医療ガバナンス学会 (2006年6月25日 00:00)
2006年6月25日発行
松田剛明 杏林大学医学部附属病院ATT統括管理者
MRICインタビュー vol12
(聞き手・ロハスメディア http://www.lohasmedia.co.jp 川口恭)
――杏林大学病院では5月の連休明けに、1・2次救急外来にATT(Advanced Triage Team)を稼動させましたね。ATTとは、どういうものですか。
1・2次外来を訪れる内科・外科患者の、初期診療と専門科への振り分けを行うチームです。最高責任者が高度救命救急センター長で、4内科、2外科、救急医学科のスタッフと研修医とで構成されており、日勤・準夜・深夜勤務の3交代制を敷いています。1シフトにつき、スタッフ4-5人と研修医がセットになります。
――これまでと何が違うのですか。
当院の1・2次外来には年間およそ3万7千人の患者が訪れます。1日平均ほぼ100人ですね。このうち最も多いのが内科受診の患者で1日平均30人になります。連休までは、これを4内科が日替わり当直で対応していました。しかし内科当直者は病棟患者の対応もしなければなりませんし、1日半の連続勤務になるので、勤務が過酷です。当然、疲労によって診療効率も落ちます。
また、患者の多くが午後5時から12時までの準夜帯に来院するのですが、診察室やベッドが足りないために、すぐに救急車の受け入れをストップせざるを得なくなっていました。午後5時から翌朝9時までの16時間で平均7時間ストップしていまして、地域の中核施設としての責務を果たしきれていませんでした。
5月8日から始まったATTは、北米型ERシステムを手本に、医師を救急専属の初期診療と振り分けに特化させると共に完全シフト制にしてことで疲労軽減を図り、また診察室を1つ、ベッドを2つ増やしました。これによって、救急車を極力断らずに受け入れることをめざします。
――1ヵ月経ってみていかがですか。
昨年の同じ時期と比較しますと、内科で約8時間、外科でも5時間近く救急車の受け入れストップがありましたのが、今年は2時間強になりました。1日平均の患者数も、内科・外科の合計が32人から37人に増えました。救急車による平均搬送患者数も7人から11人へ増えました。
また、徒歩で来る救急外来患者の待ち時間も、2時間程度あったのが30分にまで短縮されましたので、「いつまで待たせるんだ!」という怒号は減りました。
――順調な滑り出しですね。
ええ。ただ、初夏は元々救急患者が少ないので、患者の増える冬場にもこういった受け入れを維持できてこそ本物だと思っています。
――ATTの発足によって病院全体の定員はどうなったのでしょう。
診療各科から人を出してもらっていますので、専任スタッフを2人増やしただけです。救急車の受け入れが増え、ベッド稼働率が上がるなど増収となれば、充分割に合います。
――経営的にもプラスである、と。
はい。他にもメリットがあります。マッチングが行われるようになってから、本院を研修先に選ぶ本学卒業生が減って大問題になっています。学生たちにアンケートしたところ、救急初期診療教育がどれだけ充実しているかが、臨床研修先を選ぶ大きなポイントになっているようです。一方で、ATTでの研修に積極的に参加したいという学生が8割もいました。ATTによって研修希望者が増えてくれればありがたいと思っています。
――課題として見えたものは何でしょうか。
診療各科からATTへ出てくる人間は原則として2ヵ月交代にしています。その間、完全3勤務交代で週平均40時間の勤務なので、各科にいる時より相当楽なはずなのですが、各科紹介の外勤との連続勤務になってしまう場合もありまして、そういう場合はこれまでの内科当直と変わらないことになります。診療科によっては、ATTへ出ている期間は週末の外勤を禁止にしてくれているところもありますが、元々の給料が高いわけではなくスタッフの不満が出てしまいます。何とかATTとして外勤先を確保できないか、もしくは外勤相当分を大学から給与に上乗せ支給できないか、今その算段をしているところです。
全体としては、救急担当も病棟担当も業務が楽になり士気が上がりました。しかし、まだトリアージの教育を受けた人間が少ないので、ほとんど処置せず専門科へ丸投げしてしまうような例もあるようです。シフトを組むときに各科交じり合うようにして、多科の勉強もできるようにしたいと考えています。
また、ATTに出てくるのが意欲のある人ばかりならよいのですが、各科から強制的に持ち回りで出てきている場合もあるため、やはり中核となるメンバーはパーマネントの方がよいのかなと考えています。近いうちに学外の内科医・救急医を中心に公募をかけて、数年後には6~8人のパーマネントスタッフ体制に持っていきたいと考えています。
それから実は、救急車の受け入れは増えたけれど、入院患者がそれほど増えていないのです。これは救急車搬送の必要がない軽症の人が多く回されてきてしまっているということです。ATTでは中等~重症で入院の必要がある2次救急患者を中心に診療する体制を整えているので、救急隊や近隣の医療機関にご理解を頂き、一層の連携を図りたいと考えております。これが目下最大の課題かもしれません。
(略歴)
93年3月 東京慈恵会医科大学卒業
99年3月 東京大学大学院医学系研究科外科学専攻博士課程修了
99年6月~02年8月 米国ハーバード大学、コーネル大学に研究留学
05年5月 杏林大学医学部救急医学教室講師
06年4月 学校法人杏林学園理事