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Vol. 348 がんワクチン報道に関し、朝日新聞社に対し迅速な真相究明と説明を求めたい。

医療ガバナンス学会 (2010年11月11日 14:00)


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弁護士 木ノ元直樹
2010年11月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

今年の10月15日、朝日新聞は一面トップで、東大医科研ががんワクチンの臨床研究で発生した副作用を、他の研究グループに伝えていなかったと報じた。 出河雅彦編集委員と野呂雅之論説委員の記名記事である。また、中村祐輔東大医科研教授の利益相反に言及し、翌日の「東大医科研」という社説で隠蔽体質を批 判した。この報道が医療現場を混乱させていることについては、既に10月20付で、東大医科研先端医療社会コミュニケーションシステム部門の上昌広特任教 授による報告がある。

http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report22_2216.html

そして、その後の2週間の様々な動きについても、11月6日付のMRIC Vol.340で上氏による報告がなされている。

上氏の報告によれば、朝日新聞の記事はねつ造の疑いが濃厚でありその取材の経過を含めて重大な問題のあることが指摘されている。中でも、朝日新聞の社説 の中で研究者の倫理観を問われ、ナチスの人体実験に喩えられた中村祐輔教授(東大医科研)は、朝日新聞秋山耿太郎社長宛に抗議文を送り、名誉毀損のため訴 訟を準備していることを明らかにしているとのことである。

私は、朝日新聞側の取材申込書に始まる一連の資料を閲覧する機会を得たが、これら全資料を把握した上で、上氏が指摘するとおり、現時点で朝日新聞の記事 は捏造の疑いが強いとの印象を強く抱いている。中村祐輔教授は朝日新聞からインタビューを受けていないこと。東大医科研から朝日新聞への回答と記事内容は 全く異なること。中村教授との利益相反を示唆され、報道後に株価が暴落したオンコセラピー・サイエンス社も朝日新聞から一切の取材を受けていないこと。こ れらの事実はそれだけで驚愕に値する。関係者から直接取材せずに記事を作文し発表するなど、報道機関として到底許されない筈である。

そこで、今回の朝日新聞の報道に関する法的問題点を「報道と名誉棄損」という伝統的な法的問題に当てはめて簡単に説明したうえで「報道事故」の真相究明 と説明義務について言及し、朝日新聞に対して、私が現時点で抱いている「記事のねつ造」という印象を払拭する努力、つまり早急な真相究明と説明を求めた い。

マスコミ報道による名誉棄損という違法行為は昔から問題とされてきた。既に最高裁判決等一連の裁判例を通じて相応の法規範が形成されているところである。

最高裁はマスコミ報道による名誉棄損成立の可能性を昔から一貫して認めているが、名誉棄損の意義及び名誉棄損の有無の判断基準が2つの最高裁判決によっ て確立されている。すなわち、①名誉とは、人がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的名誉を言う (最判昭和45年12月18日)。②社会的名誉が棄損されたか否かは、一般読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきである(最判昭和31年7月 20日)。

また、最高裁(最判平成9年9月9日)は、「新聞記事による名誉毀損の不法行為は、問題とされる表現が、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値につ いて社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、これが事実を摘示するものであるか、又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず、成立し 得るものである」と表明している。つまり、新聞記事の表現が特定人の社会的名誉を低下させるものであれば、基本的にそれだけで名誉棄損という違法行為にな るということである。この最高裁の基本的立場からすれば、今回の朝日新聞の記事は、少なくとも中村教授に対する名誉棄損という違法行為を構成することは明 らかと言ってよいのではないだろうか。今回の記事は、中村教授個人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価すなわち社 会的名誉について、一般読者の普通の注意と読み方によって低下させるものであることは明らかだからである。

一方、最高裁は、報道の重要性にも配慮して一定の免責を認めている。
すなわち、「事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示 された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、右行為には違法性がなく」「仮に右事実が真実であることの証明がないときに も、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される」「ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明によ る名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、右意見ないし論評の前提としている 事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、右行為は違法性 を欠くものというべきである」「仮に右意見ないし論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも、事実を摘示しての名誉毀損における場合 と対比すると、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されると解するのが相当である」と判示しているの である(前記平成9年最高裁判決)。

つまり、原則として名誉棄損を構成するが、一定の要件に従った免責の主張と立証を報道機関側に認めている。「報道内容が公共の利害に関する事実であるこ と」かつ、「その目的が専ら公益を図ることにあった場合」、「意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったと き」が基本要件である。そしてこれに「人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない」という要件が加わることになる。さらに、「事実 の証明」ができない場合であっても、「行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由」があれば免責となるのである。逆に言えば、このような免責 要件を立証できなければ名誉棄損は成立することになる。

ここまで述べれば誰でも理解できると思うが、現時点の状況は、名誉棄損という違法行為を犯したことを多くの国民から疑われている朝日新聞としては、あく までも自らの記事の正当性を主張するのであれば、上記最高裁判決が示した法理に照らし、免責の基本要件に即した適切な説明を尽くすべき段階にあるというこ とではなかろうか。

