医療ガバナンス学会 (2010年11月4日 06:00)
【私が”自然なお産”で失ったもの】
私は2003年の8月に第一子を栃木県内の助産所で分娩しました。妊娠中から逆子だと知り、里帰り出産で予約していた助産院では「逆子なら病院」と言わ れたので、知人から”逆子直しの名人”として有名だというH助産師を紹介されました。その助産師より「逆子の方が簡単だ(特に足からだと簡単だというよう な説明でした)」「病院で帝王切開した人が麻酔の量を間違われてしまい、子供が死んだ人が次の妊娠で来た」等と話を聞き、この助産院でお産をすることを決 めました。そして3度ほど、『逆子直し』をしました。
直前までは正常に戻っていると言われていたのですが、分娩開始後に「足からだ。」とH助産師は特に慌てる様子なくそのまま分娩しましたが、産まれた子供 は全く意識ない状態でした。泣かそうと強心剤を打つH助産師に「搬送して欲しい」と言ったら、「病院でも受ける処置は同じだ」と言われ、とうとう搬送して もらえませんでした。約2時間後、「あったかいうちに抱いてやれ」と言われ、娘は亡くなってしまいました。どうして死んでしまったのだろうかと私が嘆いた ら、「あんたの息み方が下手だった」と言われました。その後、追い返されるようにして、死産証明書も持たされずに帰されました。
分娩中に産道から触れることの出来た、可愛く動く小さな足の指の感触が今でも忘れられません。「ほれ、足が動いているのがわかるだろ?」とH助産師に言われて触れたのが、私にとって動く娘に直接触れられる、最初で最後となってしまいました。
【助産院は安全?-助産師提訴とブログ運営】
分娩前の私は逆子の方が簡単だと言う説明を全く疑わず、素晴らしい助産師に出会ったのだと信じていましたが、後に逆子を助産所で扱ってはいけないと日本 助産師会が言っているのを知り、大変ショックを受けました。子供が死んだことを私のせいにし、「簡単だ」と言ったのは実は逆子のリスクを知らないだけだっ たのではないかと疑問が膨らむばかりで、弁護士に相談し、約2年後に民事訴訟を起こしました。裁判は和解で終わりましたが、H助産師の過失は殆ど認められ る内容でした。そして死産とされていた娘は、生きて産まれたことが認められ、更に戸籍に長女として載せられることができました。
娘のことでいろいろ相談した際に日本助産師会の安全対策室室長に書面を通して言われた「母親も産む側の勉強を」という言葉をきっかけとして、二度と同じ 過ちを繰り返されないように「助産院は安全?」(http://d.hatena.ne.jp/jyosanin/)というブログを運営しています。助産 院で産むことを美化せず、そして助産院だからと否定せず、助産院や自宅分娩の問題、そして妊娠・出産する側の私たちが知っておいた方がいいことについてブ ログで問題提起をしてきました。今回はその中から、水中出産などの衛生面での問題と嘱託医についての疑問を意見させて頂きたいと思います。
【開業助産師に任せていて大丈夫なのだろうか】
(1) 自宅風呂での水中出産に問題はないのか
私も分娩中に助産師に陣痛を促すと薦められ、H助産師の家族も使う風呂に入りました。残り湯で垢が浮いていて、私はすぐに出ました。自宅風呂の水中出産 の衛生問題等をH助産師が語るはずもなく、これらのリスクについては説明も皆無でしたが、今おもうと、助産師自身に知識があまりなかったようにも思いま す。他の方からの事故報告でも、自宅での水中出産に使いまわしのジェットバスを持ち込む助産師等、病院でならきちんと管理されているはずの衛生問題を全く 無視した状態が当たり前に行われています。産褥熱を発症したため、自宅での水中出産の衛生管理の問題を保健所に聞いた方が居ますが、「自宅出産は管轄外」 ということで、問題視すらしてもらえなかったそうです。
(2) 衛生の問題
助産師宅が助産所を兼ねている場合も多くありますが、中には室内犬を飼われている方がいます。健診で訪問した際に、絨毯の上で犬が小便をしてしまったと いって、拭いていたところだったということも聞きました。稀なことかもしれませんが、開業助産師の中には衛生問題の意識が非常に低い方も多いと思われま す。元々このようなことに制約がないのもおかしく思います。想定外のことかもしれませんが、このような衛生面での意識の薄れの背景には監視する(される) 体制がないというのも理由にあると思っております。
