医療ガバナンス学会 (2023年4月10日 06:00)
ザンビア大学医学部付属病院血液内科
宮地貴士
2023年4月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
「尿道カテーテル挿入セットになぜかコンドーム?」「末梢ルートは全て18Gのカニューレ!」「腹腔/胸腔穿刺、中心静脈カテーテル留置すら無麻酔!」
現地の医療現場は驚きでいっぱいだった。フォーレを挿入する際に使用するキシロカインゼリーが切れているためコンドームについているローションをカテーテルに塗りたくっていた。18Gの針は非常に太く痛いため全身麻酔後のルート確保等に使われているがこれしか在庫がないためしょうがない。局所麻酔も貴重な医療資源でありメスを用いた切開等の手技でない限りあまり使われないようだ。現地の医療者たちはよく「improvise」という単語を使う。その場にある資源で工夫するという意味だ。冒頭に書いたような医療処置のimproviseは非常に痛みも伴うため必ずしも患者にとって最適ではない。しかしながら、病気の診断、治療方針の決定という点に関してはimproviseの考え方は私達も学ぶことが多い。
現在、私が働いているのはザンビア大学医学部付属病院の血液内科だ。専門医は2名、内科専攻医が6名、研修医が4名所属している。患者は18人(2023年3月29日時点)で慢性骨髄性白血病や多発性骨髄腫、悪性リンパ腫といった日本でも比較的多くみられる疾患からsickle cell病や重症マラリアによる貧血、小麦アレルギーに起因するCeliac病といった現地に特有な疾患まで幅広く担当している。
基本的に検査や治療は患者の自己負担になる。赤血球や白血球、血小板等の数を評価する血算、腎機能や肝機能を調べる生化学検査は病院内のラボで行われ、1回ごとに20Kwacha(日本円で150円程)かかる。CRPの測定や腫瘍マーカーは外注となるためそれぞれ200K、500Kほど自己負担が発生する。X線は40K、超音波は60K、CT検査となると1,000Kだ。現地のファストフード店などで勤めている人で月の基本給は1,500K(10,000円-15,000円程度)である。2019年からNHIMAと呼ばれる国民皆保険制度が始まり、毎月の掛け金(正規雇用者は給料の1%、非正規雇用者は30K―60K)を支払うことでこれらの医療費が無料になるが私が担当した4人の患者の内、加入者は1人のみだった。
医師たちの非常に重要なルーティンは朝、夕の回診だ。話を聞くだけではなく、徹底的な身体診察、繰り返しの病歴聴取を行う。貧血の患者であれば、眼瞼結膜、聴診、匙状爪の程度、貧血による心不全徴候が表れていないか等、系統的にスクリーニングを行う。紙のカルテに毎日書き込み、身体所見から治療効果を評価していく。コストのかかる検査を行う場合は、患者やその家族にその必要性を丁寧に伝えなければならない。患者側もなるべくコストは抑えたいため、本当に必要な検査なのか必死に質問する。
中国の江蘇大学医学部を卒業し現在研修医1年目のMvula医師は言う。「金銭的な限界があり、自分が学んだ専門的な知識のすべてが必ずしも臨床で生かせないのはとてももどかしい。でも患者さんのお金を使って検査や治療をしているため、その分とても責任感がありやりがいを感じる」。
慢性骨髄性白血病の確定診断には染色体異常や遺伝子検査が必須だがこれは保険にカバーされておらず、ザンビア国内で検査できる機関はない。仮に染色体変異を確かめるFISH検査をする場合は検体をインドに送る必要があり、3,000K―4,000Kほどかかるようだ。仮にこの検査で確定診断できたとしても先進国では標準治療であるチロシンキナーゼ阻害薬といった分子標的薬は国内で入手できず、同じくインドから購入する必要がある。これらを考慮し、臨床経過や各種採血結果、末梢血や骨髄中の標本像から慢性骨髄性白血病を疑い、診断的治療を含めてヒドロキシユリアと呼ばれる骨髄を抑制する薬を投薬していた。
Mvula医師は患者だけでなく、その家族もよく観察し、非常に献身的だ。めまいを自覚し近医を受診。貧血の程度を示すヘモグロビンの値が3.0と著名に低下していたため精査治療目的にザンビア大学医学部付属病院に転院になった患者がいた。89歳と高齢の女性だ。NHIMA(前述の国民皆保険制度)に入っていれば65歳以上は保険加入料も含めて医療費は全て無料だ。しかしながら彼女が所有するNRC(国民登録カード)に不具合があり保険に加入できない。輸血やそれに必要な血液型の検査は生き死にに直ちに直結するため、Mvula医師自ら検査室や輸血室を訪れ、「Emergency」と訴え、金銭支払いの交渉をせずに輸血をしていた。
貧血の原因を精査するために必要な採血や画像検査にはコストがかかるが家族には支払い能力が一切ない。最後の手段は医師からの紹介状を持って家族がSocial welfareと呼ばれる行政機関を訪れ医療費支払いを依頼することだ。しかしながら患者やその家族もほぼ教育を受けておらず、病気に対してはもちろん、社会サービスに対する理解が非常に乏しかった。Mvula医師は自らSocial welfareのオフィスを何度も訪問し粘り強く早期の診断/治療の必要性を訴えた。入院から1週間後、Social welfareからの許可が下り、ようやく各種検査が始まった。Mvula医師は言う。「私たちは患者さんたちにとって最後の砦。ベッドサイダー(患者の傍に常駐し身の回りの世話をする家族)の雰囲気やその人たちが食べているものを見れば普段の生活が想像できる。ザンビアには常にRoom for negotiation(交渉の余地)があるから私たちが患者の代わりに声を上げないとだめなの」。
私の指導医となった4年目内科専攻医のタリス医師も「テイラーメイド医療」という単語を何度も繰り返していた。その患者の支払い能力も考慮したうえで、治療方針の決定につながる必要最小限の検査を行い、診断的治療を行っていくことだ。採血や画像検査でカバーできない部分は日々の病歴聴取、身体診察で可能な限りimproviseしていく。そして、患者の代弁者となり必要な社会的サービスに繋いでいく。
金が命に直結する「命の格差」は明らかに存在するが、その差を少しでも埋めようと限りある資源をimproviseし患者と共にテイラーメイドの医療を創り上げる。そんな血のにじむような医師たちの努力がザンビアの医療現場には広がっていた。