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Vol.22233 今後の医薬分業の在り方について

医療ガバナンス学会 (2022年11月11日 06:00)


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一般社団法人医療法務研究協会
副理事長 平田二朗

2022年11月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

日本で医薬分業が開始されてからかなりの年月が経過した。昨今、医薬分業の在り方は当事者である薬剤師を加えずに論議されている感がある。論議に資することを願って、私の考えを述べる。

1.医薬分業の始まりとその後の経過

戦後の高度経済成長期を終えた時期、右肩上がりの経済成長に陰りが出始め、社会保障や医療の世界もそれまでの成長軌道を修正し始めた。当時厚生省の吉村保険局長が「医療費亡国論」なるもの唱え、医療費抑制の動きがにわかに台頭してきた。国民皆保険制度に支えられ、かつ患者負担もそれほどない状況から、医療機関は昭和40年代から50年代にかけて民間病院が病床を増やし、診療報酬制度もそれを補償するような内容であった。医療機関が利益をねん出する仕掛けは、診療報酬の改定のたびに上がる点数と、医師や医療機関の独自の判断で使える保険医薬品の薬価差と、数多く実施する検査であった。医薬分業がない時期は当然院内処方のみであり、使った薬品や材料が減点されることはまれであった。薬価差や価格差のある材料は使えば使うほど利益を生み出すので、検査とともに医療費抑制のターゲットとなった。

当時の厚生省と製薬工業会との関係は医薬品の審査と薬価策定の権限を持つ行政側の配慮の見返りに製薬業界が天下りのポストを用意するという構造であった。この内容はなるべく崩さないようにして、医療費を抑制する方法として生み出されたのが医薬分業である。

医薬分業は町なかの薬局・薬店を母体にする薬剤師会が日本医師会の武見会長に頼み込んで医薬分業という形を作った。厚生省は薬価改定のたびに強烈に介入してくる日本医師会の影響力を弱めるために、当事者として薬剤師会に置き換える方がくみしやすくなる。医療費抑制の内容は、医薬分業により医師の処方内容に薬剤師を介入させ、無尽蔵に処方できなくすることと、医師が購買者でなくなることで大量の薬品を処方する必要もなくなる。薬価差も大幅に引き下げることが可能となった。

保険医薬品の製造メーカーは3000社あると言われ、どの会社も倒産することなどなかった。メーカーや医薬品卸の営業職は医師に対してゴルフに麻雀、飲食などの接待が主要な仕事だった。医薬品の値引きの実態は、サンプル、添付、治験、値引き、キャッシュバック、接待などで、実質薬価の半分ほどが実際の納入価であった。厚生省は天下り先である薬品製造メーカーには打撃を与えないように配慮しながら、薬価切り下げと使用制限に走る。薬剤師会は医薬分業を推進し、後押ししてくれる厚生省の言いなりとなり、独自の機能などほとんど主張しない。医薬分業を開始したときから日本医師会は処方権は医師にしかないとして、保険調剤薬剤師には薬品名と用法用量のみを記載した処方箋しか出さないため、ただ調剤して患者に用法用量を説明するだけの機能しか薬剤師には与えなかった。薬品名だけで病名・病態を推測できる薬剤師などほとんどいない。病院薬剤師で臨床に携わっている薬剤師なら、ある程度推測が出来るだろうが、保険調剤薬局しか経験のない薬剤師は的確な推測など出来ようがない。

しかし大学での薬学教育は本来医師より薬剤師の方が優れているし本格的である。患者のために薬剤師が持つポテンシャルを十分発揮させることが本来の医療制度としてあるべき姿であるが、現在の医薬分業制度は、見た目だけの「医薬分業」である。職能としての薬剤師の在り方、チーム医療の一員として薬剤師が入院・外来を問わず参画できる体制とはなっていない。ほとんどの保険調剤薬局の薬剤師が自分の持っている能力や機能を使う場がなく仕事をしている。チーム医療に参加したくて、病状や診断名や家族歴や環境を知りたくても、聞く相手は患者しかいない。患者からすれば医療機関で話しているのに、なぜ薬局で同じことを説明しなければいけないのか。聞けたとしても患者は病名や診断内容や検査値などの正確な内容は説明できない。患者からすればそれは医療者相互で情報交換してくださいとなる。日本での医薬分業の発足そのものが、保険調剤薬局を医療チームの一員として考えておらず、そして50年にも及ぶ医薬分業の時代が経過しても、この致命的な欠陥が修正されることがなかった。

患者の率直な保険調剤薬局に関する感想は「薬をもらう場所は遠くなり、費用は高くなった」である。そして保険調剤薬局の技術料のうち、大別すると調剤技術料と服薬指導料に分けられる。日本薬剤師会は調剤業務も薬剤師の占有業務だと主張していた。しかし厚生労働省から数年前監査業務以外は基本的には無資格者でも調剤をしていいとの通達が発せられた。クリニックや病院の隣にある門前薬局がそれぞれに調剤した薬品を渡しているが、もともと調剤作業はどう見ても大規模で機械化・自動化されたほうが正確で効率がいい。

