医療ガバナンス学会 (2006年7月10日 18:19)
2006年7月10日発行
~米国南カリフォルニア大学留学体験記その6~
南カリフォルニア大学に学んで
(ヘルスコミュニケーションツールとしてのシリアスゲーム)
別府文隆
南カリフォルニア大学(USC)
医学部附属健康増進・疾病予防学際研究所(IPR)客員研究員
ならびにHollywood, Health & Societyリサーチインターン
●はじめに
これまで米国のヘルスコミュニケーション分野に関する枠組みや基本的な部分について書かせていただきましたが、今回はその発展版というか応用編ともいえるトピック「シリアスゲーム」についてです。具体的には、シリアスゲームの概要、シリアスゲームを推進している米国の団体「シリアスゲーム・イニシアチブ」1)、ならびにその医療健康分野のSPIGであるGames for Health 2)等について主にご紹介します。
1. シリアスゲームとは?
従来から医療分野では、医師の手術機器操作や外科手術手技の習得にシミュレーション技術や器機が活用されてきました。また、日本国内でも文部(科学)・厚生(労働)科学研究などにおいて、学習用ゲームの開発等が試みられてきました。それぞれ一定の成果を上げ、そういった技術が教育分野において部分的に有用であることに異論のある方はいないでしょう。しかし、こういった事例の多くには、
「開発自体が円滑にいかない」、「開発コストの割には普及浸透しない」、「リース商品としてもあまりに高額」、「ゲーム技術の進歩を十分に活用していない」、「汎用性が低い」などの問題があります。それらの問題を軽減または解決するためのコンセプトが「シリアスゲーム」であり、その開発・普及支援を行う団体でありコミュニティーが、後述する米国発祥の「シリアスゲーム・イニシアチブ」であると理解いただくと良いでしょう。
前後しましたが、シリアスゲームの定義を見てみましょう。筆者の理解では日本人で最もシリアスゲームの動向に詳しい藤本徹氏(ペンシルバニア州立大大学院生,シリアスゲーム・ジャパン 3)代表)の論文4)によると、シリアスゲームとは「教育をはじめとする社会の諸領域の問題解決のために利用されるデジタルゲーム」と定義されています。エンターテインメント向けに発達したデジタルゲーム技術を、公共政策・教育・職業訓練・政治・医療・福祉・軍事・など、社会の諸領域の問題解決に活用するというコンセプトです。本稿の記述は前述した藤本氏の論文4)を基礎にしていますので、ご興味をもたれた方は是非ご参照ください。
2. シリアスゲーム・イニシアチブの貢献度
前述した藤本氏の論文によると、シリアスゲームが米国で注目される流れを作ったのは、シリアスゲーム・イニシアチブという非営利活動プロジェクトです。このプロジェクトは、ワシントンDC に本部を置く非営利研究機関、ウッドロー・ウィルソン国際研究センターの事業の一つとして、2002 年に立ち上げられ、メーン州ポートランドを拠点にゲームビジネス関連のコンサルティング活動を行うデジタルミル社がパートナーとなって推進されています。シリアスゲーム・イニシアチブは、ゲーム産業と公共政策分野の協力的な関係構築を推進する目的で活動しています。
具体的には、主にゲーム開発者、研究者、教師、公的機関、民間企業など、シリアスゲームに関心を持つ人々の研究と実践のコミュニティ形成を支援し、オンラインでの情報提供、参加者の情報交換の場の提供、カンファレンスやワークショップの開催などを行っています(以上藤本氏論文より抜粋引用)。どうしてゲーム開発で有名な日本ではなく米国発祥の団体なのかという点についてや、デジタルミル社の経営者ベン・ソーヤー氏の貢献度については拙文をご参照ください 5)6)。
3. ヘルスコミュニケーションツールとしてのシリアスゲーム
3-1.Games for Health 2005
シリアスゲーム・イニシアチブが主催している学会等のうち、医療健康分野に特化したものがGames for Healthです。今年で3回目のannual meetingになり、本年度は筆者も藤本氏と共同で発表予定です。
昨年、2005年度のGames for Healthのプログラムはこちらです7)。発表演題の研究発表に関するものはパネルディスカッション形式のものも含めて全部で19演題ほどでした。内訳としては、医学教育・医療スタッフ教育のシミュレーションゲームや学習環境支援に関連したものが6演題、一般健康教育や患者向けのゲームに関連したものが6演題、米軍その他軍隊が開発・協力した研究成果が3演題、エクササイズ支援のExergameに特化したパネルディスカッションが1つ、その他2つという構成でした(境界領域のものも含みます)。以下、主なものの概要を紹介します。
