医療ガバナンス学会 (2022年11月2日 15:00)
長野県松本深志高等学校教諭
西牧岳哉
2022年11月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
= 成績下方修正から説明・連絡への時系列も重要 =
上記の成績下方修正の詳細には疑問ばかり残るが、重要なポイントは時系列である。
通常の成績修正は学生からの「成績確認申請」受理後に行われる。ところが今回は「成績確認申請」受理の約1日前(6月18日)に密かに行われている。そして、成績修正の本人への連絡日時も大切である。他学生との成績取り違えであれば、成績修正の連絡は、二人に同時に行われるのが当然である。わざわざ連絡日時をずらす必要はない。今回の場合、杉浦さんへの連絡は杉浦さんが教官と教務課に確かめた後のことである。杉浦さんが8月4日、文部科学省の記者クラブで記者会見し、報道各社の問い合わせに教養学部は杉浦さんの減点を認め、「杉浦さんとほかの学生の評価を誤ってつけていたことがわかった」などと初めて明かしたようだ。成績下方修正から説明までに時間がかかりすぎている。そして、見過ごせないのは「成績取り違え」のもう一人の学生への連絡日時が8月23日ということだ。(https://japan-indepth.jp/?p=69312)杉浦さんの記者会見から約20日後のことである。なぜこのようなタイムラグがあるのだろうか。『成績大幅減点の言い訳として、後から適当な学生(進振り制度の関係ない理科三類生だろうか?)を探して大幅加点し、本人へ連絡して証拠を作ったのでは?』と疑われても仕方がない。
= 学生に対して冷たい東大 =
話を変えて,なぜ東大が学生に対してこのような冷徹な態度をとるようになってしまったのか考えたい。よく言われるのが「進振り」制度である。「進振り」の詳細についてはここでは触れないので,ご自分で調べていただきたい。東大卒業生なら言わずともご存じであろう。大学入試のように同じ入試問題で公平に点数を付けられて振り分けられるのであれば問題ないが,東京大学に入学してからの総合点(「基本平均点」と呼ばれているらしい)次第で希望の学部・学科に行けなくなることもある。大学入学後の総合点は履修科目や教官の方針などで違いが出てしまうから,公平な評価は難しいと思う。しかし,学生を総合点で序列しなければ「進振り」制度は成り立たない。
さて,「進振り」の結果に不満のある学生が「成績確認申請」をして,学生の希望が通ってしまったらどのようなことになるか察しが付く,不満な学生は我も我もと「成績確認申請」をして収拾がつかなくなる。だから大学側は学生が「成績確認申請」をしにくいようにしているのだろう。
私は京都大学理学部卒である。私の頃の話だが,京大理学部では2年生から3年生になるときに学科(専攻)を決めて,4年生になるときに研究室を選ぶようになっていた。物理など人気の高い学科では希望者がオーバーしていたようだが,東大のように総合成績ですぐに決めることはせず,時間をかけて決めていたようである。東大の学生からすれば,「そんなもの総合成績で決めればいいじゃないか。」ということになりそうだが,大学の総合成績などあてにならないものである。ノーベル賞級の優秀な科学者は,大学の総合成績など関係なく,自分の好きな分野に熱中して最終的に世界的な研究成果を出すことができる。そのような「千里の馬」をつぶさないためにも,京大理学部では安易に総合成績で決めることはしていなかった。確かに「進振り」制度があれば,学生はどの科目の授業も真面目に学習するだろうから,何にでも秀でている秀才や官僚になるには良いだろう。東大はそのような人材を求めている,と感じているのは私だけだろうか。
= 変わることができない・変わろうとしない東大 =
京大は人間総合学部の新設や工学部の改組など組織を大きく変えてきところがある。東京工業大学も2016年4月に実施した教育改革と、2019年4月以降の入学者を対象とする入試改革により、教育体系が変わっている。しかし、東大は文科一類,理科三類といったような教育体系は全く変わっていない。つまり,変わっていないのは「進振り」制度だけではない。というより,「進振り」制度を変えるのなら現在の文科一類,理科三類といった教育体系も変えなければならない。
