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Vol.23029 少子化対策と卵子凍結

医療ガバナンス学会 (2023年2月15日 06:00)


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メディカルパーク横浜院長/順天堂大学産婦人科客員准教授
菊地 盤

2023年2月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

東京都が早ければ来年度から健康な女性の「卵子凍結」についての費用助成を行うという報道がありました。少子化対策の一環として、とのことのようで、東京都のみならず、少子高齢化が急速に進む我が国においては、可能性のあることは全て行うというスタンスは重要なのでしょう。私は2015年から浦安市と共同で卵子凍結のプロジェクトを行った経験がありますので1)、 その経緯を踏まえ、少し意見を述べさせていただきます。

妊娠には精子と卵子、そしてその二つの配偶子が受精することによってできる「胚」の受け皿となる子宮が必要です。精子も卵子も加齢による老化の影響を受けるため、年齢によって妊娠の能力(妊孕能)は男女ともに低下していきます。特に女性の場合には、毎日新たなものが創られる精子とは異なり、卵子についてはその女性の胎生期(お母さんのお腹の中にいる時期)に創られたものを卵巣に保持しているだけですので、加齢の影響を大きく受けてしまいます。卵子は排卵するときに減数分裂(染色体を半分にする分裂、精子と卵子で半分ずつの染色体をもたせるため)を起こすのですが、老化によりうまく半分に分かれられなくなり、染色体の数の異常の原因となってしまうのです。結果、大きな染色体の数的以上がある場合には妊娠が難しくなり、さらに妊娠しても流産の原因となるのです。

極端な話、閉経後であっても、子宮に大きな異常が無ければ良好な「胚」で妊娠が可能ですので、若年女性の卵子を提供していただくことで、妊娠・出産は可能です。高齢妊娠のリスクもあるため我が国では学会が認めてはおりませんが、実際には海外に出向いて卵子提供を受けてご妊娠されている方々はいらっしゃいます。ただ、ご自身との遺伝的な繋がりのある子供を欲しいと考える場合には、若いうちに体外受精の過程を途中まで行い、ご自身の「卵子」を保存しておくことが必要となります。それが「卵子凍結」であり、近年の技術革新により可能となりました。

通常の体外受精においても凍結保存技術は大変重要です。例えば、多胎(双子や三つ子)を防ぐためには子宮に移植できる個数は限られますので、たくさんの胚が獲得できた際には余剰した胚を凍結保存することが一般的に行われてきましたが、未受精卵の凍結は少し前までは(といっても10年ほど前ですが)難しいとされておりました。2000年前後で胚凍結のみならず、卵子凍結にも有効な「ガラス化法」という凍結技術が開発され、その後のデータの蓄積により、2013年に米国生殖医学会(ASRM)が卵子凍結保存技術は、もはや臨床研究ではなく、治療である、とのガイドラインを発表したのです2)。特に、がん治療などの副作用によって卵巣の機能が廃絶してしまうことが予想される患者さんには、その治療前にこの方法についてのカウンセリングを行うべきとされました。この「がん生殖医療」については我が国でも助成金制度ができておりますし、専門学会も立ち上がっております。がん治療のための化学療法や放射線治療によって、卵巣機能を失ってしまうとその後ご自身の卵子での妊娠は不可能となるわけですから、少しでも可能性を残しておく、という医療行為が重要と考えられているのです。

さて、冒頭の東京都が助成する卵子凍結ですが、上記のがんなどの「医原性」の卵子凍結とは異なるため、「社会性」卵子凍結と呼ばれることが多いです。病気などにより卵巣機能を失ってしまい、妊娠の可能性がほぼ0となってしまう「医原性」に比べ、個人差も大きい加齢による妊孕性低下に「備える」という目的であるためか、海外での報告では卵子凍結を行う理由としてキャリアアップを考える女性が多く、さらに凍結卵子を使用しない女性も多いと言われ、専門学会でも賛否両論あり、日本産科婦人科学会では健康な女性の卵子凍結については推奨しない、としています。
ある報告によれば、36歳くらいまでなら、20個ほどの凍結で将来8割ほどの出産が見込めるとされている反面、40歳を超えると同じ20個でも5割以下まで低下してしまうとされていますし3)、年齢が高くなれば、一度に獲得できる個数も減ってしまうのです。さらに将来凍結された卵子を使用する場合は、相手の精子が必要となりますが、男性の老化についても気を付ける必要があります。高齢妊娠のリスクも考えておかなければなりませんし、卵子を獲得するための「採卵手術」は保険適用となった体外受精においても、手術の範疇として考えられており、ある程度のリスクがある医療行為として認識しなければなりません。

