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Vol.23022 東大を学生が訴えた裁判が、凄いことになっている

医療ガバナンス学会 (2023年2月6日 06:00)


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関家一樹

2023年2月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

コロナによる授業欠席で単位取得が認められず留年させられた、東京大学医学部2年の杉浦蒼大さんが東京大学を訴えた裁判が凄いことになっている。
東京大学の単位不認定と杉浦さんを降年させたこと(他大学の留年に相当)について、一審判決は処分が存在しないとして、口頭弁論を経ることなく杉浦さんを敗訴させていたが、1月26日の控訴審判決で、単位不認定と降年処分には処分性が認められるとして、地裁に取消差戻となった。
これを聞いただけでも、法律界隈の方々は脊髄反射で「富山大学事件」というフレーズが脳内に浮かび大変盛り上がっていただけると思うが、もう少しちゃんと解説していこう。

事件の概要は、杉浦さんの作成したページ( https://sites.google.com/g.ecc.u-tokyo.ac.jp/sugiura-detail )などにも記載されているが、2022年5月中旬、東京大学教養学部(東大は2年生まで医学部でも教養学部の授業を受ける)で近藤興助教が担当していた必修の基礎生命科学実験の授業を、コロナに感染した杉浦さんが欠席したところ、特段の補講やレポートなどの措置が取られることなく、6月中旬に単位不認定となった。同授業は必修であり、杉浦さんはこの授業以外の単位は取得できている状態であったので、この授業の単位不認定により、1年学年が下がる降年という東京大学独自の処分を受けた(2年生の前期で単位が足りていないと、後期から1年生となり、再度翌年2年生に進級して単位を再取得する)、実質的な留年処分である。杉浦さんは早い段階から東京大学に対して抗議をしていたが、単位不認定・降年という東大側の結論が出たため、8月19日に東京地裁に提訴した、という流れだ。
杉浦さん側の主張ではあるが、一連の単位認定に当たっては、他の同授業を受けていた学生の得点と比較したところ、不公正な点数操作がなされた(杉浦さんの欠席は本来、単位不認定になる失点ではなかった)ことも指摘されている。

裁判の経過だが、9月13日に東京地裁(裁判長岡田幸人、裁判官渡邉達之輔、裁判官横渕章展)は一度も口頭弁論を開くこと無く、「処分が認められない」として却下判決(杉浦さんの主張を認めない判決)を出した。いわゆる門前払い判決だ。
処分とは何か、処分性とは何かという話は法律マニアの議論に任せるとして、例えばレポートの出来が良いか悪いかの評価が裁判所にできないのはそうだとしても、コロナで欠席しているという事実についての判断はできるはずである、また「降年処分なるものは法令上及び学則上予定されていない(判決引用)」という判断には首をかしげざるを得ない。太宰治よろしく自主的に降年している学生が東大にはいっぱいいるが、彼らはいったいどういう存在なのだろうか?
1月30日に開かれた記者会見では、杉浦さん側の井上清成弁護士が、訴訟進行について地裁が東京大学とばかり内容の調整を行っていた、と岡田裁判長の訴訟指揮について苦言を呈する場面もあった。
地裁判決に対し、杉浦さんは控訴、事件は東京高裁(裁判長渡部勇治、裁判官鈴木尚久、裁判官湯川克彦)に移動し1月26日に先述の取消差戻の判決が出た。判決主文自体は7ページに及ぶが、実質的な高裁の判断は半ページ程度で要約すると、単位不認定と降年処分につき、処分が無いといって本案審理をしないことはできませんよ、として暗に処分があったことを認めている。
通常高裁は下級審の判断を覆す場合、自ら判決をする(自判)が、今回は一審でそもそも口頭弁論が開かれていないため、審級の利益(地裁・高裁・最高裁と3回裁判を受けられる権利)を守るために、地裁に差し戻してちゃんと内容の審議をしなさいよということになった。訴訟資源の有効活用の点からも本案内容に意味が無い場合は高裁も差戻はしないであろう、自判はされていないが、地裁は杉浦さんの主張をちゃんと聞くようにという責任を負っている。
なお、渡部裁判長からは、すでに杉浦さんの単位が出ていない状態になってから半年近く経過していることもあり、高裁判決に対して上告権を放棄するよう両者に勧告する粋な計らいも出た。東大側の訴訟の長期化戦術により、大学生の20歳の杉浦さんの時間が無駄にならないようにとの配慮だろう。

