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Vol.22240 高度生殖医療の「北風」から「太陽」へのパラダイムシフトを考える

医療ガバナンス学会 (2022年11月24日 06:00)


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放生勲

2022年11月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

イソップ寓話の「北風と太陽」をご存知の方も多いと思う。マントを羽織った旅人を見て、北風と太陽がマントを脱がせようと競争する話しである。北風が頑張るほど、旅人はますますマントを強く握りしめる。そして太陽が旅人をポカポカ照らすと、旅人は自らマントを脱ぎ、くつろいだというお話しである。これを不妊治療に当てはめて、旅人を「患者」、まとっているマントを「不妊」と考えてみていただきたい。
◆AMH(抗ミュラー管ホルモン)によるARTへの誘導は妥当か?

結婚年齢、妊活開始年齢は、年を追うごとに高齢化しており、そのことが妊娠を困難にしている。これにより、不妊治療=体外受精・顕微授精などの補助生殖技術(Assisted Reproductive Technology 以下、ART)の様相を呈している。軽い気持ちで不妊クリニックのドアをノックしても、玄関にエスカレーターがあり、1階、2階をスルーして、3階の「体外受精フロア」直行といった状況である。

さらに、この4月から不妊治療の保険適用拡大が行われ、この傾向がさらに加速している。とくに東京は、ART医療のレッドオーシャンと言っても過言ではない。日本産科婦人科学会のホームページによれば、2022年11月現在、日本には618カ所の体外受精を行える医療機関ある。そして、その1/6以上の106施設が東京に集中している。東京都の面積が、日本の0.6%ということを考えると、いかに異常かわかる。また、中国・四国・九州・沖縄の17県を合わせて109施設。東京の体外受精が、レッドオーシャン化するのも当然である。

AMH(抗ミュラー管ホルモン)という検査がある。女性の卵巣の中の卵子は、年齢とともに数が減少していくのみならず、老化もしていく。AMHは、卵巣の中に残っている卵子の数の指標とされ、年齢とともに低下する。不妊診療の現場では、「あなたは37歳ですが、AMHの値は43歳相当です。ですから一刻も早く体外受精を行わないと妊娠できませんよ」などと言われて、体外受精に誘導されるケースが後を絶たない。

そして実際の体外受精では、強い排卵誘発による卵巣刺激が行われる。卵子を1つでも多く採取するためであるが、これはおかしな話である。残された卵子が少ないはずの女性に強い排卵誘発を行い、数多くの原始卵胞を覚醒させれば、卵子が枯渇するのみならず、卵巣が疲弊していくことは容易に想像できる。

Bakerらの報告では、卵子は、妊娠5ヶ月まで700万個まで増加する。しかし、その後減少し、出生時には約200万個となる。さらに、初経の時期には30万個まで減少する。(Baker TG. A Quantitative and Cytological Study of Germ Cells in Human Ovaries. Proc R Soc Lond B Biol Sci. 158: 417-433, 1963)

まさに現在の不妊治療は「北風」そのものになっているのである。
◆不妊治療における「太陽」とは?

10年ほど前から、卵巣をケアする治療によって妊娠率が向上する報告が相次いでいる。

私が最初に目にしたのは、10年ほど前にアメリカの生殖医療学会が報告した甲状腺ホルモン製剤チラージンによる、TSH(甲状腺刺激ホルモン)、甲状腺ホルモンのコントロールによる妊娠率の向上である。TSHは甲状腺ホルモンが不足していると、脳から甲状腺ホルモンの分泌を促すホルモンである。つまり、TSHが高ければ高いほど、からだが無理をしている状態といえる。

甲状腺ホルモンは「元気の源ホルモン」であり、甲状腺機能低下症がある女性は、無気力、うつ病などになりやすい。また、低温期の長い生理不順になりやすく、卵胞の成熟もおそく、排卵障害が生じやすいことが知られていた。反対に甲状腺機能亢進症では、生理周期が短縮しやすい。

内科的に、本来治療の対象とされない「潜在性甲状腺機能低下症」が、不妊診療では治療の対象になる。このことは日本の甲状腺専門病院などを通して、不妊診療にかかわる医師にも広く知られるところとなった。実際、私も潜在性甲状腺機能低下症の女性を、チラージンを用いて、TSH、甲状腺ホルモンのコントロールをおこない、多くの女性が妊娠に至っている。

ビタミンDの重要性も指摘したい。数多いビタミンの中でなぜビタミンDなのか? ビタミンA、ビタミンE、ビタミンD はかねてより卵子の形成に重要だという指摘が多かった。それでもビタミンDに注目するのは、日本人女性はビタミンDが不足しているケースが圧倒的に多いからである。日本内分泌学会の基準によれば、「20ng/mL以下が不足」「21~29が不十分」であるが、両方合わせると、9割の日本人女性が該当する。なぜだろうか?

