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Vol.22230 現場からの医療改革推進協議会第十七回シンポジウム 抄録から(7)

医療ガバナンス学会 (2022年11月8日 06:00)


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2022年11月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

11月27日(日)

【Session 08】地域医療教育 10:10~11:10 (司会:久住 英二)

●地域枠制度の概要とその問題点
谷悠太(慶應義塾大学医学部4年、医療ガバナンス研究所インターン)

地域枠制度は、将来、地元の医療を担う受験生のために行われる医学部特有の入試方式である。地域間の医師偏在の解消を目的として、自治医科大学の制度をひな形に2007年から厚生労働省によって本格的に導入された。地域枠入試の合格者の多くは、都道府県からの貸与型の奨学金を受け取り、一定年限指定された医療機関で働くことで、奨学金の返還が免除される。いまや医学生の6人に1人が利用する地域枠制度だが、さまざまな観点から問題がある(2020年度の地域枠制度利用者数: 医学部定員の約18.2%にあたる1,679人)。
一番の問題は、長すぎる拘束期間と高すぎる金利である。主として9年間、指定された地域や診療科に勤める義務が生じる。多くの自治体で地域枠制度の金利は10%と設定されており、一般的な学資ローンより7倍も高い(日本学生支援機構第二種奨学金1.5%、日本政策金融金庫一般教育貸付2.35%、民間教育ローン4.6%)。
問題はそれだけにとどまらない。厚生労働省による臨床研修病院への圧力もある。厚生労働省は、地域枠制度を離脱した学生の研修を受け入れた臨床研修病院に対して、補助金の減額や指定の取り消しの可能性を通達し、地域枠制度の学生名簿を各研修病院に配布している。さらに日本専門医機構も、都道府県の同意を得ていない離脱者を研修に参加させず、専門医としても認定しない方針を打ち出している。
今回は、地域枠制度の概要とその問題点についてお話しできればと考えている。地域枠制度は、若い人の将来を制約することで医師の偏在問題の解決を図ろうとする制度である。しかも、導入から15年が経ったいまもなお、日本の医師の偏在はひどくなる一方だ。地域枠制度は今のままでいいのか。地域枠制度に頼りっきりの日本の医師偏在対策は、このままでいいのか。「地域医療教育」セッションを通して、さまざまな観点から議論させていただきたい。

●地域枠の嘘
晴山晴[仮名](医学部生保護者)

なぜ地域枠当事者たちは「騙された(こんなはずじゃなかった)」と感じるのだろうか。受験前の説明が十分ではなく、学生募集要項の記載が実際とは異なり、入学後にできた決まりを後出しで次々と課されるなどの不条理な実態があるからだ。
なぜ意欲を持って地域枠入学した人が、学年が上がるごとに地域貢献の意欲をなくすのだろうか。ラグビーの福岡堅樹氏は著書で、正規入学したにも関らず不正合格・裏口入試などの中傷が残念だったと述べている。地域枠入学者も似たような思いを抱えている。地域枠の4割は一般入試選抜で、難易度は大学ごとに異なるため、地域枠が必ずしも易しい訳ではなかった。にもかかわらず、正規入学ができなかった人と決めつけられ、やる気を削がれていく。為政者側は、地域枠制度は学生にとってメリットがないことを知っている。だからこそ、「全ての地域枠は入りやすい」という間違った情報があれば、「入れてやったのだから言うことを聞け」と言いやすく、政策も作りやすいのだろう。2018年7月の医道審で羽鳥委員から提唱された地域枠者に対する道義的責任は、魔女狩り的で無法地帯を生んでいる。
最も酷いのが、奨学金についての嘘である。2018年頃迄の学生募集要項の多くには、奨学金と違約金を返済すれば勤務義務はなくなる旨が記載されていた。しかし、現在一部の大学と自治体は、この条件で入学し規定通りに奨学金を返済した人たちにまで、道義的責任を盾に専門医資格を与えないと脅し、指定地域に勤務することを強制している。お金を返しても働かせるのは奴隷年季奉公ではないのか。
さらに、指導医不足を理由に専門医研修をさせないなど、本来、卒後教育の対象であるべき地域枠専攻医がマンパワーとして使われている。
以前は嘘をついて(つかざるを得ない状況だったのかもしれない)他県で研修を行う研修医が問題視されていたとも聞く。しかし今、嘘をついてまで地域枠当事者らを言いなりにさせようとしているのは、大学と自治体側である。厚労省や専門医機構のWスタンダードにより、地域枠当事者らは貴重な人生を食い物にされている。
本発表では、集めた資料を用いながら、当事者視点で問題提起をしていきたい。

