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Vol.22225東大理科三類生,留年取り消し訴訟について考える-1

医療ガバナンス学会 (2022年11月2日 06:00)


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長野県松本深志高等学校教諭
西牧岳哉

2022年11月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

新型コロナウイルスに感染した東大の学生(理科三類2年の杉浦蒼大さん)が,授業欠席への十分な救済がないまま留年になったのは不当だとして,東大に処分の取り消しなどを求める訴えを2020年8月19日,東京地裁に起こした。
現役の学生が,在籍している大学に対して訴訟を起こすことは極めて稀なことだと思う。また,訴訟社会のアメリカなどと違い,日本ではとても勇気のいることであるし,報道機関に対して実名を公表していることにも驚いた。
私は公立高校の教諭であるが,私からすれば任命権者の教育委員会を相手に,実名を公表して訴訟を起こすことに等しい。正直言ってまだ二十歳になったばかりの杉浦さんには敬意を表するとともに,エールを送りたい。
私はこの事件を直接見聞きしたわけではない。あくまでもネットや報道機関からの情報で自分なりに分析してみたことをお話ししたい。

= 杉浦さんが単位不認定とされた「基礎生命科学実験」とは =
まず,この科目は東大の理科二類と三類生には必修の科目であるということだ。また,2年生前期に開講されており,この単位を落とすと留年になってしまう。つまり,単位認定のハードルをあまり高くすると大量の留年生が生じてしまうことから,「単位取得の難易度はそれほど高くない科目」と考えられる。(2回欠席し,2回レポート未提出の同級生も及第点を得ているという。https://news.yahoo.co.jp/articles/e055ae42ba9891098279fe682bbe2ba50d9fa483
また,実習はガイダンスも含めて計6回ある。4・5月の2か月間のみ開講されている短期集中型の実習科目である。
理科二類と三類の学生全員対象なので630人以上おり,それが10個のグループに分けられているようだ。受講生の多い実習科目なので担当教官が複数配置されており,合計16人の教官が担当しているらしい。(https://facta.co.jp/article/202209043.html
また,理由があればオンラインでの受講も認められており,杉浦さんはオンライン受講を認められていたようだ。

= 実はやむを得ない理由による欠席は救済されるようなシステムになっていた =
「基礎生命科学実験」は短期集中の6回だけの実習科目。例えば,けがや病気などで8日以上通えなければ2回欠席することになり,その分のレポート点が0点になるから単位取得は困難になる。通常科目は半期で15回の授業があるから2回の欠席くらいでは単位取得に大きな影響はない。このようなことを考慮してか,コロナだけでなく忌引きなどやむを得ない事情で欠席する学生に対して救済するシステムがすでに出来ている。「令和4年
基礎生命科学実験・生命科学実験
実験補遺」(https://lecture.ecc.u-tokyo.ac.jp/~cbioexp/biosozai/hoi.pdf)を読んでみると,どのように学生に周知されていたかがわかる。

【体調不良等による欠席について】
東大が学生に示した「令和4年 基礎生命科学実験・生命科学実験 実験補遺」には,以下のような記述がある。
『新型コロナウイルスへの感染による体調不良など,やむを得ない理由で欠席する場合には,実験日の午前11:00までに実験ウェブサイト(前ページ参照)にある「欠席申請書フォーム」から申請を行うこと。適切な理由と認められれば,オンライン課題で対応することがある。その他忌引等の事情でも同様の対応を行う。なお,課外活動,アルバイト,他科目の履修などでの欠席はこの対象とならない。事故などで11:00
までに報告できなかった場合でも,事情により対応する場合があるので連絡すること。オンライン受講生も同様に連絡すること。』
ここで,「欠席連絡は当日の11:00までに」という内容の記載はあるが,「事故などで
11:00までに報告できなかった場合でも,事情により対応する場合があるので連絡すること。オンライン受講生も同様に連絡すること。」という記述もある。つまり,『当日11:00というのはデッドラインではなく』事情によっては連絡が遅れても対処してくれそうな書き方である。いずれにせよ,当日11:00までに連絡がなければその日の実験レポートの点数が0点になるとまでは書かれていない。この部分は裁判でも重要視される部分ではないだろうか。レポート点の扱いは単位認定に直結しており,それは進級可否にも直結している。このような重大な事項をあいまいにしておき,『教官の判断で安易に0点にされる』ようなことはあってはならない。

