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Vol. 337 『ボストン便り』(18回目) 「オランダ便り」

医療ガバナンス学会 (2010年11月2日 06:00)


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細田 満和子(ほそだ みわこ)
2010年11月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


健康に関するスティグマ・ワークショップ

10月11日から15日まで、オランダのアムステルダムで健康に関するスティグマ国際研究ワークショップ(The International Research Workshop on Health-Related Stigma)が開催されました。ワークショップの目的は、病気や障害を持つ人が差別されたり、疎外されたりする状況を改善するために、どのようなことが できるかを「科学的」に考えてゆこうというもので、オランダ・ハンセン病救援協会(Netherland Leprosy Relief)が主催でした。
参加者は、開催国のオランダはもちろん、イギリスやドイツなどヨーロッパから、ナイジェリアやケニアなどアフリカから、ブラジルやスリナムなど中南アメ リカから、そしてネパールやインドネシアやタイなどアジアからなど、文字通り世界中から集まっていました。皆、当事者活動家、NGO関係者、保健省職員、 研究者など様々な立場から、健康に起因するスティグマを削減するために尽力している専門家たちでした。日本では、ハンセン病回復者の方々による、らい予防 法廃止や国家賠償裁判などといった社会的偏見や差別に対して闘ってきた歴史があります。これまでこうした歴史を紹介してきた関係で、私も招待されて参加し てきました。

科学的研究と事例

参加者は、科学的研究班Research Priority、計測班Measurement of Stigma、介入班Intervention for Stigma Reduction、カウンセリング班Counselingに分かれて、それぞれの班で「科学的」論文scientific paperとガイドラインguidelinesを作成するという課題に取り組みました。私は介入班に属し、主にスティグマ削減のための「科学的」ガイドラ インの作成をすることになりました。どうして「科学的」ということにこだわるかというと、それは実証的な裏付けのある効果的なスティグマ削減活動を行いた いという理由の他に、NPOや活動家達が活動資金を集める際に、財団や政府などの出資者に納得してもらう理由を提示するためでもあります。
介入班のメンバーは、ナイジェリアやネパールでのプロジェクト・リーダー、インドネシアの当事者活動家、タイの行政職員、インドとオランダの研究者など でした。最初のミーティングでは、これまでに刊行されたスティグマ削減のための介入研究論文の体系的レビューを行い、それを基にガイドラインを作ることを 計画しました。ところが、いきなり私たちは難問に直面しました。
ワークショップの目的は、「科学的」な根拠のあるガイドラインを作るということなので、対象論文の基準は、統計学的研究デザインに基づくもの、標準的ス ティグマ計測尺度を使用しているもの、肯定的結果が得られているものとしました。その結果、レビューの対象となる「科学的」な論文は、高所得国(先進国) で、精神障害に関するスティグマ研究に極端に偏っていることが分かったのです。
しかし、このワークショップで作ろうとしているガイドラインは、低所得国(途上国)において、ハンセン病やHIV/AIDSなどの病気にかかっているた めに、村の共同の井戸を使えなかったり、地域的・宗教的行事への参加が制限されたりする状況を改善するための指針となるようなものです。そうすると、従来 の「科学的」論文は、ほとんど参考にならないのではないか、ということになったのです。
そこで議論を重ねた結果、ガイドラインは「科学的」な論文に依拠することにこだわらず、事例研究やそれぞれの現場での経験を参照して、作成してゆこうということになりました。

カウンセリング、ところ変われば

介入班では、問題を抱えている人に話を聞く、というカウンセリングも重要なステップと考えて、ガイドラインの初めの項目におこうと考えました。しかし、このカウンセリングに関して、またもや問題に直面しました。
介入の現場でのカウンセリングは、「専門的」なカウンセリングとは、どうも様子が異なるのです。通常、カウンセリングは、カウンセラーとクライアントが 1対1で行うものと考えられています。しかし、実際の現場ではクライアントに当たる対象者の傍には、家族や近親者の誰かがいつもいる状態なのだといいま す。特に女性の場合は、どう思うのかと聞かれても、夫や家族に聞かないと分からない、と自分の意見を言わない傾向にあるといいます。つまり、介入しようと する現場では多くの場合、本人以外も同席しているので、通常のカウンセリングというのは成り立たないのです。この点で、心理の専門家たちの集まったカウン セリング班と意見が合いませんでした。
またカウンセラーの養成についても、1週間から数週間で十分、これ以上の時間はかけられないというのが介入班の大方の意見でした。しかしこれは、欧米のようにカウンセリング専門家の養成には数年かかるという立場から見れば、全く足りないという意見なのでした。

エンパワーメント・CBR・PRA

いくつかの問題に直面しながらも、それぞれが持ち寄った研究成果や経験やアイディアを議論してすり合わせながら、4日の間で何とか健康に起因するスティ グマ削減のための介入ガイドラインの骨格を作りました。それらは、どのように問題を把握するか、どのような介入ができるか、どのような社会的資源を活用で きるか、どのように当事者を力づけるか、いかにして地域社会の理解を深めるか、などに関する提案の集積といったものです。
議論の中では、エンパワーメント、CBR(Community Based Rehabilitation:地域社会に根ざしたリハビリテーション)、PRA(Participatory Rural Appraisal:現地住民の評価参加、PLA:Participatory Learning and Action:参加型学習行動とも言われる)など、国際援助ではおなじみのキーワードも頻出していました。この援助者と被援助者との逆転と相互交流という 発想は、ブラジルの思想家パオロ・フレイレの「教えるものが教えられ、教えられるものが教える」という教育学を源流にしています。含蓄のある思想で、私も 常に心に刻んでいることです。
ただし今日、エンパワーメント、CBR、PRAなどのキーワードは、いくぶん手垢が付いた言葉として使うのをためらう人もいます。しかし、どのような援 助や介入の仕方なのかを、議論参加者みんなで共有できるという点で重要なので、言葉だけが独り歩きしてしまうことを警戒しつつ、キーワードの基となる思想 を咀嚼して、現場の実践に役立てていければいいと思いました。

人は誰でも分かりあえない?