(3)器具の消毒
消毒をきちんとしていないと思われる開業助産師もいます。不衛生な器具で臍の緒を切り、新生児が破傷風を発症という報告もありました (http://idsc.nih.go.jp/iasr/29/336/kj3363.html)。煮沸消毒だけで済ませているところもあったとのこと です。また、「松の油」に消毒の効果があるということで、 “昔から伝わるもの”で消毒している方もいらっしゃいます。病院を開業する際にはこのような状態では許されないはずなのに、何故、開業助産師だとそれは許 されてしまうのでしょうか。
【嘱託医の問題】
(1)医療法改正により、淘汰された助産所
助産所は出産の場であるから、嘱託医も当然、産科医に限定されていると思っていました。しかしながら実際には2007年4月に医療法の改正が実施される までは、嘱託医はどの科の医師でもなれるという状態でした。改正を前にして、一部の助産所、及びその支援者達からは反対の声が上がり、署名運動、メディア を使った反対運動が繰り広げられました。しかし、元々がおかしかったのであって、改正により産科医の嘱託が得られなかった助産所は閉鎖となりました。
(2)嘱託医の要らない出張専門の助産師
産婦人科科医に限定されるようにはなりましたが、まだ問題は残っています。その内の一つが、嘱託医の要らない開業もあるということです。開業助産師にも 種類があり、大きく分けると(1)助産所を開業する助産師、(2)母乳ケアの専門の助産師、(3)出張(主に自宅出産)を専門とする助産師になります。更 にこの(3)も二つに分かれ、(3)-1妊産褥婦は助産師の自宅で健診を受けられる、(3)-2妊産褥婦は健診も自宅で受けるとなります。(3)-1は (そこで分娩はしないけれど)助産師宅が助産所ということになります。(1)と(3)-1の場合は嘱託医を持つことが開業の条件となりますが、(2)と (3)-2は嘱託医がなくても開業できます。(『厚生労働省:医療安全の確保に向けた保健師助産師看護師法等のあり方に関する検討会 第4回資料』 http://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/06/s0608-11/2a.html ※9をご確認ください)
(2)に関しては緊急性がないだろう内容からして理解できるとしても、(3)-2の場合、出産を請け負うことには変わりないというのに、何故嘱託医が特 に必要ではないとされているのか、その理由が全く理解出来ません。日本助産師会の方でも(3)-2の形式で開業する場合も嘱託医を持つように指導はしてい るそうですが、徹底はされていないようです。疑問を持つ各地域、市町村もあるようで、判断はそれぞれに任されている様子です。神奈川県横浜市では出張専門 助産師には法律上の規制がないため、嘱託医師・嘱託医療機関との連携の確認が難しい現状から助産所開業の助産師((1)と(3)-1)のみに開業を許可し ています。(『横浜市 市民局 広聴相談課 「市民の声」の公表(詳細)』http://cgi.city.yokohama.jp/shimin /kouchou/search/data/22000330.html)
【問題を知る場が欲しい】
私たち一般のものがこのような問題について冷静に考える機会や分娩場所の選択に必要な情報をしっかりと伝えてくれる場所は現在皆無と言っていい状態で す。一方で自然出産は無条件に素晴らしいとするテレビ番組や書籍やネットからの情報は氾濫しています。助産師や、時には医師の方からもそのような説明、話 があるくらいです。また、たまたま助産院や自宅出産で無事に済んだという友人知人に影響され、医療により母子の命の死亡率が世界一低くなっていることを十 分に把握せずに「女性には産む力がある」「医療の介入するお産は不自然で、暴力的なお産だ」と信じてしまっています。本来はしっかりとしたリスクの説明を するはずの助産師から出産のリスクが語られることがなく、助産師が指導するのだから安全に決っていると信じてしまい、実は非常に危険な出産をしていたとい うことを後で知るということがあります。いくら順調な妊娠経過でも、分娩中にいつでも危険な状態が起こり得ます。そうなったらどう対応できるかなどを知っ た上で分娩場所を選択するということ、一番初めに危険に晒されるのは、これから生まれてこようとしている小さい命だということを、親となる自覚としても 知っておくべきだと私は思いますが、このような情報になかなか出会えなくなってしまっています。そのことが妊娠、分娩を軽く扱う風潮に拍車が掛かっている と思います。
