医療ガバナンス学会 (2022年9月30日 06:00)
Tansa
リポーター 中川七海
2022年9月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
摂津での公害をどうするのか。ボールは今、市長の森山一正にある。汚染源であるダイキン工業は、摂津市から申し入れがあれば、市民への補償の協議に応じると担当役員が明言しているからだ。市民たちも、対策を求めて1710人分の署名を森山に提出している。
私は摂津市役所に赴き、森山を90分にわたって質した。
●市長、担当部長と課長を伴い登場
市長の森山を取材するのは、今回で2度目だ。前回は2021年12月。森山は市内の汚染について、ダイキンだけが原因とは限らないと述べ、ダイキンの責任追及には消極的な態度を示した。
しかしその後、私はある重要な文書を発見した。市とダイキンが1977年に結んだ「環境保全協定」である。
協定には、ダイキンが原因で市民の健康や財産を損なった場合は、ダイキンが補償をする旨が書かれていた。私がこの協定をダイキンに示したところ、広報グループ部長の阿部聖は「摂津市から要請があれば、協議は始めたい」と明言した。同席していた化学事業担当の執行役員・平賀義之と渉外専任部長・小松聡もその場で同意した。
これは、PFOAの公害問題を解決する突破口になると私は思った。ダイキンはこれまで、市内にあるダイキン淀川製作所が主な汚染源であることすら認めていなかったからだ。
私は森山の意向を聞くため、編集長の渡辺周とともに2022年8月29日、摂津市役所を訪れた。通されたのは、市長室のあるフロアの応接室だ。
市長の森山を待っていると、先に職員2人が部屋に入ってきて取材に同席すると言った。森山が一人で取材に応じた前回と違い、今回は身構えているようだった。同席したのは以下の2人だ。
吉田量治 生活環境部長
菰原知宏 生活環境部 環境政策課長
秘書に連れられ、森山が入ってきた。私と渡辺、森山と部長の吉田が向き合う形で座った。課長の菰原は隣の机につき、ノートを開いてメモを取り始めた。
早速、環境保全協定に基づきダイキンに協議を要請するかを尋ねた。
森山は即答した。
「今のところない」
●市民の血液から高濃度PFOAが出ても
なぜ、ダイキンに協議を申し入れないのか。森山は言った。
「国の基準がない。事業所にああしてくれ、こうしてくれと言う場合、しっかりとした根拠を持っとかないとあかん」
しかし2020年5月、環境省は水環境におけるPFOAの目標値を定め公表している。
水環境に係る暫定的な目標値 1リットルあたり50ナノグラム
この目標値は、体重50キログラムの人が毎日2リットル飲むと、健康被害を及ぼす値として設定された数値だ。摂津市の地下水はこの目標値の36倍を超えていて、市は地下水を飲まないように伝えている。
そこへ、部長の吉田が割って入り、環境省が定めた水環境の目標値の話から論点を変えた。
「あの、その前に、協定書15条の『事業場の操業に起因して公害が発生し』とありますが、その要件に該当しているというお考えですか」
吉田がいう協定書の15条とは、住民への補償について定めた条文だ。
事業者は、事業場の操業に起因して公害が発生し、住民の健康及び財産に被害を与えたときは、その被害の補償を誠意をもって行うものとする。
この15条の何に該当していないというのだろうか。吉田は言った。
「(摂津市としては)公害として認められている状況として認識してないんです」
「血液の中からこれだけの数値が出ていますよ、という話がありますよね。それと健康被害との関係が私はちょっと・・・」
吉田は、市民の血液から高濃度のPFOAが検出されたとしても、それが健康被害を引き起こすかは分からない、だから公害には該当しないと言っているのだ。
●調査してない摂津市が、世界最大の調査結果を無視
しかし、環境基本法では公害にあたる健康被害について、「既に発生しているもののほか、将来発生するおそれがあるものも含まれる」と定義している。今現在、摂津市民のPFOA曝露と健康被害の因果関係が分からなくても、将来に被害が出る可能性があれば公害になる。その点を吉田に告げると、彼は言った。
「(健康被害が将来発生する)おそれがあるかどうかも、今のところわからないですよね」
これに対して渡辺は、2012年に米国の独立科学調査会が公表した、大規模な疫学調査の結果について説明した。デュポンのPFOA工場の周辺住民7万人を調査した結果、PFOA曝露と健康被害の因果関係が証明されたのだ。
吉田が反論する。
「だから今のところ、具体的に、日本ではそういうことは認められていないのは事実です」
だが日本では摂津市民を含め、PFOA曝露と健康被害についての疫学調査は行われていない。被害が判明していないのは当たり前だ。
吉田はムキになっているように、私には思えた。何としても公害として認めたくないようだ。
吉田が「公害ではない」と反論している間、市長の森山は沈黙していた。撮影のために外していたマスクもいつの間にか着用している。「我関せず」という態度に、渡辺が「市長、いいんですか。(部長の吉田が)こんないい加減なこと言ってますけど」と水を向けても、特に反応しなかった。
http://expres.umin.jp/mric/mric_22201-1.pdf
公害の定義=総務省ウェブサイトより(赤線はTansa)
●笑う部長
吉田はその後も健康被害の可能性を認めず、逆に質問してきた。
「(将来的な健康被害の)おそれがあるんですか? 」
PFOAの健康への影響は世界の共通認識だ。その危険性から、日本も批准している国際条約「ストックホルム条約」で廃絶が定められている。2021年に日本でPFOAの製造・輸入が禁止されたのは、ストックホルム条約での決定を受けたものだ。
私は、ストックホルム条約を知っているか吉田に確認した。吉田は知っていると答えた。
吉田の答えを受けて、渡辺がそれでも健康被害の可能性を否定するのかと改めて問うた時だった。
答えに窮したのか、吉田が笑い出したのである。
渡辺が「笑うなよ」、私が「何が面白いんですか。被害が出ている方がいますよね」と言うと、「笑ってるわけじゃなくて」と弁明した。
http://expres.umin.jp/mric/mric_22201-2.pdf
PFOAの健康影響について確実性の高いものを日本語に訳して抜粋=欧州環境庁ウェブサイトより
●市長の誤認「公害認定は国がする」
では、市長の森山はどうか。部長の吉田と同じ意見で良いのだろうか。森山はこう答えた。
「あくまでも公害に対して、我々には調査指導とかの権限がない。公害を認定できるのは都道府県や国」
だが、ここに大きな誤りがある。市の条例やダイキンとの協定に基づき市ができることはある上、そもそも、公害を認定する機関など存在しない。法律に明記されている公害の定義を基に、あくまでも当事者同士が裁判や協議で被害の補償や回復について決めていくことになっている。
私たちは、その点を森山に伝えた。しかし森山は「公害の認定は国がやる」と繰り返すばかり。摂津市として、市民の側に立って動く姿勢は感じられなかった。
なぜ森山はここまで頑なに動くことを拒むのか。その本心がインタビューの後半で露呈する。次回、報じる。
=つづく
(敬称略)
※この記事の内容は、2022年9月21日時点のものです。
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ダイキン「社外秘」文書入手!摂津でPFOA大量排出(令和の水俣「PFOA」No.6)
https://youtu.be/cT5sJSG1-H4