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Vol. 355 日本医師会の情報操作、戦犯免責と「患者の人権」、そして日本医学会・日本医師会・日本学術会議の関係(1/2)

医療ガバナンス学会 (2010年11月15日 06:00)


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健保連 大阪中央病院 顧問 平岡 諦
2010年11月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

「患者の人権」を第一とした新しい医療倫理観とは:

「新しい」といっても”真”新しいのではない、”目”新しいだけだ。それは世界医師会 (WMA) が終戦直後から形づくってきた医療倫理観のことである。どこが「新しい」のか。医療倫理の第一に「患者の人権」を置いたことである。医療倫理の第一をゆ ずった「医は仁術」や「ヒポクラテスの誓い」は、compassion(共感)やcompetence(能力)と名を変えて、医療倫理の大事な一部になっ たのだ。さらに新しくなったのは医療倫理遵守の考え方である。これまでの「個人の努力任せ」から、「個人の努力だけでなく、組織のバックアップで守ろう」 としたことだ。「組織のバックアップ」に当たるのがprofessional autonomy and self-regulation(医師集団としての自律と集団内自浄システム)である。この新しい考え方は、「To err is human; Building a safer health system(人は誰でも間違える;より安全な医療システムを目指して)」に示された、医療安全の新しい考え方と同じだ。

日本医師会の情報操作、その理由は:

新しい医療倫理観は、各国の医師会に受け入れられ世界の医療界の常識となった。しかし、日本の医療界にとっては”目”新しいのである。なぜか。そこに日 本医師会の”言葉の壁”を利用した情報操作があるからだ。日本の医療界を代表するのが日本医師会だ。なぜ日本医師会が情報操作をするようになったのか。そ れは日本の医学界が日本医師会に情報操作をさせる必要があったからだ。その理由は何か。

まず第一に、日本の医学界が情報操作を必要とした理由だ。それは「日本軍が満州でやった石井部隊の人体実験」に直接的に関係した多くの優秀な医学者を、 そしてまた彼らを送り出した当時の医学界の重鎮たちを「倫理的に非難される」ことから守るためだ。「日本軍が満州でやった石井部隊の人体実験」とはニュー ルンベルク裁判で裁かれた「人道に反する罪」と同じだ。戦後、関係者は戦犯免責により裁判にかけられることもなく社会に戻った。彼らを「倫理的に非難され る」ことから守るために、「患者の人権」を第一とする新しい医療倫理観の日本上陸を阻止したかったのだ。新しい医療倫理観の起源はニュールンベルク裁判に つづいて発表されたニュールンベルク倫理綱領 (The Nuremberg Code. 1947)である。それは組織的な「人道に対する罪」が二度と起こらないよう、倫理的歯止めを懸けるために作成されたものだ。それを受けて世界医師会が新 しい医療倫理観を発展させてきたのである。その日本上陸を阻止するために、日本の医学界は日本医師会に情報操作をさせたのだ。
第二は、なぜ日本医師会にそうさせたかである。日本の医学界を代表するのが日本医学会だ。そして日本医学会は日本医師会のなかに置かれている。日本医師 会の設立目的の第一が「医道の高揚」である。もし、日本医師会が「医道の高揚」のために「患者の人権」を第一とする新しい医療倫理観を受け入れたら困るの だ。そこで日本の医学界は終戦直後の日本医学会会長を日本医師会の会長とすることによって、日本医師会に情報操作を行わせたのである。
日本医学会が日本医師会のなかに置かれている理由は、日本医師会の第二の設立目的、「医学・医術の発達普及」を分担するためだ。日本医学会はその責を十 分に果たしてきたが、一方、終戦直後から一貫して日本医師会の第一の設立目的、「医道の高揚」をダメにしてきたのである。

日本の医療をダメにしている情報操作:

日本医師会の情報操作により「患者の人権」を第一とする新しい医療倫理観が日本に入らなくなった。そして「古い」医療倫理観が日本の医療界の常識となっ ている。常識となっているので日本の医療界には「古い」という認識がない。その結果、日本の医師は「患者の人権」に無頓着になっているのだ。情報操作をさ せた日本の医学界はもちろん、「倫理の高揚」が図れない日本医師会は、倫理違反に対して歯止めがかけられない(医師団体として自分を律することができな い)状態になっている。戦後の人権意識の高まりとともに、インフォームド・コンセントに代表される患者の人権意識が高まった。「患者の人権」に無頓着で、 倫理的歯止めのかからない日本の医療界が人権意識の高まった患者・社会に信用されるはずがない。医療にとって最も重要な医師・患者間の信頼関係を阻害し、 大きな医療不信となっているのである。日本医師会の情報操作が日本の医療をダメにしているのだ。

