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Vol. 356 日本医師会の情報操作、戦犯免責と「患者の人権」、そして日本医学会・日本医師会・日本学術会議の関係(2/2)

医療ガバナンス学会 (2010年11月16日 06:00)


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健保連 大阪中央病院 顧問 平岡 諦
2010年11月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


日本医師会、自己矛盾解消への過渡期か:

患者の人権意識の高まりとともに、日本の医学界は、自らが扱う先端医療を「人体実験」と区別するために、日常的に「患者の人権」と向き合わされるように なった。このような時代の流れの中で取り残されているのが日本医師会である。これまで行ってきた情報操作を止められず、自身の第一の設立目的である「医道 の高揚」が図れないという自己矛盾におちいっているのだ。
自己矛盾に陥っている日本医師会を象徴する現象が最近起きている。それは、日本医師会会長が生命倫理懇談会の座長に日本医学会会長を指名するようになっ たことである。日本医師会は自己矛盾に陥りながらも「医道の高揚」を図っている姿勢を示す必要がある。そのため会長の諮問機関として生命倫理懇談会を設け てきた。そして最近、日本医師会会長がその座長に日本医学会会長を指名するようになったのだ。その意味するところは何か。日本医師会会長が、「患者の人 権」と日常的に向き合っている日本医学会会長に「医道の高揚」を託している、と言うことだ。終戦直後の日本医学会会長は日本医師会会長となって新しい医療 倫理観の日本上陸阻止を図ってきた。そして「医道の高揚」を阻害し日本医師会を自己矛盾に陥れているのだ。したがって最近の現象は、日本医師会会長がこの 自己矛盾の解消の責任を日本医学会会長に負わせている、とも言えるのだ。
いずれにしろ、自己矛盾を解消するためには「患者の人権」を第一とする新しい医療倫理観を受け入れることが必要である。そうすることによって、日本医師 会は新しい日本”の”医師会となれるのだ。いま、そのような過渡期にあると見るのが歴史に照らした見方ではなかろうか。またそうあって欲しいものである。

「大医は国を治す」:

日本の医療界全体が新しい医療倫理観を受け入れるとなると、日本の医学界が日本学術会議発足当初に示した考え方から180度の方向転換を図るということ になる。自らを「時の権力」の下に置くのではなく、「時の権力」から自律して「人権」を守るために患者の下に自らを置くことになるのだ。現在の日本学術会 議の会長は医学界から選出されている。日本学術会議でも新しい日本”の”医師会の在り方を検討しているようだ。最も封建的と批判されてきた医学界の在り方 の変化は、日本の科学者の世界にも大きな影響を与え、ひいては日本の国民の在り方にも変化を与えることだろう。これは平成版の「大医は国を治す」というこ とではないだろうか。
日本医師会を創設した北里柴三郎は「医学道」と題した演説でつぎのように述べたといわれている。「古人言う、医は仁の術なり、また言う大医は国を治す と。医の真道は天下の蒼生(そうせい、人民)をして各(おのおの)その健康を保ち、その職に安んじ、その業を務めしめ、もって国家を興起富強ならしむるに あり。」(砂川幸雄著「第1回ノーベル賞候補 北里柴三郎の生涯」NTT出版、2003)
これは「富国強兵」をスローガンとした明治新政府においてはすばらしい内容であり、まさに明治版の「大医は国を治す」ということだ。その後、戦時という 特殊な時代において、「天下の蒼生」を「天皇の下の人民」と狭く解釈し、それ以外を「人体実験」に使うという行為をしてしまった。組織的な「人道に対する 罪」を犯してしまったのだ。そして戦犯免責された関係者を「倫理的な批判」から庇ったために、倫理違反の行為に対する反省ができなくなってしまった。その 結果が、今日の医療不信につながっているのである。医療界として「患者の人権」を第一とする新しい医療倫理観を受け入れることが「医の真道」に戻ること だ。新しい医療倫理観は「医は仁の術なり」をも含んでいるのである。
「富国強兵」をスローガンとした明治新政府と同じように、「戦後復興」をスローガンとした昭和新政府も上からの「官僚統制」を必要とした。そして奇跡的 な戦後の復興を遂げてきた。しかし、復興ののちには「官僚統制」は不必要となり、その弊害が目立つようになってきた。そこに現れたのが「脱」官僚統制の平 成新政府だ。日本の政界は「官僚統制」という「敗戦の遺産」にまつわる「政治と金」という政治倫理の問題でもたついている。日本の医療界は「戦犯免責」と いう「敗戦の遺産」にまつわる「情報操作と『患者の人権』に対する無頓着」という医療倫理の問題でもたついている。医療界が新しい医療倫理観を受け入れる ことは、政界の政治倫理の問題解決を後押しすることになるだろう。医療界が新しい医療倫理観を受け入れることは、平成新政府に見合った「大医は国を治す」 ことになるのだ。

