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Vol.23076 コメディカル学生用教科書の中の謝った記載

医療ガバナンス学会 (2023年4月27日 06:00)


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中峯寛和

2023年4月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

● はじめに
筆者はこれまで医学部医学科に加え、看護学科・看護専門学校および理学療法学科で講義を行ってきた。担当した科目は専門分野である病理学 (病因病態学) に加え、血液学、免疫学、ならびに医療英語である。このうち前 2 者では、各施設が教材として採用済みの教科書に沿った講義が求められたが、それら教科書の中に幾つも誤った記載があり、少なからず講義に支障をきたした (出版元が、数多の医師向け参考図書も発刊している大手出版社であるにもかかわらず、である)。いずれの著者陣にも医師資格保有者が含まれていたが、彼らによる誤った記載の原因を分類してみると、不勉強/知識の未更新が多く、専門外領域の執筆、勘違い、学術的正確性に無頓着、などが続く。そこで、多々ある謝った記載のなかで、第一の原因による例を 2 つ以下に挙げる。

● 教科書中の謝った記載例 – 病因
病因 (病気の原因) は、かつては外因 (原因が体外にある) と内因 (原因が体内にある) とに 2 分されたが、この区分には無理があり既に過去のものである。殆どの病気には内因と外因の両方が異なる割合で関わっているからである。例えば花粉症は、花粉による外からの刺激がなければ発症しないが、花粉に曝された人すべてが発症するわけではない (発症するかしないかは、その人が内にもっている素因による)。内因・外因のいずれかに区分できる疾病として、ダウン症候群、交通外傷などがあるが、疾病の種類としては稀である。そのため病因は遺伝性と非遺伝性 (獲得性) とに区分されるようになって久しいが、昨年まで筆者が看護学科の講義で使用してきた病理学教科書では、病因は依然として「内因・外因」に区分され表示されていた。そしてこれは、単に知識の未更新にとどまらず、さらに幾つかの謝った記載に繋がっていた。

その表では、病態 (発症に至る機序) が同じためか、自己免疫疾患とアレルギーとが、ともに内因に含められていた。確かに前者は内因の比重が高いが、花粉症の例からわかるように、後者は外因の比重のほうが高い。また、栄養障害は外因とされていたが、これは栄養供給障害のことであり、拒食症など栄養摂取障害は内因の比重が高い。さらに、内因として挙げられていた ‘人種’ は、病因を考えるうえで無意味なのはよく知られている。例えば、遠隔地へ集団移住した人々では、それぞれの疾患の頻度は、世代を経るに従って移住先原住民のそれに近似する (人種による特定疾患の頻度の差は、人種ではなく環境の違いによる)。

● 教科書中の謝った記載例 – 疾患名
およそ 10 年前になるが、理学療法学科の病理学教科書で、次のような謝った記載があった。免疫不全患者に発生する肺炎 (日和見感染症のひとつ) の代表は、昔は病原体名を冠してニューモシスチス (P.) カリニ肺炎と呼ばれた。しかし、その後の研究で、ヒトに感染するのはこの病原体ではなく、同属ながら異なる種である P. イロベチ (P. カリニが感染するのはラット) であることが確認された。そこで医療界では、この疾患は (別の肺炎であるとの誤解を回避するためか、P. イロベチ肺炎ではなく)、単に P. 肺炎と呼ばれるようになった。しかし、このことが既によく知られていた当時でも、上記教科書では P. カリニ肺炎のままであった。

● 講義で間違いを訂正する際の支障
高校までの教科書は、学校教育法に基づいて文科省により厳しい検定を受けている (1) ので、謝った記載はまずない。そのため、生徒にとって教科書が間違っているなどあり得ず、この常識のまま高校を卒業しコメディカル学生となった彼ら・彼女らに教科書の間違いを指摘しても、なかなか信じようとしないのは当然と思われる。そのため 1 つの間違いを訂正するにも複数の資料を準備し、何度も説明しなければならなかったので、そのぶん本来の内容を講義する時間が削られた。近年の医療系学生教育は実習に重点が置かれているため、ただでさえ限られた座学時間がさらに削られてしまい、多くの学生が理解し興味をもつような病理学講義ができたとは、とても思えない。

● 筆者による対策とその顛末
先に挙げた理学療法学科の病理学教科書には、他にも多くの間違いがあったため放置できず、それらを一覧にして出版社に送り、著者らの見解と訂正を求めた。しかし、著者らは筆者の指摘の多くを認めようとせず、例えば上記肺炎の名称については、「P. カリニと P. イロベチは同一です。どちらが正しいという問題ではありません」と回答する始末であった (この著者の氏名は、敢えて公開しない)。