日本学術会議発足時の日本の医学界の考え方:

戦後すでに65年が経った。その当時の日本の医学界の考え方を冷静に判断するのには十分な時間だろう。日本学術会議は日本の科学者の内外に対する代表機 関だ。昭和23年に制定された日本学術会議法によって制定された内閣府の特別機関のひとつである。「科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること」 を職務の第一としている。その発足(昭和24年)当時の医学界の考え方が以下の記載から明らかになる。
「日本学術会議の発足に当たって、戦時中のわが国の科学者の態度については反省すべきか否かが問題になったとき、多数決で特に戦時中の態度については反 省する必要はないという事になった(中略)。この場合とくに医学部門の人たちは一致して強く、戦時中の反省を必要としないと主張した。その理由は、戦争に 科学者が協力したのは旧憲法によって協力したのであるから当然の事であるというのである。」(武谷三男著「科学と技術」勁草書房、1969、192ペー ジ)
「戦争に科学者が協力したのは法に基づいて協力したまでである」、この考え方が”封建的”と呼ばれる考え方だ。「時の権力」の下に自らを置く考え方であ る。そのような考え方の学者を”御用学者”と呼ぶ。とくにこのような考えを強く主張したこと、また「医局・講座制」と呼ばれる上下関係を強く守ってきたこ とで、医学界が最も封建的であると呼ばれるのだ。

日本医師会の翻訳による情報操作の例:

「戦争に科学者が協力したのは法に基づいて協力したまでである」、このことはドイツの学者も同じだった。しかしそれを「人道に反する罪」として弾劾した のがニュールンベルク裁判だ。「法の下」という組織的な「人道に反する罪」が二度と起こらないよう、倫理的歯止めをかけようとするのがニュールンベルク倫 理綱領である。そして世界医師会の下で「患者の人権」を第一とする新しい医療倫理観が生まれたのだ。組織的な人権侵害から患者を守るためには個々の医師の 努力だけでは限界がある。それを補うためには、医療界全体として「時の権力」からindependentでなければならない。それを表明 (profess) しなければならない。それがprofessional autonomy(医師集団としての自律)の意味だ。日本医師会は「プロフェッショナル・オートノミー」とカタカナに訳しているが、その内容は compassionかcompetenceを意味しているに過ぎない。これは日本医師会の”翻訳”を通じた情報操作である。そして、それが日本の医療界 の常識になっているのだ。

医療不信を無くすため:

「日本軍が満州でやった石井部隊の人体実験」はニュールンベルク裁判で裁かれた「人道に反する罪」と同じである。ドイツと違い、戦後、関係者は戦犯免責 により裁判にかけられることもなく社会に戻った。そして日本の医学界は日本医師会の情報操作を介して彼らを「倫理的に非難される」ことから守ってきた。そ の結果、「患者の人権」に無頓着で、倫理的歯止めのかからない日本の医療界が出来上がったのである。人権意識の高まった患者・社会から信用されず、医療不 信となっているのだ。この医療不信を解決するためには「患者の人権」を第一とする新しい医療倫理観を受け入れること以外に道は無いだろう。

日本医師会の自己矛盾:

戦後すでに65年が経った。「日本軍が満州でやった石井部隊の人体実験」の関係者はほぼ歴史の舞台から去った。戦犯免責という「敗戦の遺産」のために 「患者の人権」を覆い隠す必要はもう無くなったはずである。むしろ現在の日本の医療界、とくに医学界は日常的に「患者の人権」と向き合わされている。「向 き合わされている」といったのは、患者側の人権意識の高まりに押されて「向き合わされている」からである。自ら「向き合っている」と思っている医師は「患 者の人権」に無頓着なだけだ。では、なぜ日本の医学界が「患者の人権」と向き合わなければならないのか。それは自らが扱う先端医学を「人体実験」と区別す る必要があるからだ。このように医学界が「患者の人権」と向き合うようになったなか、時代の流れに取り残されているのは日本医師会だ。これまで行ってきた 情報操作を止められず、第一の設立目的である「医道の高揚」が図れないという自己矛盾に陥っているのだ。

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