血液検査業界では40年前に全自動の血液検査機械(オートアナライザー)が出現し、それまで手作業で1個づつの検体検査をしてきていた業務が一変した。処理能力が格段に上がり精度管理も手作業より良くなる事態に検査技師たちは驚愕した。それでも時代の流れで機械化・自動化は進み、血液検査は外注化し、自動化と迅速検査に集約され、生理機能検査や画像診断検査部門の充実や検体採取部門に人材が充当された。機械の方が精度が高いのは薬剤師も承知している。ならばなぜ調剤の分野で薬剤師会は機械化・自動化と効率化を自らの手でやろうとしなかったのであろうか?日本医師会や厚生労働省に言われるがままについて行くだけの存在では、あまりにも情けない。そして電子処方箋、オンライン服薬指導、オンライン投薬、コンビニ受け渡し、薬品宅配などの案が次から次に厚生労働省や内閣府の審議会から発信され始めた。

2.これからの医薬分業

これまでただついて行くだけの日本薬剤師会の存在であった。しかし医療費抑制に躍起となる厚生労働省や財務省の官僚と政権や一部の経済界の動きに引きずられ、自らの患者の立場に立った保険調剤薬局の在り方を主導してこなかったつけが今自らの危機として出現している。
医療費抑制の材料として使われてきた医薬分業が真に国民患者の利益に沿うような歴史として形成してこなかったことで、今度は薬剤師の役割や価値が急激に貶められることになりそうである。これまでの厚生労働省の医療保険や診療報酬制度の組み立ては、医療費抑制を誘導するために一定の診療報酬で加算し、所期の目的を達成するとはしごを外すことで、ついてきた人たちまで振り落とされる歴史であった。医療機関や医師たちは何度もその陥穽にはまり、診療報酬の誘導策には慎重な対応を取ってきた。

保険調剤薬局は現在本格的に制度としての医薬分業のあらたな誘導策により医療費における配分を大幅に削減される事態に直面しそうである。医薬分業の世界で厚生労働省のスローガンは「物から人へ」である。物とは保険医薬品とそれに付随する業務である。具体的に言うと調剤業務と医薬品流通業務である。いま膨大な数の保険調剤薬局が調剤業務を実施しているが、患者への受け渡しを含めて個別の調剤薬局からの受け渡しがすべてに必要かというとそうではない。急性期の当座の必要とする薬品は別として、慢性疾患や定期処方の薬品、当座の必要な期間を過ぎた薬品については必要な日に患者に届けばいい話である。

検査業界で大規模な外注検査機関が受注して結果を届けるまでに1日の時間差があるが、それを許容される検体はほとんどが検査センターに集約された。その結果として診療報酬上の検査点数が下がり少量の院内検査室では検査が出来なくなった。迅速検査以外は外注化されることとなった。そのうえ外注化されれば高精度、低価格で済む。結果として医療費は大幅に抑制された。
思い出して欲しい。吉村保険局長が「医療費亡国論」を展開していた時に、厚生省主導で「検査漬け・薬漬け」とマスコミが大々的にキャンペーンを張っていたことを。精度が上がり、価格が下がるなら国民や患者にとっていいことである。しかし当時検査外注業者でも価格競争と利益確保により精度管理をおろそかにしたりした業者もいた。

もし仮の話をするなら、大規模な調剤センターが出現しそこから宅配されるという事になった場合、その調剤センターが営利事業者であればどういうことになるのであろうか?営利事業者や上場企業であれば当然利益を求める。保険調剤の世界でも株式会社の存在が認められているが、厚生労働省は医療機関の営利事業を認めていない。調剤センターという存在は、個別の保険調剤薬局とは比較にならない公共性を帯びている。
大手の流通業界や保険調剤薬局が大規模調剤センターに参入するなど、論外である。仮に別な営利上の要素で倒産したり、当該事業をやめたりすれば、患者国民の命と健康に重大な影響を及ぼす。個別の保険調剤薬局が営利事業として展開することも問題であるが、それでも歴史的な経過があり許容するとしても、この調剤センターに関しては公共性を担保しておかないと、重大な問題を招来する危険性がある。厚生労働省が医薬分業の分野で物の世界を効率化しようとするなら、その安全性と安定性と公共性を担保にして展開するべきであろう。調剤センターの問題以外でもオンラインシステムや情報通信の世界、宅配等の流通の世界でも安全性や安定性、公共性が担保されなければならない。流通の分野で外国の事業者にゆだねることなどは考えられない。なぜなら対象物品が日本国民の命と健康にかかわる医薬品だからである。
また一般の流通業者の一般の物品と同じ扱いになるようなことがないことを願う。医薬品の流通にこれまで培ってきた安全性や安定性の追求がにわかに効率性の問題で犠牲にされるなら、厚生行政の在り方が問われる。保険医薬品は流通過程でもしっかりその安全性と安定供給、保険財政の上で成り立つ公共性が担保されるべきであろう。医薬分業の世界で仮に「物と人のサービスを分離し効率化を図る」ことが許されても、それは医薬品に関する国民へのサービスが向上することが前提である。物に関する効率化の成果は人的サービス、薬剤師の専門家としてのサービスやチーム医療全体のサービス向上に振り向けられなければ、ただの医療費抑制策でしかない。そしてそれが主要な狙いなら、物のサービスも推して測ることが出来る。

