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Vol.22235 不妊治療の保険適用拡大から半年あまりが経過して

医療ガバナンス学会 (2022年11月14日 06:00)


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放生勲

2022年11月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

菅内閣時代の重要政策の1つ、不妊治療の保険適用の拡大が、この4月より実施され、半年余りが経過した。そしてそれに伴う変化は、私の予想をはるかに超えている。

保険適用拡大の何よりも大きな点は、それまで自由診療であった人工授精のみならず、体外受精、顕微授精などの補助生殖技術(Assisted Reproductive Technology 以下、ART)が保険適用となったことにある。医療費が高額なARTが保険適用になったことのインパクトは大きく、そのことが不妊治療に大きな変化と流動化をもたらしている。
◆内科医が不妊診療にかかわる理由

ここで、私の立場を述べておきたい。私は東京の郊外、狛江市で内科のクリニックを開設して23年余りが経過した。私はクリニック開設以前に、夫婦で4年間不妊治療を経験し、その診療に大きな違和感を覚えたことが、後に私に「不妊ルーム」というものを設置させた。私はクリニックの開設からしばらくして、内科のホームページの片隅に、「不妊でお悩みの方へ」というページを置いた。それがいわば「不妊ルーム」の原点であるが、そのページに反応して、ポツポツと患者さんが訪れるようになり、それからしばらくして不妊に悩むカップルのフォローアップも行うようになった。そしてこうした流れで、「不妊ルーム」は20年余り続いている。したがって私がこれから述べることは、「不妊ルーム」での定点観測に基づいている。
◆ARTを普及させた3つのイノベーション

話を不妊治療の保険適用拡大に戻し、とりわけARTにフォーカスして考えてみたい。保険適用拡大の理解ためには、ARTがなぜ現在のように世界的に普及したのか、その経緯を知っておくことが有用である。ARTの普及には、3つのイノベーションが相次いで起きたことが大きく寄与している。

最初に起きたイノベーションは、英国での1978年の体外受精児、ルイーズ・ブラウンの誕生である。両側の卵管が閉塞している母親の卵巣から、腹腔鏡を用いて排卵前の卵子を取り出し、体の外で受精させ、受精卵(胚)を子宮に戻すという手技で誕生したルイーズ・ブラウンは、当初「試験管ベイビー」などと呼ばれた。また、当時のローマ法王ヨハネ・パウロ2世が、生命の操作につながるとして反対声明を出すなど、世界的なセンセーションを巻き起こした。そして、それに続く世界各国での体外受精は、同様の方法でおこなわれ、日本における1983年の最初の体外受精児も例外ではなかった。

しかし1980年代の後半に入ると「経膣採卵」が可能になった。これは腹部からの超音波ガイド下に、膣から卵巣に採卵針を刺して、卵胞液とともに卵子を採取する方法である。これによって採卵は極めて簡便なものとなった。すなわち、採卵という体外受精における最も外科的なプロセスが、手術室から外来へとシフトしたわけである。経膣採卵の登場によって、体外受精は世界的な普及へのエンジンを身につけたと言える。

しかしながら体外受精が普及しても、男性側の精子が極端に少ない乏精子症や、高度の精子無力症においては、体外受精という手段は有効な方法ではなかった。この問題のブレイクスルーは1992年に、ベルギーのパレルモによってもたらされた。その方法とは、健全な精子を1つ注射針で吸い取り、それを卵子の細胞質内に直接注入する、「卵細胞質内精子注入法:Intra-Cytoplasmic Sperm Injection(ICSI)」である。そして、その有効性が世界中で確認されると、ICSI=顕微授精となった。顕微授精はその後、適用を広げ、現在ARTを全例、顕微授精でおこなう医療機関もある。

「体外受精」「経膣採卵」「顕微授精」の3つのイノベーションにより、今日ARTは、世界的な普及を見せているのである。
◆わが国におけるART医療の特殊性

こうしたARTの外来シフトの流れの中で、1990年代の初めから、わが国のART医療は特殊な展開を見せる。それは、大学病院などで経験を積んだ医師が、個人のクリニックを開設し、そこでARTを行うということが一般化してきたのである。現在ではART医療の主軸は大学病院などの大病院から、個人のクリニックにシフトした。