最終日、ワークショップの閉会式が終わってから、アンネ・フランクの家に行ってきました。通常は入館するのに長蛇の列に並ばなくてはならないといいますが、ちょうど閉館1時間前だったので、待つことなくすんなり入れました。
隠れ家は確かに狭いのですが、思っていたよりは広いという印象を持ちました。しかしこの限られたスペースに、アンネ一家と友人家族の計8人が長期間閉じ込められ、物音にも気を遣わなくてはいけなかったという状況は、想像しただけでも辛くなりました。
さまざまな思いを抱きましたが、中でもアンネの父、オットー・フランクのビデオ映像の中の言葉は重く響きました。オットーは、アンネの生前、日記を見た ことはありませんでした。でも、アンネはよく話をするし、いろいろなことを批評していたので、彼女のことを良くわかっているつもりでした。しかし、アンネ の死後この日記を見て、アンネが本当に考えていたことが初めて分かったといいます。オットーは、こう言います。「結局親は、子どものことなど何一つわかっ ていないものなのだ」。
オットーは、日記を見ることで、初めてアンネを理解することができました。しかし、どんなに身近な人であっても、他者を理解することは、果てしなく難し いことなのだと思い知らされました。私たちは、病気を理由にスティグマを負わされて村で生きる人々を、どの程度理解しているのだろうか、重い問いを投げか けられた気がしました。しかしだからこそ、ますます当事者の声を聴き取ることが重要になる、という思いを新たにしました。

当事者の語りを聴く

今日、スティグマを負わされて苦しんできた人たちが、その経験を語る場がいくつか出てきました。たとえば日本では、ハンセン病回復者の方々が、全生園に 隣接するハンセン病資料館や地域の小中学校などで、体験を語り、偏見や差別をすることの無意味さや残酷さ、人権を尊重することの大事さを訴えています。
この11月には、韓国でハンセン病世界フォーラムが開かれます。日本からも多数の回復者の方が出席して、体験を語り、連帯を呼びかけ、よりよい社会になるよう意見を述べてくださることでしょう。
健康に起因するスティグマは、どんな病気であっても、どんな障害であっても、不思議なほどに生じてきます。スティグマの源泉は「我々」と「彼ら」を区別する思考で、<ウチ/ソト>意識とも言いかえられます。自分とは異なる他者に対する「恐れ」がスティグマを生むのです。
しかし異なる他者は、確かに理解することは難しいけれど、耳を傾ければ話を聞くことはできると思います。話を聞けば、その人のこと、その人の苦境を想像することができます。そしてそれは、やがて理解につながってゆくことでしょう。
そのためには、まずは声を出してもらうことが肝要です。スティグマは、声を出すことをためらわせます。さらに健康状態が悪ければ、話をしたくてもできないということもあります。だからこそ私たちにできることは、声を出す場を作ること、声を聴くことなのでしょう。

<参考文献>
・Freire,Paulo, 1970, Pedagogia do Oprimido,=1979 小沢有作他訳『被抑圧者の教育学』
亜紀書房
・Hosoda, Miwako, 2010, Hansen’s Disease Recoverer as a Changing Agent, Leprosy Review, 8, 5-16.
・細田満和子、2010、国際保健分野における人材育成の実践と成果・課題:ハーバード公衆衛生大学院におけるジャパン・トリップを事例に、 P.7-16、厚生労働科学研究、研究費補助金、地球規模保健課題推進研究事業、国際保健分野の人材育成のあり方に関する研究(H20-国際-指定 -002)2009(平成21)年度、総括・分担研究報告書

紹介:ボストンはアメリカ東北部マサチューセッツ州の州都で、建国の地としての伝統を感じさせるとともに、革新的でラディカルな側面を持ち合わせている独 特な街です。また、近郊も含めると単科・総合大学が100校くらいあり、世界中から研究者が集まってきています。そんなボストンから、保健医療や生活に関 する話題をお届けします。
(ブログはこちら→http://blog.goo.ne.jp/miwakohosoda/)

略歴:細田満和子(ほそだ みわこ)
ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー。博士(社会学)。1992年東京大学文学部社会学科卒業。同大学大学院修士・博士課程を経て、02年から 05年まで日本学術振興会特別研究員。05年から08年までコロンビア大学メイルマン公衆衛生校アソシエイト。08年9月より現職。主著に『「チーム医 療」の理念と現実』(日本看護協会出版会、オンデマンド版)、『脳卒中を生きる意味―病いと障害の社会学』(青海社)。現在の関心は、患者運動と医療政策 との関係について。

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