日本は海の幸山の幸に富んだ国であり、よほど偏食でもしなければ、食事からの栄養素が欠乏することは考えにくい。ところがビタミンD は経口から摂取されるのは20%で、残りの80%は皮膚で合成される。そのビタミンD の生成には、日光が不可欠なのである。UVケアに熱心な日本人女性は、ビタミンDが不足するわけである。

体外受精に関する研究では、血中ビタミンD 濃度が20 ng/mL以下の群では、それ以上の群に比べて、妊娠率が低く、ビタミンDは体外受精での妊娠率を上昇させたり、直接子宮内膜に作用して着床率を上昇させる可能性が指摘されている。

ビタミンDがAMHを改善させるという報告もある。40歳以上の女性では、ビタミンDが卵巣機能の維持に何らかの役割を果たしている可能性がある。AMHの低い女性は、ビタミンDの摂取により、AMH値の改善、ひいては妊娠率の向上が期待できる。

そして亜鉛製剤ノベルジンである。ノベルジンは体内に銅が蓄積するウィルソン病という疾患にのみ適用が認められた、オーファン・ドラッグであった。亜鉛と銅は、体内で「シーソーバランス」の関係にあり、亜鉛が増えてくると銅が低下する。これを利用してウィルソン病の患者にノベルジンを投与することによって、肝臓や角膜などに沈着している銅を体外に排泄させるわけである。

2018年に「亜鉛欠乏症を伴う不妊症」が保険適用となった。私はこれを受けて通院されている方の亜鉛の濃度をチェックしてみたのであるが、亜鉛欠乏症の女性が多いことに本当に驚いた。そうした方々にノベルジンを処方してみると、亜鉛欠乏症は改善し、妊娠に至る例が相次いだのである。

さらに、銅濃度高値は、流産率と関係することがよく知られている。したがってノベルジンを投与することによって妊娠率が向上するのみならず、流産率の低下も期待できる。

こうした卵巣をケアすることは、「太陽治療」と言ってよいのではないのだろうか。そして、私はなぜ卵巣に対して、このような「太陽治療」が重要だと考えるのか?

それには、そもそも卵巣とはどういう臓器なのか、原点に立ち返って考えてみる必要がある。卵巣は確かに赤ちゃんの元である卵子の貯蔵庫である。そしてその卵巣の中で、毎月排卵レースが行われ、覚醒した多くの原始卵胞は、日々成熟していく。そしてその卵胞の卵子を取り巻く顆粒膜細胞から、エストラジオール(通称女性ホルモン)が大量に分泌される。女性ホルモンは、女性らしさを保つホルモンであり、いわば美の源である。この卵巣に大きな負荷を加え続けることは、卵巣そのものの疲弊につながってしまう。

女性なら誰しも若くありたい、美しくありたいと願うはずである。であれば、卵巣の元気→卵子の元気→妊娠が理想ではないだろうか。「妊活」と「美活」は同じ方向のベクトルである。
◆「太陽治療」は、ARTにも有効

さらに、こうした卵巣ケアがうまくいっている女性が体外受精にエントリーすると、よく妊娠する。

最近経験したXさん(39歳)のケースを紹介したい。彼女は当院に来るまでに2年半の不妊治療歴があり、タイミング法の後、人工授精を3回、体外受精を9回、そして移植を7回行うも、ただの1度も妊娠に至ることはなかった。そうした状態で藁をもつかむ思いで、「不妊ルーム」のドアをノックしたという。

生理3日目の、基礎値を測ってみると、AMH:0.05 ng/mL、FS H:16.7 mIU/mL、DHEA:1334 ng/mL。AMHに至っては、60歳代の女性の数字である。長期におよんだ不妊治療で、卵巣が年齢以上にエイジングしたのであろう。しかし彼女には、「AMHはあくまで1つの目安には過ぎない」と励ました。それから、漢方薬を処方し、DHEAサプリメントの服用を勧めたところ、2ヶ月後には、AMH:0.11、FS H:4.5、DHEA::2400と改善してきた。(なお、彼女は前医通院中から潜在性甲状腺機能低下症の治療を専門病院で受けていた。また、DHEAについては回をあらためて述べたい)

彼女にはART医療に再挑戦したいという強い希望があったので、この状態で私は信頼できる医療機関に彼女を紹介した。1度目の採卵で4個の卵を採取することができ、そのうちの1個が胚盤胞にまで育った。そしてそれを翌月移植したところ、妊娠となり、胎嚢確認もできた。この間わずか2ヶ月余りである。

不妊治療の医師、とりわけART医は、女性の卵巣・子宮よりも、卵巣の中の卵胞、卵子にのみ目がいっているように思う。体外受精をはじめとする高度生殖医療は、私の目から見ると、”木を見て森を見ず”になっているように思えてならないのである。

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プロフィール:放生 勲(ほうじょう・いさお) 富山県生まれ。1987年弘前大学医学部卒業。’89年から’90年まで、ドイツ政府国費留学生としてフライブルク大学病院およびマックス=プランク免疫学研究所に留学。1997年東京大学大学院医学系研究科博士課程修了、医学博士。東京医科歯科大学難治疾患研究所を経て、1999年狛江市にこまえクリニック開院、院長。自ら経験した不妊治療に対する疑問から、内科診療のかたわら2000年に「不妊ルーム」を開設。内科的なアプローチで、これまで2100組以上のカップルを妊娠に導いている。著書多数。近著『令和版 ポジティブ妊娠レッスン』(https://www.amazon.co.jp/dp/4391158612/

 

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