【やむを得ない事情の欠席に対する補講について】
短期集中型の実習のためか,やむを得ない事情の欠席に対する補講措置もある。「令和4年 基礎生命科学実験・生命科学実験
実験補遺」には『体調不良などの場合は,必ず実験担当教員に申告し,オンライン課題を希望する場合は受講希望日を
1週間以内に上記フォームから連絡すること。』との記載がある。「欠席した学生に対して,いちいちその都度補講を行うのは教官にとって大きな負担ではないか?」と初めは考えたのだが,どうやら「オンライン課題」で対応しているようだ。つまり,補講に対する教官の負担が大きくならないように工夫されているようである。
このような救済システムが元々出来上がっているのに,コロナ罹患の杉浦さんの2回分のレポート点を0点にすることには納得がいかない。そして東大もその点はよく考えており,留年決定の理由はコロナ罹患による欠席ではなく,成績そのものが低いからだと主張している。では,具体的に杉浦さんの成績や単位不認定がどのような経過で決められたのか考えてみたい。

【単位認定の方法】
「令和4年 基礎生命科学実験・生命科学実験実験補遺」には次のような記載がある。「本実験で提出するレポートは定期試験と同等の意味をもつ。」つまり,実験のレポートに点数を付けて評価しているようである。欠席の回は0点,遅刻は減点対象のようだ。

【合格点は100点満点中50点以上】
計6回の実習でレポートに点数をつけ,合計50点以上で合格にしているらしい。(https://toyokeizai.net/articles/-/616290?page=4
及第点が50点というのは甘い設定である。だから不認定(=留年)となる生徒は非常に少ないのだろう。

= 謎が多い成績の下方修正 =
さて,今回の事案の大きな問題点である。成績の下方修正について考えたい。
【下方修正されたのは何回目の実習レポート?】
大学側から杉浦さんに口頭で伝えられた成績が(https://toyokeizai.net/articles/-/616290?page=3)に記載されている。及第点50点のところを26点しか取れていないことになっている。しかし,これは当初の点数ではなく,成績が下方修正された後の点数である。下方修正された分は17点とのことであるから,当初の点数は43点。及第点まであと7点である。(https://toyokeizai.net/articles/-/616290?page=3)から引用すると下方修正された後の点数は以下の様だ。

受講日  得点  配点  備考
4月19日  12点  20点  出席
26日  0点  10点  手続きを忘れて欠席扱い。リポートは提出
5月 3日  10点  15点  出席
10日  0点  15点  出席。リポート期限の17日にコロナ発症
17日  0点  20点  欠席。コロナ発症
24日  4点  20点  27日に補講

東大側の説明では,成績の下方修正は,『他の学生との取り違え』とのことである。複数のレポート点を他の同じ学生と取り違える可能性は非常に低い。また下方修正幅が17点と大きいことから,取り違えるとしたら20点満点のレポートということになる。4月19日と5月24日分のレポート点は4点以上あり,20点から17点の下方修正はあり得ない。つまり,単純な成績取り違えであれば5月17日の点数が17点であったものが0点に下方修正されたことになる。しかし,大学側からすれば無断欠席で0点扱いした「目立つ学生」の点数を17点と入力することは,とても可能性が低い。そもそも,単位不認定の可能性のある少数の学生に対し無頓着に他学生の点数を入力してしまうことが信じられない。とすれば,もっともあり得ない,「複数レポートの点数下方修正」となる。0点がつけられているのは欠席扱いやレポートが間に合わなかったものだ。これらの得点入力ミスがなかったとすれば4月19日,5月3日,5月24日分のレポートである。これら3回分のレポート点を少しずつ下方修正すれば,17点分修正することができる。特に5月24日の4点という点数には不自然さを感じる。
もう一つの可能性として他の学生と「取り違えた点数は個別のレポート点ではなく合計点」ではないか,ということである。ただ,下方修正される前の点数が43点ということであるから成績を取り違えられたもう一人の学生も留年決定者ということになる。点数が上方修正されたとしても留年決定者としては黙ってはいられないだろう。また,単位を落とす学生が非常に少ない科目だから,そのような学生どうしの成績取り違えが起こる可能性はとても低い。
いずれにせよ,大学側は,どのような下方修正を行ったのか詳細を説明する責任がある。

つづく

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