このことにより、ART医療におけるスキル・ノウハウ等は、個人のクリニックにファイルされることとなり、体外受精の技術は、いわばラーメン屋の「秘伝のスープ」のごとく、門外不出のものも多い。その結果、ART医療の技術、そして成績は、医療機関における大きな格差を生むことにもなった。個人のクリニックに太刀打ちできず、高度生殖医療から撤退した大学病院も多い。

しかし体外受精・顕微授精が行われるようになって30年が経過するも、ART医療における妊娠率は20%(対移植、新鮮胚)、その妊娠が無事経過し、出産までに至る生産率は5%(対採卵)と低い水準にある(日本産科婦人科学会報告2020年による)。この成功率の低い医療に、今年の3月まで1回あたり、400,000円〜800,000円、医療機関によっては2,000,000円という、とても高額な医療費が患者に請求されていたわけである。それで、十数年前より、こうした高額医療に対しては、自治体を介して、体外受精1回あたり、150,000円〜300,000円の公的助成が行われてきた。
◆公的助成と保険適用の大きな違いは何か

公的助成も保険診療も、つまるところ税金によって助成するわけであるから、一見さして違いがないように思われる。しかしながら、公的助成と保険適用では、性質がまるで異なる。

公的助成は「ART医療を行う患者そのものを助成する」わけであり、国や自治体は、医療機関に対しては何ら介入を行わない。したがって自由診療であるARTは、医療機関の意のままに行われ、そのことがART医療のバリエーションを大きくし、医療機関間の格差も大きくした。

しかし、保険適用においては、当然のことながら、厚生労働省がきめ細かに検査・治療内容を策定している。したがって、医療機関は、そのフレームからはみ出る検査・治療は行えない。私は、厚生労働省のホームページで、内容を詳しく見てみたが、十分に「妊娠」という結果が出せるものである。実際、保険適用ARTでの妊娠の報告が、私のもとに数多く届いてる。

最近二人目を妊娠されたSさん(42歳)は、2015年12月に当院初診の方。パートナーに高度の乏精子症があり、体外受精で、採卵9回、移植4回おこなうも妊娠に至らず、「不妊ルーム」に見えた。その時までに、4,000,000円を超える医療費を使っている。私は、2016年2月にART医療機関を紹介した。2度の採卵、1回の胚移植で妊娠するも、医療費は1,000,000円を超えたという。そして、37歳で第一子を授かった。

この度、第二子希望で当院に来院されたのであるが、彼女は42歳になっていた。保険適用ぎりぎりである。そして、私が再度ART医療機関を紹介したところ、1回の体外受精、その後の移植で、妊娠となった。彼女が支払った医療費のトータルは、130,000円あまりだったという。彼女が「キツネにつままれたみたいです」というのは、その通りだろう。

この半年余りの間に、ART医療を行う医療機関は、大きく3つに分かれてきた。1つ目は、厚生労働省の指針に従い、保険適用範囲内でART医療を実施する医療機関である。2つ目は、保険診療におけるART医療は、制約があまりにも大きいと考え、これまで通りART医療は自由診療で行う医療機関である。そして3つ目は、ホームページなどで保険診療の実施を掲載しておきながら、実際に受診すると、医師が保険診療の問題点を色々と指摘し、患者を自由診療に誘導する医療機関である。

こうした不妊治療が混沌とした状況の中にあって、患者が正しいリテラシーを持って、医療機関を選ぶことはほんとうに難しい。なぜなら医療機関のホームページは、広告色が強いからであり、実態とかけ離れた妊娠率が踊っているからである。そうした状況にコンパスを与えたいと思い、私は『令和版 ポジティブ妊娠レッスン』(https://www.amazon.co.jp/dp/4391158612/)を上梓することにした。

保険適用拡大後のART医療は混沌としてきている。その一方で私は、不妊治療の保険適用拡大は、これからART医療を整理・整頓するポテンシャルを秘めていると感じており、今後の推移に注目している。この点に関しては、また別の機会に私見を述べてみたいと思う。

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