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Vol.22156 子どもを守れ!「城下町」で沈黙を破った大人たち(シリーズ「公害PFOA」第20回)

医療ガバナンス学会 (2022年8月3日 15:00)


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Tansaリポーター
中川七海

2022年8月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

2022年4月4日、大阪・摂津市民でつくる「PFOA汚染問題を考える会」が、森山一正市長に1565人の署名と共に要望書を提出した。ダイキン工業が引き起こした市内のPFOA汚染に対して、市による住民の健康調査を求めると共に、ダイキンによる汚染対策を市から求めるよう要望した。

摂津市民の署名は全体の85%を占める。残りの15%は、摂津市に通勤する人や隣接市の住民からの署名だ。

「ダイキン城下町」の市民は、どのような思いで署名に踏み切ったのか。

http://expres.umin.jp/mric/mric_22156.pdf
摂津市内にある別府(べふ)公園=2022年4月14日撮影

●事務局長は学童保育の先生

「PFOA汚染問題を考える会」の事務局長は、摂津市民の谷口武(73)が務める。

谷口が事務局長になったきっかけは、2022年2月11日に市議の増永和起らが実施した「PFOA汚染問題学習会」への参加だった。

学習会では、国内のPFOA研究で最前線を走ってきた京都大名誉教授・小泉昭夫が解説した。PFOAの毒性や摂津での汚染状況を伝えた。

谷口が最も驚いたのは、血液検査を受けた男性9人全員から高濃度のPFOAが検出されたことだった。男性たちは、ダイキン淀川製作所の東側に広がる一津屋(ひとつや)地区に田畑を持ち、井戸や水路の水で育てた野菜を食べていた。

谷口は、一津屋のとなりの東別府(ひがしべふ)に住んでいる。淀川製作所の北側に隣接する地区だ。谷口の妻は地区にある畑で野菜を育て、自宅で食べたり孫に配ったりしていた。

「市民9人の血液検査の値が異常だった。一津屋地域だけの問題では済まないのではないか」

谷口はそう考え、PFOAの危険性を妻に話した。さらに妻は、一緒に野菜を育てていた知人3人にPFOA汚染の可能性を伝えた。4人全員が、農作物の栽培をやめた。行政の調査では、地下水だけでなく、市内の水路の水からも高濃度のPFOAが検出されている。畑の土も水も、野菜を育てる前に安全かどうかを確かめなければならないと感じたのだ。

2月上旬、谷口は「PFOA汚染問題を考える会」に加わった。署名活動を進める事務局長にも就いた。署名を集める際は、地域の家を一軒一軒訪ね、PFOAについて説明してまわった。

谷口がここまでするのには理由があった。子どもたちの健康が気がかりだったのだ。

谷口は定年まで、商業高校の教師を務めた。退職後は小学校の学童保育の職員として、今でも子どもたちと接している。谷口にとって、PFOA汚染問題は、自分の家族さえ守られていれば済む話ではなかった。

谷口は言う。
「PFOA曝露は子どもたちの将来に関わることですから、当然不安に思います。署名を出したからには、市の動きを注視していきます」

●ダイキン職員の友人は・・・

谷口と同じ東別府に住む谷詰眞知子(68)も、署名集めに協力したメンバーの一人だ。

谷詰はまず、近くに住む自身の娘に署名を依頼した。母から話を聞いた娘は、自分や子どもがPFOAに曝露していないか心配した。谷詰が説明する。

「娘は昔からこの地域で育っていますし、今は小さな子どももいます。低体重児ではありませんでしたが、今でも近所の方が育てた野菜をもらって食べることもあるので、早く調査してほしいと言っていました」

娘のように、我が子を心配する住民がいるかもしれない。谷詰は、東別府にある約260軒の家を訪問して、署名を集めた。

署名集めをする中で、谷詰はあることに気がついた。署名を拒否する住民の多くが、「ダイキン」の名前を挙げていたのだ。

「友人や親戚がダイキンで働いている方は、汚染対策を求める相手がダイキンだとわかると、署名を敬遠されました」

●「地域のお父ちゃん」は職場で協力求め

ダイキンに遠慮する住民がいる一方で、「地域のお父ちゃん」は子どもを守る立場を選んだ。別府地区で遺品整理やハウスクリーニングなどを引き受ける「便利屋」を営む倉井孝二(49)だ。