Ben’s Gameは白血病の少年Benの「がんと闘っている子供達に役立つゲームを作りたい」という夢をかなえようと、Make A Wish財団がゲーム開発者を紹介しボランティアで制作されたゲームです。誰でも無料でダウンロード可能です8)。アメリカ的で非常に興味深い開発経緯でした。
Immune Attackはアメリカ科学者連合9)が高校生教育用、一般アウトリーチ用に開発した免疫学を学ぶための3Dゲームで、免疫現象のアニメーションがよく出来ていました。
Video Games: Just What the Doctor Orderedは、麻酔科医師による小型ゲーム機Game Boyを活用した手術前不安軽減研究でした。評価実験の質を高める余地の多い内容でしたが、有効であることを示唆する結果でした。
Nursing Home Trainingは、New Dawn Estatesという老人ホームのスタッフのためのウェブベースな介護スタッフ教育用シリアスゲームです。若い介護スタッフが多い日本でも活用可能性が高いように思いました。10)
軍関係者(米軍、英軍)による発表が3演題(外傷治療シミュレーター、PTSD治療システム、軍医や衛生兵教育カリキュラムなど)ありました。シリアスゲーム開発に関して軍の研究機関による貢献は大きいです。別の学会であるSIGGRAPH2005でもイラク駐在米軍のアラビア語習得のための教育システムが発表されていましたが、米陸軍のグラントによるものでした10)。
Mass Casualty Care Simulation Gameは代表的なマルチプレーヤー参加型の医師教育用シミュレーターで、デモを見る限り最も完成度が高い印象を受けました。このゲームが病院を経営母体としたベンチャー企業によって開発されたことも興味深いです。他の演題では日本でも放送している米国NBCの人気医療ドラマERと共同開発されたゲーム”ER”の紹介もありました。
Exergaming Panel & Demonstrationsは、日本でも人気のEyeToyをはじめとしたエクササイズ支援ゲームのパネルディスカッションです。かつてはスポーツジム等で使う高額で持ち運びもできないようなものが、今や家庭用ゲーム機や少しの補助ツールでどこでも簡単に行えるようになりました。ビジネス面でも非常に注目されているようです。
以上Games for Health 2005に関する詳細は拙文5)6)を参照願います。
3-2.シリアスゲーム成功例
医療健康分野に限定せず、成功例として紹介されることの多いゲームを、藤本氏の資料11)を参考に概要のみですがいくつかご紹介します。ご興味持たれた方はそれぞれのリソースをご参照ください。
・ 英語学習シミュレーションゲーム”English Taxi”
タクシードライバーシミュレーションゲームで、若い中国系移民の英語コミュニケーション向上を目的として開発されました。プレイヤーはタクシー運転手となってお客との会話を通じて英国文化や英語を学びます。中国での英国文化認知キャンペーンの主要コンテンツとしても活用され(15万本以上配布)、ユーザーから好反応だったそうです。ブリティッシュカウンセルと中国の公的機関が資金提供し無料で配布されました。12)
・ 消防士訓練シミュレーション”Hazmat”
テロ発生時の対応教育を目的とした消防士訓練ゲーム。用途開発の部分(どのように使うか、どのようにこのゲームを使って教えるか、という部分)も含めて最も進んでいるシリアスゲームと呼べると思います。マイクロソフトがスポンサーとなり、カーネギーメロン大学が開発しました。13)
・ 選挙マーケティング用ミニゲーム”Dean For America Game”
米国民主党ハワード・ディーン候補の認知度向上目的で開発公開されているミニゲームです。選挙活動資金のうち約2万ドルで開発したそうです。10万人以上がプレイし主要メディアがニュースとしてとりあげ、選挙運動の呼び水として機能したとのこと。14)
・ シューティングゲーム(新兵募集マーケティング)”America’s Army”
米陸軍が新兵募集マーケティングを目的として開発した(初期コスト800万ドル)大変リアルな戦争シミュレーション&シューティングゲーム。誰でも無料でダウンロードでき、200万人以上がダウンロードしたとのこと。メディアもツールも使い方次第、というわけでヘルスコミュニケーションツールとしてシリアス