そのほかに東大入試でもいつまでたっても変わらないものがある。私が専門としている化学の入試形式である。信じられないことに,東大入試の化学の解答用紙は「罫紙」なのである。「罫紙」といってもそれが何かわからない方もいると思う。罫紙とは文字を揃えて書くために、紙上に一定の間隔で横線が引かれただけの紙である。つまり,大学ノートそのままが解答用紙になっていると思えばよい。罫紙には「第1問」というような大問の番号が左上に書いてあるだけで,小問の番号が書いてないから,受験生は自分で「問1ア」などと問題番号を書き,解答を書いていかなければならない。数学ならばそれでよいかもしれないが,小問が多い化学では面倒な話だ。このような形式は印刷技術の貧弱な昭和初期の話ではないかと笑ってしまう。小問の番号や解答枠など簡単に作ることができるし,その方が採点もラクだろう。近年では採点アプリも普及してきており,私も勤務校で生徒の答案をスキャンして採点ナビなるソフトウエアを使って採点している。以前に比べて格段に採点作業がラクになった。
東大入試の計算問題の煩雑さも何十年たっても変わらない。化学の計算問題では原子量を扱うことが多い,残念なことに東大の入試問題では与えられる原子量が細かい。例えば,硫黄の原子量を「32.1」カリウムの原子量を「39.1」などと与えてくるのである。硫黄は32,カリウムは39で計算させればよいではないか。電卓が当たり前の時代に受験生は細かい筆算を強いられる。つまりは細かい処理能力がなければ東大理科には合格できない。
= 決して過ちを認めない東大 理由は「認めればとんでもなく面倒なことになるから」 =
杉浦さんの件では、東大は今後も決して過ちを認めないと思う。裁判でしか解決できないのではないか。そのような意味で杉浦さんのとった勇気ある行動は、変わろうとしない東大を変えていく大きな一歩だと思う。
2021年の東大入試の化学で大きな出題ミスがあった。(https://youtu.be/MXBTQpQ9UBQ)なんと大学1・2年生程度で習う分析化学の基本的内容を出題者が理解しておらず、専門用語を誤使用していたのである。キーワードとなる専門用語を誤使用していたために,至る所で矛盾が起こり、大問1つが丸々不成立となってしまった。東大専門塾の鉄緑会が「東大化学問題集2023年度用」の解説でそれを訴えている。しかし,大手新聞社が騒がない限り,不合格となった受験生が訴訟を起こさない限り,東大はこの問題を無視し続けるだろう。出題ミスを認めたら大変なことになるからだ。
2017年には阪大物理で出題ミスがあり、翌年1月に30名が追加合格となった。また、同年度の京大入試でも出題ミスがあり、同じく追加合格者を出している。これは大きな社会問題として取り上げられた。特に入試から1年近くたってからの追加合格は前代未聞で大学全体を揺るがすものであった。(https://chng.it/qZ2vn7HVPR)
入試の出題ミスも,コロナ留年問題も,ミスを認めたり,学生の申し立てを一度認めてしまえば後始末が大変なことになるし,次から次へと類似した訴えを認めざるを得なくなる。東大はそれを知っているから決して認めようとしない。抗議文まで出して一人の前途有望な若者を潰そうとした。とても教育者のやることとは思えない。学生のことなど一片も考えていない。
一度決めてしまえば前に進むしかない。中国のゼロコロナ政策然り,ロシアのウクライナ軍事侵攻然りである。自国民の幸せよりも自分の保身だけを考えている指導者が世界には多い。日本のトップに位置する大学も同類なのか?
長野県松本深志高等学校教諭 西牧岳哉
1965年長野県松本市生まれ
1988年3月京都大学理学部化学科卒
同年4月より長野県立高校の理科教諭となり現在に至る
所属学会:日本化学会,日本理化学協会
令和元年度日本理化学協会賞受賞
令和3年度第53回東レ理科教育賞 文部科学大臣賞受賞
https://www.toray-sf.or.jp/information/220418.html
YouTubeチャンネル:Online Chemistry by Higashimaki