●自治医科大学の役割と学生の人生について
加藤直人(自治医科大学医学部医学科6年)

「医療の谷間に灯をともす」――この言葉を胸に自治医大生は卒後9年間、いわゆる「総合医」として僻地で地域医療に励む。
自治医大が謳う「総合医」とは、診断治療における臨床医としての能力というより、どんな患者でも断らない気概を持つ医師のことを指すと感じている。こういったマインドを涵養するため、学生寮や都道府県人会など様々なコミュニティに属し、連帯感のもとで地域医療教育が行われる。実際、自治医大卒業生によって支えられている地域医療の現場を目の当たりにし、自治医大が果たす役割の大きさを実感してきた。僻地における地域医療のために設立された自治医大としては、責務を全うしているといえるだろう。
では、自治医大生個人にとってはどうだろうか。伸び代と体力のある若い年代のうちに、トレーニングよりも、僻地で即戦力として活躍することが求められる構造には不安もある。特にこれからの時代は、医師自身に競争力が求められるようになると考えている。このため私はあえて、総合医であっても何らかの専門性を持つことを提唱したい。ここで言う専門性とは、独自の魅力、アイデンティティである。例えば隠岐島前病院の白石吉彦先生(自治医大1992年卒)は、整形内科的な診療を軸に同病院(赴任当時は診療所)を全国から若手医師や学生が集まる人気病院に押し上げた。八戸市立市民病院の今明秀先生(自治医大1983年卒)は、ドクターカーとドクターヘリを活用した病院前救急で病院のブランディングに成功した。両者とも、自治医大の総合医マインドを持ちつつ、独自の強みを活かした地域医療を行っている。彼らの下に若い人材が集まるのは、白石先生と今先生の固有名詞が強いからだろう。
自治医大生が主体的に生きるためには、僻地における労働力としての価値で満足せず、独自の魅力を磨き固有名詞としての医師になる努力が必要である。

●地域医療教育制度ならぬ地域枠制度
井上清成(弁護士、井上法律事務所所長)

1.地域医療制度の不備を教育制度と結び付けて是正しようというのは、法的な規制目的とその手段が不均衡
(1)実質的な根拠「不同意離脱した場合には専門医の認定がなされない」というルールは、法的な合理性に乏しい。「専門医の認定」と「地域枠からの離脱」との間には、合理的な関係性があるとは言えない。
(2)形式的な根拠法律上の形式的な根拠が薄い。医師法第16条の9(医師の研修に関する国等の責務)・第16条の10(医師の研修計画への厚労大臣の意見)、医療法第30条の3第1項(医療提供体制)は、いずれも地域枠制度を基礎付けるには、条文の具体性・明確性が不足気味の感がある。「地域枠制度」「離脱要件」「従事要件」を推測させる条文の文言が乏しい。

2.地域枠からの離脱事由の硬直性地域枠からの離脱事由には、医学生の側の一方的な事情(死亡、不合格、退学など)しか定められていない。地方自治体・大学・研修機関の側の帰責事由が定められていないのである(たとえば、パワハラ・マタハラ・セクハラ・アカハラがあった場合など)。少なくとも離脱事由にもっと柔軟に解釈・運用できるような一般的な事由(「正当な理由」など)を挿入すべきである。

