医療ガバナンス学会 (2022年10月14日 06:00)
Tansaリポーター
中川七海
2022年10月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
ダイキンによる市民への補償は、市とダイキンが結んでいる「環境保全協定」で定められている。協定に基づきダイキンは、市から申し入れがあれば補償の協議に応じる構えだ。
なぜ、森山はこのチャンスを逃すのか。90分にわたるインタビューで、その理由が判明した。
●環境省の目標値の400倍
2022年8月29日、私と編集長の渡辺周は摂津市役所で市長の森山一正を取材した。担当部署の職員が同席した。
吉田量治 生活環境部長
菰原知宏 生活環境部 環境政策課長
市長の森山も部長の吉田も、市民に将来的な健康被害が出るおそれはないと述べた。
しかし、2020年の環境省による全国調査で、市内の地下水が全国最高値のPFOA濃度を記録しただけではなく、今年に入ってからも、さらに酷い汚染状況が明らかになっている。
2022年1月、大阪府が市内にあるダイキン工業淀川製作所の近くの用水路と地下水を調べたところ、環境省の調査を大幅に超えるPFOA濃度を記録したのである。環境省の調査では目標値の36倍だったが、今回は以下の値だった。
用水路 1リットルあたり6500ナノグラム(目標値の130倍)
地下水 1リットルあたり2万ナノグラム(目標値の400倍)
このような汚染状況の中、高濃度のPFOAが血液から検出される市民が続々と出ている。PFOAに曝露すれば健康被害が出るというのは、世界各国の疫学調査で判明しているが、森山と吉田は「健康被害が出るおそれはない」の一点張りだ。
総務省が出している公害の定義では、健康被害について「将来発生するおそれがあるものも含まれる」と定めている。摂津でのPFOA汚染を公害と認めれば、ダイキンと結んだ環境保全協定に基づき、被害者への補償協議を始めなければならない。森山と吉田は、それを避けたいのだ。
http://expres.umin.jp/mric/mric_22209.pdf
6500ナノグラムを記録した用水路は地点5。2万ナノグラムを記録した地下水は地点B。2022年3月15日に大阪府が公表した「有機フッ素化合物(PFOA等)に係る水質調査結果(令和4年1月)について」より(丸印はTansa)
●地下水の不使用は「市民の勝手な判断」
しかし、環境保全協定で補償の対象として定めているのは、健康被害だけではない。「財産被害」も対象だ。協定の第15条は以下のように定めている。
事業者は、事業場の操業に起因して公害が発生し、住民の健康及び財産に被害を与えたときは、その被害の補償を誠意をもって行うものとする。
実際、淀川製作所の近辺では、農地を使えなくなった市民たちがいる。
その一人、吉井正人(仮名,70)は淀川製作所のとなりに畑を持っている。地下水で水やりをし、ナスやジャガイモ、果樹など畑の収穫物を日常的に食べていた。
2020年9月、京都大学名誉教授の小泉昭夫のチームによる血液検査を受けたところ、非汚染地域の住民の40倍以上にあたるPFOAが検出された。小泉は、PFOAを多量に含んだ地下水が農作物を経由し、吉井の体内に蓄積したと考える。吉井は「どの野菜も、もう食べられませんわね」と言う。
私は、市長の森山に吉井の事例を挙げ、住民の財産に被害を及ぼしていることを指摘した。森山が答える。
「及ぼしてない」
部長の吉田も森山に同調する。
「農業用水に関して、絶対使ってはダメですよという指導は、(摂津市は)受けてない」
「ご本人はそうお考えやと思いますけど」
指導とは、国と大阪府からの指導のことだ。吉田は、国と大阪府が何も言ってきていないので、市民が畑に地下水を使っても構わない、「使ったらダメだ」と本人が思っているだけだ、と言っているのだ。編集長の渡辺が、再度確認した。
「摂津市としては、『農業用水→野菜→食べたことによる曝露』という経路が科学的に正しいかは、わからない。だから本人が農業用水を使わないというのはその人の判断であって、農業に支障を及ぼすとは言えないと。そういう理屈ですね? 」
吉田は言った。
「今の段階ではね」
●森山市長の本音
部長の吉田は、市民を突き放すようなことを言う。しかし、市長である森山が吉田と同じ考えでいいのだろうか。森山は選挙で市民に選ばれた市長である。その点を確認すると、森山があっさり言った。
「いいですよ」
本当にそんなことを言ってもいいのか。市がダイキンと結んだ環境保全協定は、市民の側に立って独自に作られたものではないのか。協定には、水質汚染などから住民の健康と環境を守ることが目的であると書かれている。
なぜ、市民への補償のスタートラインに立てる協定をチャンスと捉えないのか。その点を改めて問うと、森山が言った。
「ダイキンを標的に作ったわけじゃない」
しかし、そのダイキンが協議に応じると言っている。市として協議をダイキンに申し入れないという選択肢は市長としてあり得ないのではないか。
森山が答える。
「事業所だって困る。こんなんいつまでもやってたら」
私は、森山の本音を見た思いだった。この期に及んで、ダイキンの心配をしているのである。
協定は森山にとって市民を守る「チャンス」ではなく、むしろダイキンの責任を追及することになる「ピンチ」だったのだ。
=つづく
(敬称略)
※この記事の内容は、2022年9月28日時点のものです。
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