ただ、小規模の研究ではありましたが、東京都に先行して卵子凍結助成を行った浦安市での研究においては、その有効性と限界について事前にしっかりとご説明し、ご理解いただいたうえでも、様々な理由で卵子凍結を希望される方がいらっしゃることが分かりました。浦安市のプロジェクトでも東京都と同様、若い方が卵子凍結を受けやすくなるよう費用のサポートしたのですが、キャリアアップのために行う方々のみならず、がんではないご病気による妊孕性低下や、パートナーはいるものの、経済的な理由ですぐに結婚できない、など海外の事例とは少し違った理由もありました。当時は女性の「わがまま」と批判されたこともあったのですが、決してそのようなことではなく、切実な理由も多く、そもそも「わがまま」と批判した方々こそ、何かパターナリズムを押し付けているように感じられたのです。

2018年には、ASRMがこれまでの「医原性」と「社会性」というカテゴリー分けよりも、例えばがん治療までの時間に余裕の無い「緊急性」と、女性がご自身のライフプランとして考える「計画性」とに分けるべきである、という考えが発表されています4)。男女ともにお若いうちに経済的にも、ご自身のキャリアアップにも影響することなく、妊娠・出産ができることが理想ではあると考えますが、実際には難しいのが現実だと思います。浦安市での研究では経済的な理由で妊娠を先延ばしするために卵子凍結を行った方もいらっしゃいましたが、少子化の要因はそのような点にもあるわけですから、政治には何より子供を産み・育てやすい社会の構築を望みます。今回の東京都の卵子凍結助成は、そのような社会の構築のための努力を怠ることなく、さらに女性のライフプランのための選択肢を増やす、という意味で評価されるべきと考えます。

卵子凍結はリスクが0ではありませんし、将来の妊娠を100%約束できるわけでもない「医療行為」であることは知っておいた方が良いでしょう。さらに凍結延長のために追加費用が掛かる可能性もあります。穿った考えをすれば、「若さ」につけこむビジネスになってしまうかもしれません。そもそも結婚・妊娠・出産は予定通りにはならないことも多いですし、浦安市でのプロジェクトにおいては、凍結した卵子で出産された方もいらっしゃいましたが、逆に凍結卵子を使用せずにご妊娠・ご出産された方々もいらっしゃいました。そして、凍結卵子を使用しても妊娠に至らなかった方もいらっしゃいました。卵子を融解してダメだった時は、それまでのご負担・コスト・それまで寄せていた期待すべてが無になってしまいます。

それでも私は、ご自身のライフプランの一環として「計画的」に行う卵子凍結を必要としている方がいらっしゃると考えます。東京都の助成は、あくまで可能性のための選択肢への助成だと考えていただきたいと思います。そのような方々にとって、この記事が一助となれば幸いです。
参考文献
1.Kikuchi I., Kagawa N., Shirosaki Y., Shinozaki I., Miyakuni Y., Oshina K., Nojima M., Yoshida K. A Preliminary Study of the First Publically Funded Oocyte Cryopreservation Program Established to Make Future Pregnancy Possible: Which Women Will Find It Useful? Hum Fertil (Camb). 2018 Apr 19:1-7.
2.The Practice Committees of the American Society for Reproductive Medicine ; the Society for Assisted Reproductive Technology : Mature oocyte cryopreservation : a guideline. Fertil Steril 99:37-43, 2013
3.Doyle JO, Richter KS, Lim J, Stillman RJ, Graham JR, Tucker MJ. Successful elective and medically indicated oocyte vitrification and warming for autologous in vitro fertilization, with predicted birth probabilities for fertility preservation according to number of cryopreserved oocytes and age at retrieval. Fertil Steril. 2016 Feb;105(2):459-66.e2. doi: 10.1016/j.fertnstert.2015.10.026. Epub 2015 Nov 18. PMID: 26604065.
4.Planned oocyte cryopreservation for women seeking to preserve future reproductive potential: an Ethics Committee opinion. Ethics Committee of the American Society for Reproductive Medicine. Electronic address: asrm@asrm.org, et al. Fertil Steril. 2018. PMID: 30396539 Review.

菊地 盤(きくち いわほ)
平成6年順天堂大学医学部卒業、順天堂大学医学部附属順天堂医院産婦人科講師、准教授を経て、平成24年順天堂大学医学部附属順天堂東京江東高齢者医療センター産婦人科先任准教授、平成26年順天堂大学医学部附属浦安病院産婦人科先任准教授、リプロダクションセンター長を歴任。令和元年5月より、メディカルパーク横浜院長/順天堂大学産婦人科客員准教授

産婦人科専門医、婦人科内視鏡学会技術認定医、生殖医学会生殖指導医

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