「官僚統制」のメリット、デメリット:

「戦後復興」をスローガンとした昭和新政府は、医療政策として「国民皆保険体制」を導入した。「国民皆保険体制」は「病者に対しては唯病者を見るべし。 貴賎貧富を顧みることなかれ。」とする医療倫理に適う医療需要政策である。その後の受診患者の増加がこの政策の素晴らしさを証明している。「国民皆保険体 制」が戦後のかなり早い時期に確立出来たのは「官僚統制」のメリットだ。
この医療需要の伸びに対する医療供給政策として行ったのは、「官僚統制」による医療従事者への過重労働の強化である。医療需要の増大に見合う医療供給の “お手当て”ができていないのだ。だから「低」医療費政策と呼ばれる。過重労働の強化はまず、医師法の「応召義務」に関する厚生省(現・厚労省)の「見 解」(昭和33年)という「一枚のお達し」で開始された。その結果は、医療ミス・過労死の増加となった。これに対しては、医療法に「医療安全」の項を追加 する(平成18年)というさらなる過重労働の強化を行った。しかし、過労死という医療従事者の「人権」については無視したままだ。そのしわ寄せが最も強く 現れた市中病院、とくに国・公立病院の勤務医から「立ち去り」が起こり、診療が成り立たなくなった。医師としては「応召義務」に関係なく「医は仁術」を実 行したいのだ。しかしあまりの過重労働に、過労死とともに医療ミス(すなわち「患者を害するな」という医療倫理違反)を犯す危険を感じているのだ。そこで 仕方なく「立ち去る」のだ。これが「立ち去り型医療崩壊」と呼ばれるものである。現場を軽視するという「官僚統制」の弊害がこの医療崩壊をもたらしたの だ。

「立ち去り型医療崩壊」を加速させた医師の「引き剥がし」:

さらに医療崩壊を加速させたのが、医学界の封建性を象徴する「医局・講座制」だ。戦後に導入されたインターン制度と呼ばれる卒後研修制度が新しくなり、 研修医が「医局・講座制」と無関係に研修病院を選べるようになった。希望する研修医が少なくなって困った大学医学部・附属病院が、「医局・講座制」に基づ いて派遣していた関連病院(おもに国・公立病院)の医師を引き上げた。その結果、医療崩壊が急速に進んだのだ。金融機関が自らの資金に困った時、融資先の 企業、とくに中小企業から貸付金を引き揚げる。企業が倒産しようがお構いなしにだ。そこで「引き剥がし」と呼ばれている。関連病院からの医師の引き上げ は、その病院の診療が成り立たなくなってもお構いなしだ。だから「引き剥がし型医療崩壊」と呼ぶべきものである。日本の医学界の封建性を象徴する「医局・ 講座制」の弊害がもろに現れているのだ。

「患者の人権」とともに「医療従事者の人権」の侵害:

「立ち去り型」そして「引き剥がし型」医療崩壊は、患者にとっては医療が受けられないということだ。なかには「たらい回し」にあって死亡する事態も起 こっている。これは「患者の人権」に関わることである。これは「低」医療費政策(そこには必要医師養成不足が含まれる)という医療供給政策の失策であり、 現場を無視して、需要の増加を医療従事者の過重労働の強化で賄おうとした「官僚統制」の弊害の結果である。また、現場にお構いなしに勤務医の「引き剥が し」を行ったことは、「時の権力」の下に自らを置く、すなわち「官僚統制」の下部組織である医学界の「医局・講座制」の弊害である。「立ち去り型」そして 「引き剥がし型」医療崩壊はともに、「敗戦の遺産」である「官僚統制」の弊害であり、「時の権力」による「患者の人権」に対する侵害ということになる。過 重労働・過労死という「医療従事者の人権」に対する侵害も同時に起こしているのだ。まさに医療危機である。

「新しい」医療倫理観が日本の医療を救う:

「患者の人権」を第一とする新しい医療倫理観の受け入れを自らが阻止し、「時の権力」から自律していない日本医師会、「時の権力」の下に自らを置き、 「医局・講座制」という封建性を守っている日本の医学界、そして「患者の人権」に無頓着になっている日本の医療界、これらが現在の医療危機に対応できない のは当たり前である。このような医療を救うためには、日本医師会の情報操作を止めさせ、日本の医療界が「患者の人権」を第一とする医療倫理観を受け入れる ことが唯一の道であるだろう。
「時の権力」という一時的なものの下にあってこれを守るのではなく、「人権」という普遍的なものの下にあってこれを守りたいものである。以上が、自身の 反省を込めた「わたしの医療倫理論」であり、そこからの「大いなる仮説」である。ご批判・訂正・追加など、以下のメールに頂ければ幸いである (bpcem701@tcct.zaq.ne.jp)。
(2010.11.5.脱稿)

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