東大がどのような判断をするにしても、再度法廷で主張を戦わせることになる。

さて裁判の経過は上述の通りであるが、この間、場外乱闘も起きた。
杉浦さんが訴訟前に記者会見を開いた翌日の昨年8月5日に、東京大学は森山工教養学部長名義で杉浦さんの記者会見の内容を攻撃する文章をHP上に掲載した。(この間の話は以下の記事に詳しい、https://facta.co.jp/article/202209043.html )
かっとなって脊髄反射的に書いてしまったのだろうが、天下の東京大学教養学部の方たちは一度顧問弁護士か、賢い本をたくさん書いていらっしゃる法学部の先生方に相談するという教養は無いらしい。当然、杉浦さん側の弁護士からの抗議を受けて「目的を達したので掲載をやめます」との捨て台詞を書いて掲載を取りやめた経緯がある。もちろん、掲載をやめたからと言って、一度全学生、全世界に向けて公開された事実が無くなるわけではない。
1月27日に、東大教養学部HPへの杉浦さんを攻撃する文章の掲載行為につき、本富士警察署で侮辱罪(刑法231条)での刑事告訴が受理された。

侮辱罪は折しも昨年7月7日から重罰化したばかりの罪である。法務省のHPでは「インターネット上の誹謗中傷が特に社会問題となっている」ことから重罰化したとの説明がなされている。法案作成に携わられる方も多い東京大学の方たちが、こうした軽率な行為をしないように、ネットリテラシーについて東大の教養を高めていっていただければ幸いである。
なお侮辱罪につき文章自体は森山工教養学部長名義で出されているが、実際に作業を行った実行行為の犯人については現在不詳の状態である、こちらについても刑事事件の捜査の進展があり次第どんどん実名で報道していきたい。
また高裁判決の前日1月25日にはこの刑事告訴につき見過ごせない事件が起きている。本富士警察署の警察官が杉浦さんに、実質的に告訴を諦めさせるような電話をしていたのだ。
警察官が20歳の学生に対して、弁護士がついていることを認識しながら、弁護士に連絡せず直接電話をし、法律で保護されている告訴権を放棄するよう発言すること自体、市民生活の安寧保護という点から全く許容できない危険な行為である。
こうした警察官は実名が公表されるべきであるので、記者会見で杉浦さんと井上弁護士に実名を問い合わせたが、すでに本富士警察署の署長宛に正式に抗議を入れ受領されている状態であるので、公表は控えたいということで、杉浦さん側が大人の対応をとっていた。

あまりにも面白いことが色々起きているので、話が横道にそれたが、再度今回の高裁判決の意義を確認しておきたい。

この記事は医療系の方が読んでいる割合が高いので、どのぐらい凄いことかというと、今まで死ぬと誤解されていた病気が死なないことが分かったくらいすごいことなのである。法律業界では重要判例として記録され、日本中の法学系の学生が勉強することになる、歴史に名を残す事件になるだろう(大げさではなく本当にそう)。
法律的には富山大学事件、神戸高専事件、以来の何となく「単位不認定は裁判で争えない」という誤解を、改めて解いたというところに意義がある。これはコロナに限った話ではなく、学術的評価や客観的基準から逸脱する、不公正な単位の認定は今後裁判で争い得るということだ。現在進行形で問題となっている、群馬大学医学部の大量留年事件などにも影響を与えるだろう。
昨今では「アカデミックハラスメント」と言われる、教育者側や大学事務側から学生に対してなされる理不尽な不利益行為は、学生の泣き寝入りで終わってしまっており、裁判となることはほぼない。高裁の裁判官の方々は業を煮やしていたということなのだろう。

最後に、たった一人で所属している大学を訴えた、杉浦さんの勇気は称賛して余りある。
良識のある大学関係者の方々、学生の方々、司法関係者の方々が、大学にはびこる有害な権威主義を排し、アカデミックハラスメントの問題として、この問題を取り上げていき、大学を良くしていけたら良いと思う。

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