3.地域枠から離脱したならば一般枠IDで地域枠からの離脱者も、一般枠IDではなく、地域枠参加者登録用IDを相変わらず維持することとされているが、それは不合理である。医師臨床研修マッチング参加規約(参加者用)では、「過去において地域枠であった者についても、原則、地域枠参加者登録ID等で参加登録をすること」と定められている。なお、この「原則」に関する厚労省解釈は、「都道府県、本人、双方が地域枠としての従事要件が外されていることを同意している文書を確認できる」場合は、例外的に、一般枠IDを適用する、とのことであった。

●地域枠における法制度上の課題と政策手法について
新俊彦(クラノス株式会社代表取締役)

大学医学部における地域枠は、卒業後に特定の地域や診療科で診療を行うことを条件とした選抜枠であり、都道府県が学生に対して奨学金を貸与している場合、都道府県の指定する区域で一定の年限従事することにより返還が免除される。この制度は、二次医療圏間の地域偏在、診療科間偏在及び都道府県間での医師の偏在の状況に鑑み、これらを調整することを目的として実施されている政策である。
この状況認識と政策目的については、やや意見の分かれるところではあると思うが、一応、この政策目的達成のための手段として、特定の地域や診療科で診療を行うことを条件とした選抜枠と奨学金の貸与の仕組み自体は、許容されると思う。
もっとも、医学部を志す高校生の段階の判断で、医師としての将来を拘束する法的義務をどの程度負わせるのが妥当かについては、おのずと制約や限界があるのであって、従事要件や地域枠から離脱の要件、離脱の場合の対応(不利益)についても、現在の仕組みは改善の余地があるだろう。
本来どのような立法形式と制度内容が適切で合理的かについて、長年仕事をしてきた厚生労働省の政策手法の課題とともに論じたい。

●良質な医療サービスの享受=住民目線による社会のイノベーションを
松藤保孝(一般社団法人未来創造ネットワーク代表理事)

住民にとって重要なことは、必要な時に、必要な良質の医療サービス(相談、検査、診断、診察、処置や手術、投薬など)を享受できることです。医師不足の議論は何十年も前から続いていますが、今でも、「その地域に住む医師の数」という課題設定のままです。オンラインやロボット技術など、遠隔医療の積極的な活用も、大いに議論すべきでしょう。休日夜間の往診やオンライン診療を行う医療機関の電話番号の自治体ホームページへの掲載が、コロナ禍にあってすら拒否されるのが現状です。
一方、その医療機関で働きたい医師、その地域に住みたい医師を増やすためにはまず、現在その数が少ない原因を徹底的に分析し、医療機関や地域が状況を変えることが基本です。地方の公立学校から医学部に進学できる教育環境にあるかなども、真剣に検討すべきでしょう。一般的な人口減少対策と同様、一時金の支給やイベントではなく、住んでほしい人、来てほしい人のニーズを探り、それに応じて、医療機関や地域の様々なシステムを変えることが必要です。
特に、教育の機会均等は本来、極めて重要な行政課題です。経済的な弱みにつけ込んで無理に特定の場所で働かせるような政策を実施する地域に、あなたは住みたいですか? 親の所得などの諸事情に関わらず、教育の機会を均等にする政策を施し、自分の子供に様々な夢を持たせられるような、自信をもって勧めることができる地域にこそ、多くの人々は住みたくなると思います。
「激動の時代に前例踏襲をするな」と口先ではよく言います。われわれ主権者は地方自治体や中央政府に対し、住民の命と健康を守るという最重要課題の達成に向けて、医師等の医療従事者の養成、医療保険制度、医療から健康維持増進への視野拡大、教育など、様々な既存のシステムについて聖域のない、最先端の人類の進化を生かした未来志向の改革実行を求めていきましょう。

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