や通知は、省令である療担規則に反してはならない。にもかかわらず、現在の告示や通知は「医薬品の適応外使用」を包括的に禁じている。これは、療担 規則第18条と第19条に反する包括的な禁止なので、「包括的に無効、もしくは限定的にのみ有効」と解釈すべきであると思う。
少なくとも現行の告示(厚生労働大臣の定める評価療養及び選定療養)の「適応外の医薬品の使用」(薬価基準に収載されている医薬品の投与であって、薬事 法第14条第1項の規定による承認に係る用法、用量、効能又は効果と異なる用法、用量、効能又は効果に係るもの)は改正した方がよい。「医薬品の特殊な使 用等」(薬価基準に収載されている医薬品の投与であって、その投与に係る用法、用量、効能又は効果が国内や海外の医薬品使用の標準と比較して特殊又は新規 なもの)などへ改めるべきであると思う。
6 ドラッグ・ラグの全面的な解消に向けて
この度、厚労大臣政務官は画期的な第一歩を踏み出した。今後は、ドラッグ・ラグの全面的な解消に向けて、患者や医師の個々の症例に適応した個別的な使用を広く適切に認めていくことが期待される。
そのためにも、告示や通知を健康保険法や省令たる療担規則に沿うように抜本的に改正すべきであろう。薬事法による呪縛を解き、薬事法の「流用」による患者・医師の健康保険診療に対する包括的な規制を改めていくことが望まれる。