また、この教科書にもあった栄養障害を外因とみなす点を指摘したところ、上記とは別の著者から「栄養失調の内因・外因の問題は厳密に考えると難しい問題です。(中略) だからこの辺はあいまいにしておくべきと考えます」との回答があり、これにも呆れてしまった (この著者の氏名も、敢えて公開しない)。筆者はこのような状況から、コメディカル教育に関わるなら、学生ばかりか教科書の著者も教育しなければならない場合があることに気付いた。そこで著者教育の一環として、出版社経由で先の著者には両病原体に関する論文 (2) を紹介し、後の著者には栄養障害には供給障害と摂取障害とがあることをお教えしたが、いずれの著者からも回答はなかった。

一方、出版社に対しては、誤った内容を含む教科書を購入した学生に対して、どのように責任をとるのかを正したが、出版社からは「そういう責任をとることはできない」との無責任な回答しか得られなかった。このような著者および出版社の態度は、「過ちては、改むるに憚ることなかれ」を意に介さず、「過ちて改めざる、これを過ちという」状況に陥っていることになる。このような状況は、以前にも本誌で紹介した (3) が、筆者は彼らの ‘後ろ向き’ の態度に落胆し、訂正を求める努力は時間の無駄と諦めてしまっていた。しかし、最近になって本誌への投稿を思いつき、ここに紹介した次第である。

● 国家試験 (国試) 問題の誤り
講義で教科書の謝った記載を訂正する際には、考慮すべきことがあった。当該部分あるいはそれに関連する部分が国試に出題された場合、どちらに沿って解答すべきかである (出題者が教科書の著者と同一あるいは同じように古い考えである可能性がないとは言えないため)。しかし、この点は以下の理由により、教科書の原記載でなく訂正内容に沿って解答すべき旨を学生に伝えた。

確かに国試問題にも時々間違いがあるが、その中で正解に影響する (受験生が不利を被る) 可能性がある場合は、それらの内容が教育施設や国試対策に関わる業者から出題者 (厚労省) に伝えられ、うち幾つかは出題者側から訂正され救済措置が講じられる。国試問題に間違いが稀な理由は、高校までの教科書と同様に、試験問題原稿が関係者の目で厳しくチェックされるためと思われる。しかしそれでも、正解には影響しない些細な間違いもあり、それらは大勢に影響がないためか、あるいは気付かれないためか放置されている*。このように、国家の責任においてチェックされる文書にさえ誤りがあることからすれば、教科書の著者 (ら) 自身が謝った記載をゼロにするのは不可能と考えてまず間違いない。
* 例えば看護師国試問題、2020 年度 (第 110 回) 午前の「問 38. 生体検査はどれか」では、選択肢が「1. 喀痰検査; 2. 脳波検査; 3. 便潜血検査; 4. 血液培養検査」であることから、臨床検査医学関係者なら、設問のなかの ‘生体検査’ は誤り (正しくは ‘生理検査’) であることが瞬時にわかる。因みに ‘生体検査’ は ‘生検’ と略され、内視鏡や太い注射針で生体から小さい組織片を採取し、顕微鏡で異常の有無を調べる ‘病理検査’ を意味するので、上記問題の正解はないことになる。

● 教科書誤記載の防止策
このような謝った記載を防止するには、以下の方策が考えられる。教科書は広い分野を扱うため、分担執筆であっても著者それぞれの専門領域が全分野をカバーすることは難しい。そこで、第一に、教科書執筆依頼を安易に引き受けないことが挙げられる。初等医学教育の教科書は、専門分野の総説とはわけが違うことをまず理解する必要があり、前出の「このあたりは曖昧にしておくべき」と考えるような人は、教科書の執筆を引き受けるべきではない。第二に、執筆依頼を引き受ける場合には、専門外領域の知識更新を心掛け、さらに著者間あるいは第三者による査読を行うことである。

● おわりに
筆者はこれまで何度となく、特に医療に影響力の強い出版物 (癌取扱い規約など) や、執筆依頼による総説について、問題点を指摘しつつ査読の必要性を主張してきた (4, 5) が、コメディカル教材についても全く同様である。特に、医療に関する学習経験のない 1 年生のコメディカル学生にとっての教科書の重みに鑑み、関連する出版社はそのような査読方式を、正式な制度として設ける義務があるのではないだろうか。

<参考資料>
(1) 我が国における教科書検定制度について(資料3).文部科学省.
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/110/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2015/05/14/1357853_1_1.pdf
(2) Emerg Infect Dis 2002, 8:891-6
(3) http://medg.jp/mt/?p=10488
(4) http://medg.jp/mt/?p=11269
(5) 診断病理2022, 39:78-81

 

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