朝日新聞は、今回の記事を全国紙の一面及び社説に掲載した。つまり、我々日本国民全体に表明したと言ってよい。日本国民全体に誤った情報を提供し、その 結果、がん治療という国民全体の健康衛生向上の実現に邁進する中村教授の名誉を棄損して、その研究活動を後退させるおそれをもたらした可能性がある。これ は中村教授の名誉と言う個人法益を侵害する違法行為であるとともに、真に治療を必要とする患者の命を危険に晒す重大問題ともなりかねない。また、中村教授 の立ち上げたオンコセラピー・サイエンス社の株価を暴落させるという明らかな経済的損害をも発生させた疑いがある。

以上が事実であるならば、それはまさしく報道上のアクシデントと言ってよいであろう。
個人法益侵害の問題については、今後中村教授が提起するであろう民事裁判によって明らかにされていくであろうが、それだけではこの問題は解決しない。さ らに、朝日新聞は、今回の記事の宛先となった国民全体に対し、何故今回のような記事を掲載するに至ったかについての真相を究明するとともに、それについて の説明義務を負うものと考えられるのである。

出河編集委員は、「ルポ医療事故」を著し、医療事故後の医療機関から患者側に対する正確な情報提供、真相究明が如何に重要であるかを懇切丁寧に述べてい ると思うが、国民の目からすれば、今回の記事に関して朝日新聞そして出河、野呂両氏のなすべきことは、国民全体に対する上記真相究明と報告・説明というこ とになりそうである。しかも、朝日新聞と出河・野呂両氏は、これを逃げず、隠さず、ごまかさずに行わなければならない。

何年か前に、朝日新聞のある重役が「いまや日本社会は三権分立ではなく四権分立である。立法、司法、行政に加えて、我々マスコミが第4の権力である。」 と豪語したとの話を耳にしたことがあるが、このような尊大な意識が朝日新聞の横暴につながっていないだろうか。あらためて言うまでもないが、国会議員は選 挙に当選することが資格要件となる。裁判官には司法試験合格という最低限の資格要件がある。さらに行政官にも公務員試験合格という資格要件がある。一方マ スコミはどうであろうか。一定の公的資格要件は何もなく、三権と異なって民主的コントロールが及ぶような法制度下にはない。三権と自らを同列において「四 権」だなどと言える筋合いではないことは明白である。

ここ10年程、医師、医療機関の責任は重大であるとマスコミは言い続けてきた。医師には「専門家責任(Professional Liability)」がある。東大輸血事件最高裁判決(最判昭和36年2月16日)は、「いやしくも人の生命及び健康を管理すべき業務(医療)に従事す る者は、その業務の性質に照らし、危険防止のため実験場必要とされる最善の注意義務を要求されるのは、止むを得ないところと言わざるを得ない。」と述べた が、その背景として、「医療過誤の特徴は、医師の不注意によって患者に破壊的な結果(catastrophic consequences)を招くことにある」「医療過誤は、他の専門家の過誤と異なり、必ずしも取り返しがつくとは限らない損害を招くことにある (not always easy to cover up)」等が言われ、医療に格別高度の注意義務が要求されるのは当然という論調が当然のように言われてきた。

しかしながら、今回の朝日新聞の記事を契機に、朝日新聞のような巨大マスメディア及びそこで働く記者は、医師ら医療従事者と同様、「専門家責任 (Professional Liability)」を負うことを自覚すべきである。マスコミ報道による被害が「破壊的な結果(catastrophic consequences)」を招き、「必ずしも取り返しがつくとは限らない損害を招くこと(not always easy to cover up)」があり得るからである。マスメディアの責任が極めて重いということを肝に銘ずるべきである。

10月15日から既に3週間が経過した。しかるに、朝日新聞および出河・野呂両記者からは国民に向けた説明は何もない。勿論、内部調査委員会を設置して調査を開始したなどという話は全く聞かれない。

上氏は、MRICのVol.340で、朝日新聞の広報部が「確かな判断」や「見解の相違」ではなく「確かな取材」という姿勢で一連の抗議に対抗しようと し、記事の解釈ではなく取材の手続きの正確さを述べたに過ぎない点に注目している。この点は、前述の最高裁の法理に従えば、朝日新聞としては今回の記事が 誤報であることは暗に認め(つまり真実の証明は不可能であることを自覚しつつ)、真実と信ずるについて相当の理由がある(つまり「確かな取材」による記事 である)と抗弁したいかのようである。

いずれにせよ、朝日新聞に対しては、是非とも、自らの重い責任を十分に自覚し、国民全体に対する説明義務を果たすべく、真相究明のために、まずはきちんとした内部調査委員会を設け、調査内容及び結果を報告書にまとめて公表することを提案したい。

現在、多くの医療機関においては、医療事故発生後に内部で事故調査を行うことは当たり前となっている。これを、マスコミの多くは一方的に「医療機関の内 部調査は信用できない」と批判してきた。ところが、その批判は医療機関以上に、当のマスコミ自身に向けられるべきではないのか。マスコミによる名誉棄損は 医療事故とは異なり、「故意」による違法行為である。確信犯であればある程、自主的・自律的な内部調査などおよそ期待できないからである。

今回問題を起こしたのは朝日新聞のみであるが、もしこのまま朝日新聞による国民に対する真相究明と説明がなされないのであれば、これはマスメディア全体に対する重大な警鐘事例として記録されるべきであろう。

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