倉井は、別府小学校に通う小学6年の息子をもつ。だが倉井にとっては、地域の子どもたちもまた、自分の子同然だ。休日になると、近所の子どもを集めて餅つきやバーベキューをしたり、夏には簡易プールを組んで遊ばせたりする。近所の子どもが悪さをすれば、自分の子と同じように叱って育てる。地域住民からは、「子どもたちみんなのお父ちゃん」と評されている。子どもたちも、そんな倉井を慕っている。

倉井は、「PFOA汚染問題を考える会」のメンバーに署名を頼まれた際、初めてPFOA汚染について知った。

「ダイキンは、単なるエアコンメーカーとちゃうんか? 」

不審に思った倉井は、淀川製作所のことを調べた。もともと軍需工場で、化学物質を作ってきたことを初めて知った。20年ほど前にダイキンが地域一帯に異臭を放ち、倉井の自宅にお詫びのチラシが入ったことも合点がいった。

倉井は自分自身も、化学物質による健康被害を経験している。

「便利屋」の前は、基礎工事や土木関係の仕事をしており、福井県敦賀市で井戸水を汲み上げる業務にあたったことがある。だが仕事を終えた直後、身体に異常が現れた。上司に相談すると、産業廃棄物に汚染された井戸水を扱っていたことを知らされた。

倉井は、PFOA汚染に関する署名活動への協力をすぐに決めた。

倉井は言う。
「相手がダイキンだろうが、関係ありません。因果関係がわからないのなら、調べることから始めなあきませんやん。因果関係がわかったり、公害認定されたりする頃には、私たち親は亡くなってるかもしれません。それでもいいんです。地域の子どもや、さらにその子どものことまで考えないと」

倉井は、職場の従業員にも署名を呼びかけた。子どもがいる者もそうでない者も、署名に協力した。

●ベテラン保育士「汚染源と認めないダイキンが腹立たしい」

高橋由香(仮名,58)は、市内の保育園で働いている。短大を卒業してから38年間、ほぼ毎日子どもたちに接してきたベテラン保育士だ。同僚の保育士たちにも呼びかけ署名に参加した。

高橋がPFOA汚染について耳にしたのは、2022年2月のことだ。初めは難しい環境汚染の話かと思っていたが、PFOAの毒性や残留性を知るにつれ、事の重大さに気がついた。

頭をよぎったのは、園児の農業体験だった。高橋が働く園では長年、近くの畑を借り、水道水と水路の水を使って、ナスやキュウリ、オクラなどの野菜を育てた。

収穫した野菜は、給食で食べる。園児たちは農業が大好き。野菜が苦手で食べられなかった園児も、自分で育てた野菜は、「おいしい!」と食べるようになった。

高橋は、農業体験によって園児がPFOAを曝露していないかが気がかりだった。行政の調査で、市内にある水路の水のPFOA濃度が高いと判明しているからだ。

「汚染の原因企業であることを、ダイキンが認めないのが腹立たしいです。市も、長い物には巻かれろという精神で、ダイキンに対してモノも言えない。市民は、何も知らされずに曝露してるんじゃないですか」

●児童からの「感謝の手紙」に農業体験の先生は

非汚染地域の30倍を超える濃度のPFOAが血液から検出された森田恒夫(仮名,76)も、署名に参加した。

森田は、淀川製作所の近くの畑で育てた野菜を日常的に食べていた。だが心配しているのは自分の身だけではない。森田は淀川製作所から45メートルにある味生(あじふ)小学校に出入りし、児童の農業体験を手伝ってきた。子どもたちが心配だ。

署名をするだけではなく、森田は2022年3月1日、森山市長に個人でも要望書を出した。児童の健康のため、市が「安全・予知の原則」から、大阪府と国に積極的な行動を求めるよう訴えた。

1カ月後に届いた森山市長の回答は「必要に応じて、調査等について国・大阪府へ要望、要請を行ってまいります」というものだった。児童の農業体験に関する回答はなかった。

森田は、収穫時の写真や児童からの感謝の手紙はファイルに保管し、時折見返している。子どもたちが、PFOA汚染のことを何も知らずに農業体験を楽しみにしていたことを思うと、胸が痛む。

納得がいかない。

=つづく
(敬称略)

※この記事の内容は、2022年4月15日時点のものです。

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PFOA汚染と母子(令和の「水俣」No.4)
https://www.youtube.com/watch?v=csXnooscrBk

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