ゲームを見る際に、倫理面を考える良い教材となります。15)
・ 建築意思決定シミュレーション”Building Homes of your own”
子供向けの建築業や環境問題への認知向上を目的として全米家屋建築教会等の支援によって約100万ドルで開発。現実の建築プロセスをシミュレートしたゲームらしいです。全米35000人以上の教員に無料配布し、小学校の授業(数学・理科・経済など)でも活用されているとのこと。16)
・ 食料支援活動シミュレーション”Food Force”
国連の食糧援助機関、国連世界食糧計画(WFP)が開発した食料支援認知向上のための3Dゲームです。全部で6つのステージからなり、それぞれがWFPの食糧支援活動の各局面を反映しています。プレイ時間はゲーム全体でおよそ30分で、子供から大人まで気軽に遊べます。最初のチュートリアル(どう遊ぶか説明する部分)のアニメーションがリアルでよく出来ており、作品世界に引き込まれます。誰でも無料でダインロードでき、日本語版も公開されています。英語版は300万以上のダウンロードを記録しているそうです。17)
・ 大学経営シミュレーション”Virtual U”
前述したデジタルミル社のベン・ソーヤー氏らがシリアスゲーム・イニシアチブを始めるきっかけとなった成功例です。大学経営の時々刻々と変化するダイナミックな現実に対応するために、経営者養成教育ツールとして実際の大学のデータを活用して開発されました。ウェブサイトから無料でダウンロードでき誰でも利用できますが、その大学ごとのカスタマイズを有料で行っています。全米120以上の大学が実際の大学経営教育プログラムに使用しているそうです。18)
先日、日本の大学病院関係の知人に紹介したところ「Virtual H(HospitalのH)が欲しいね。無いの?」、という声がありました。残念ながらありませんが、日本の現状にカスタマイズした開発は可能だと思います(予算は勿論それなりにかかりますが)。
4. シリアスゲームの要点
ヘルスコミュニケーションの視点からシリアスゲーム事例を筆者なりにまとめると、以下の2点が重要であると考えます。
(1) コミュニティ形成
前述したように、シリアスゲームが米国で注目され実績を作りつつある背景には、シリアスゲーム・ジャパンという団体の貢献が非常に大きいです。これは日本においても、今後のヘルスコミュニケーション等のコミュニティ・モデルとして参考になるかもしれません。つまり、様々な立場の団体や人たちが集まって開発する、というジョイントプラグラム的な活動で、学際的であり、産学連携を含み、人材交流・学会運営・資金調達のあり方などのノウハウをシェアして蓄積をコミュニティ全体で行い、プラットフォームとして機能しているスタイル全体が日本でも参考になると考えます。詳細については前述した藤本氏論文や資料11)や拙文5)6)等を参照願います。
(2) 物語手法・インタラクティブ性の活用
用途開発の段階での「物語」チュートリアルと呼ばれる「ゲームの遊び方」を学ぶ場面のノウハウはそのまま医療・健康分野のスタッフ教育や患者教育にも活用できます。具体的には、アニメーションやイラストを活用し、ハリウッド的なドラマ構築のノウハウを活用しているのです。そこで重要なのは、いかにそのゲーム(教育ツール)の世界・世界観に引き込むか?であり、それに成功することで「のめり込み・遊ぶことで自然に学習する」ことが可能となります。また、ゲーム技術の特性の一つである「インタラクティブ」(相互作用性)から生じる効果や、時系列に沿ってダイナミックに変化していく状況にどう対応するか、という場面設定や教育ツール開発も可能です。
この物語手法の活用は、この連載の第4回でも書かせていただいたHollywood,Health & Societyの活動のコンセプトと同質のものです。
●まとめに代えて
本稿では、シリアスゲームやGames for Healthについて概観しました。ヘルスコミュニケーションツールとしてシリアスゲームが機能するか否かは、倫理面の検討を含めて今後の動向を評価する必要があります。現時点では、本業として講義などで学んだヘルスコミュニケーション事業の評価手法が、シリアスゲームの教育効果の評価方法としても活用できる部分があると感じています。