【早急に求めること】
(1)助産師は医療の監督を受けるべき
まず、上記(3)-2の出張専門助産師であっても、嘱託医は必須と、医療法で義務化して欲しいです。何故出張専門だと嘱託医が不要なのかは疑問です。そ して、どの形態であれ、嘱託医になられた医師の方に助産師が妊産褥婦にどのような指導をしているのかも把握(監督)して頂きたいと思います。出産のリス ク、特に助産院や自宅出産を選択することによって生じるリスクもあるということ等、指導・説明は医師の方、病院の方でして頂けるように徹底して欲しいで す。妊婦健診で前期後期の2度しか嘱託医に会わないという妊婦もいて、助産師との親交は深く、その影響力は甚大です。もしもその助産師が医療から遠退く思 想に嵌っていれば、妊産婦もその方向にいってしまいます。このような状況のなかで医療の介入を否定する気持ちが出来、搬送を決断すべきタイミングがあって も、「なるべく病院には行きたくない」という暗黙の了解になってしまうこともあるようです。
助産師には単独の開業権があるのだから、そもそも嘱託医を持たないといけないという考え方がおかしいのだという意見もあるようですが、このようないいか げんな状況があるのに本当大丈夫でしょうか?現状では助産師の思想や哲学、実際に行っている施術や説明に監視の目がない状態ですので、助産師がどのような 説明をして親に選択させているのかが疑問です。ビタミンKに関する日本助産師会の報告にも、ビタミンK投与とホメオパシーのレメディの説明をして、親がレ メディを選んだからビタミンK投与をしなかったということが書かれています。しかしながら、そもそもホメオパシーを選択肢にあげること自体がおかしいとい う認識が日本助産師会にも欠けていると思います。
(2) 搬送の問題、周産期医療の一部という自覚を
私たち妊産褥婦の多くはいざとなったら搬送して欲しいと思っておりますし、搬送してもらえると思っております。そのいざという判断が遅く、お子さんが亡 くなったという報告もあります。実際に搬送となる場合には嘱託医だけではなく搬送先となる2次・3次医療機関などの提携医も重要な存在です。地域の医療機 関との信頼関係がうまく築かれていないと搬送に手間取ることもあるようです。子供の脳への障碍を考えると、一刻の猶予もない状況の場合もあります。このよ うな搬送の問題も含めて助産所分娩や自宅分娩での事故の調査をしっかりとして把握して改善していくことに努める義務があるはずだと思っています。
助産所や自宅出産は、崩壊した産科医療を支える担い手だといわんばかりの声援、意見があります。しかし実際にそういえる状態ではないようです。搬送を受 け入れる医師からは判断が悪い(遅い)という意見もあります。反医療の思想を強く持つ助産師の存在等、医療の崩壊の担い手と言いたくもなります。
開業助産師には改めて、医療者であるという自覚を持ってもらいたいです。地域の周産期医療体制に組み込まれる信頼関係を築くべきだと思います。助産師業 務ガイドラインの遵守を徹底し、嘱託医・日本産婦人科医会・日本産科婦人科学会・厚労省にも厳しく監督して頂き、そして出張専門助産師も嘱託医を持つこと を義務化してもらいたいです。また、自宅での水中出産等、衛生面での問題の実態調査をし、もっと徹底して監督されるべきだと思います。
一連のホメオパシーの問題の中で、約1割の助産所でビタミンKの代わりにホメオパシーを投与していたことが日本助産師会の調査でわかりました。標準医療 を無視した行為が数か所ではなく414施設中36か所もあったという事実は、助産院の安全性に関する問題は、一握りの施設ことではないと思わざるを得ませ ん。このような助産院や自宅出産の問題を、多くの方たちにもっと知っていただき、母子の安全のためにできることをしていって欲しいと願っております。