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Vol.23056 日本の精神科医療の在り方

医療ガバナンス学会 (2023年3月28日 06:00)


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一般社団法人医療法務研究協会副理事長
平田二朗

2023年3月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1.日本の精神科医療
日本の精神科医療は、精神科患者を「自宅監置」して、社会から隔離するという考え方の延長で形成されてきた。現在の精神科医療の基本がその領域から抜け出すことが出来ず、人権侵害を引き起こす可能性のある医療スタイルを踏襲し続けている。この現象は、精神科疾患の患者を社会的に排除しようとする、社会構造上の問題を基点にしているので、精神科医療だけのせいにすることはできない。

2.世界の動き
世界の精神科医療はこの半世紀で劇的に変化してきた。認知症などで解明されてきた、表出する患者の行動形態を病理学的に解明し、病気として治療や対症療法、介護療法、接し方について、科学的な対処方法が確立され始めた。日本では欧米のこれらの取り組みを取り入れ、それまでの「痴呆」という扱いから、病気としての「認知症」という扱いに変化してきている。それでも未だに「痴呆」として扱う施設や医療機関が存在するが、大方は「認知症」という見方に変化を遂げた。精神科の疾患に対しても、その病態や病理に科学的なアプローチが欧米では取り組まれ、身体的な疾患と同様にこれらの精神的疾患を扱うことが主流になってきた。認知症の取り組みで前進したように、これらの取り組みもおおよそ半世紀を経過してきた。

ところが日本の精神科医療は、科学的な解明に基づく対処の仕方ではなく、「自宅監置」の延長かのような「精神科病院」への隔離がいまだに主流となっている。欧米との隔離政策の差は、国にもよるが入院隔離数がおおよそ欧米の10倍にも及ばんとする実態となっている。日本の精神科医療政策は世界からすると周回遅れどころではない状況になっており、このことにより多数の患者や家族が科学的な恩恵を受けられず、一方で自傷行為の末に亡くなる精神科患者を多数抱える事態となっている。この間、精神科疾患に対する医薬品の開発も進み、部分的にはコントロールできる事態にもなっているが、精神障碍者の特性を把握し、居住・日常生活や労働に対する支援や、社会的な理解促進、リハビリやデイケアなど通院・通所の体制整備、適切な精神科治療へのアクセス保証など整備すべき課題は多い。しかしながら適正な治療体制や日常生活支援は、社会的な「共生」が保証されなければ意味をなさない。治療上も日常生活上も隔離されたり、孤立された状態では、精神障碍者は適正な療養環境にあるとは言えないからである。孤立したり、隔離されれば疾患が深刻化するだけであり、「隔離政策」は疾患を治そうともしない医療体制ともいえる。

結果として精神科疾患に関係する社会的な費用が膨大に膨らむ形となる。自死者の大半が「鬱」や「自閉症」を起因としていることは、常識となっている。国際比較で日本の精神科疾患に対する政策がどれだけ社会的な損失をもたらしているのか理解していただきたい。またいわれなき偏見や差別により、患者家族は不当な扱いを受け、社会との「共生」など出来ない状態に追い込まれている。

3.今後の在り方
現在精神科病院で患者に対する暴力・暴行事件が報道されている。認知症施設や障碍者施設、保育施設でも同様の事件が頻発するが、社会的な弱者の人権を大事にしない社会の在り方が問われる。精神科施設や高齢者施設、障碍者施設、乳幼児施設など社会的な弱者に対して、国の態度は「施す」という思想が抜けきれない。LGBT問題や在日外国人問題でも同様だが、健常者の「上から目線」による、差別意識が蔓延している。精神科医療はこれらの差別意識の最たる産物である。厚労省あたりでは、どうにかしなければいけないという認識はあるが、国の根幹にかかわる問題として、社会全体の変革を目指そうという覚悟は見えない。
ジャーナリストたちも同様である。個別の事件は報道するが、その背景にある根源的な原因についてはほとんどの人たちが口をつぐむ。弱者を救済する責任は「家庭や家族にある」と、自助努力を求める。公助は最後にするものらしい。いままで精神科患者が起こしてきた他傷行為について、大々的な報道がなされ、国民には恐怖心を植え付けてきた責任は誰にあるのだろうか?精神科患者を入院させ「自由」を奪っておきながら、そこで発生した職員による暴力事件を一般法で処罰することは当然だが、それでは、そもそも患者を「隔離」し弱い立場に立たせている環境を作り上げたのは、誰なのか?ジャーナリストたちは、表層的な批判をするだけではなく、これらの背景にある社会的に深刻な問題の報道をしなければ、解決の方向性は見えない。

いま精神科病院の診療報酬は入院で劇的に下げられ始めた。しかしこの施策によって精神科患者の入院事例が少なくなっても、患者が社会生活の中で孤立してしまって、自立した生活を送れなければ、精神科患者はより不幸のスパイラルに落ち込む。ある精神科病院が120床あった病床をゼロにした。その結果その病院は年間6千万円の赤字を出している。クリニックレベルにして患者をケアしているが、診療報酬上はその体制や診療内容を保証するものにはなっていない。その病院では本来公的なもので保障されるべき精神科患者の生活や介護、医療を担っているが、一医療機関がそこまで行う事はあり得ない話である。ましてやその病院が赤字を出し続けることは不可能であり、倒産という事態になれば社会的にも問題となる。

厚労省は医療費削減を目論む中で精神科病床の削減を狙っているが、精神科患者にとって必要な医療や福祉を用意しようとしているとは受け取れない。しかもこれだけ杜撰で時代遅れの精神科医療施策を続けるなら、患者にとっても日本国民にとっても不幸な事態が続くことになる。精神科患者を取り巻く環境の劇的な改善を望む次第である。

 

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