また、自身のヘルスコミュニケーション研究上の志向(一般の生活者の視点で考える)からも、一般の人が活用しやすいウェブコンテンツとしてのシリアスゲームに特に興味があります。SIGGRAPH2005で見た「地球温暖化に関する社会学習ツールVGAS」19)のようなコンセプトをヘルスコミュニケーションツールに応用したものです。感染症対策や家庭内での救急対応支援、生活習慣病予防や予防接種等に関する啓発などのツールとしても期待できます。自身の研究活動としてもエイズ予防教育ツールなど、開発に取り組んでいく予定です。
まずは小規模でもしっかりと準備されたプロジェクトを完成させ、質の良いシリアスゲームの開発にトライしていくことが、筆者自身にもこの領域の関係者にも課題となっています。将来的には、進捗を読者の皆様にご報告する機会を持ちたいと思っています。
次回の内容は未定ですが、日本では医療関係者側に全体のデザインのノウハウが蓄積されていない「メディア・キャンペーン」について海外事例などを紹介しつつ考えてみたいと思っています。
文献
1) シリアスゲーム・イニシアチブ(Serious Game Initiative)
http://www.seriousgames.org/
2) Games for Health http://www.gamesforhealth.org/index2.html
3) シリアスゲーム・ジャパン
http://anotherway.jp/seriousgamesjapan/
4)藤本徹(ペンシルバニア州立大学博士課程),シリアスゲームと次世代コン
テンツ(財団法人デジタルコンテンツ協会編「デジタルコンテンツの次世代基盤
技術に関する調査研究」第四章)
http://anotherway.jp/seriousgamesjapan/archives/Fujimoto-SeriousGames.pdf
5)別府文隆 米国シリアスゲーム関連学会レポート((株)シナジー社ウェブ
サイト)
http://syg.co.jp/seriousgame/gfh4_2.html
6)別府文隆 【学会報告】シリアスゲーム関連学会Games for Health 2005に
参加して.
ゲーム学会誌創刊号(投稿中)
7)Games for Health 2005プログラム
http://www.gamesforhealth.org/events.html
8)Ben’s Game関連サイト
http://www.makewish.org
9)Federation of American Scientistsのサイト
http://www.fas.org/main/home.jsp
10)New Dawn Estatesを開発しているpullUin software社
http://www.pulluin.com
11)藤本徹,北米におけるシリアスゲームの展開(東京大学ゲーム研究プロジェ
クト定例研究会資料2004年12月17日)
http://anotherway.jp/seriousgamesjapan/archives/GameResearchPj(20041217).pdf
12)“English Taxi”関連サイト
http://www.desq.co.uk/sections/learning_games/index.asp?a=learning_games&opt=default
13)”Hazmat”関連サイト
https://www.andrew.cmu.edu/%7Eyizena/J-hazmat.html
14)”Dean For America Game”関連サイト
http://www.deanforamericagame.com/
15)“America’s Army”関連サイト
http://www.americasarmy.com/
16)”Building Homes of your own”関連サイト
http://www.homesofourown.org/default.asp
17)”Food Force”関連サイト
http://www.foodforce.konami.jp/
http://hotwired.goo.ne.jp/news/culture/story/20060222206.html
18)バーチャルU関連サイト
http://www.virtual-u.org/
19)別府文隆.Social Learning Tool: VGASに関する記事
http://syg.co.jp/seriousgame/index02_2.htm