3.これからの医薬分業での薬剤師の役割

保険医薬品や医薬品に関するサービスで、薬剤師が介在しない形はあり得ない。OTC以外の保険調剤で扱われる医薬品は処方や医薬品の選択、管理、患者への説明、副作用、重複投与、相互作用、服用状況の把握、効果の確認など採用医薬品にまつわる情報を患者ごとに医療チームにフィードバックさせる必要がある。
大きな病院では薬剤師がカルテ情報を共有することが出来、医療チームの一員として役割を果たす場面もあるが、外来の医薬分業の世界ではカルテ情報の共有など、分業の歴史の中で制度として取り入れられたことは一度もない。大半が保険医薬品名と用法用量を書いた処方箋情報のみである。薬剤師は自施設が持つ薬歴情報と患者が持参する「お薬手帳」ぐらいで患者の病状を推測するしかない。窓口で患者に根掘り葉掘り聞くと、患者から嫌がられる状況が大半である。医療機関とのやり取りと同様のことが繰り返されるなら、薬局はチーム医療の一員ではないことを患者に悟られる。保険調剤薬局の薬剤師は病理や病態、症状に関する勉強はほとんど機会に恵まれず、ただ調剤し投薬することだけに時間を費やされる。病理病態に関する勉強をせず研修もしなくても、業務はこなせる。

大手のチェーン薬局では「さばきが良くて、フットワークが良く、給料の安い若手薬剤師」が重宝される。給料が高い年代になると新卒や若手と入れ替えるために制度的にそういう年代の薬剤師を退職に誘導するビジネスモデルを持つチェーン薬局もある。地方の大きな病院の門前にあるチェーン薬局などは大半がラウンダーと称する人たちが派遣されて仕事をする。地元の医療機関と真面目に地域医療に取り組むなどという感覚は持ち合わせていない。医療チームの一員として地域に貢献するなどという意識はほとんどない。営利事業として利益を生み出すためのビジネスモデルを作り上げることに血道をあげている。

上場企業は株主に配当をするが、もとはと言えば国民の保険料や税金で賄われている。薬剤師の養成施設はおおむね大学で6年間の期間を要している。医師と同じ養成期間である。医師と同様の期間でありながら卒後の医療人としての成長には雲泥の差がある。薬剤師は資格を取るまではある程度の勉強をさせられるが、卒後研修に関しては、医師と比較すると圧倒的な差が出てくる。臨床というフィールドがないためである。
医薬分業の成り立ちで示されているように、医師の圏域に絶対に入り込ませない制度として、日本の医薬分業が成立しているので、保険調剤薬局の薬剤師はいつまでたっても臨床の世界に入れてもらえない。結果として、勉強も研修もしなくて済むし、患者の容態に変化や問題があってもほとんど責任を取らなくて済む世界となった。ただ医師の僕として機能すればいい状態である。
日本薬剤師会は薬科大学を6年生にしたのはいいが、本質的な臨床薬剤師になる道筋をたて、薬剤の問題に関してはきちんとリーダーシップをとることをせずに来たつけが、今日医薬分業の大幅な見直しという「危機的状態」を許す形となった。きちんと国民や患者を向いて薬剤師としての役割と機能をアピールし、その立場で自らも研鑽し、発信していたら歴史は変わっていたであろう。医療界の中の医師会や厚生労働省のいいなりで動き、薬剤師としての独自視点からの患者国民の利益をないがしろにしてきた結果が今日を迎えた。保険調剤薬局は毎日たくさんの国民・患者に接している。しかし国民や患者が「保険調剤薬局を守ろう」という声などどこからも出てきていない。

医療費抑制という永年の政権と官僚の取り組みで保険調剤薬局とそれに従事する薬剤師が膨大に増えてきたが、いま上り詰めた階段の「はしごを外されている」。この事態を打開する道は、患者・国民に支持される道の選択しかない。現場で患者に役に立つ作業と患者が薬剤師が必要だと思われる行動が必須であるが、そのためにはきちんと臨床薬剤師になって医療チームの一員として医療者にも認められる行動が必要である。それを前提に日本薬剤師会は、存亡の危機として厚生労働省にも日本医師会にも責任をもって発信すべきである。
厚生労働省や官僚に頼ればなんとかなるなど言う幻想は持つべきではない。薬剤師の機能を発揮することは国民や患者の利益にかなう事であり、そのためには研鑽努力もし効率化も図るべきである。薬剤師の矜持にかけて、いまこそ患者・国民の立場にたった医薬分業のあり方を発信すべきだと考える。

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