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Vol.23081 ネパール訪問で考える医療の国際化と地域性

医療ガバナンス学会 (2023年5月11日 06:00)


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北海道大学医学部
金田侑大

2023年5月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

ネパールは南アジアに位置し、北にチベット自治区、南東西にインドと国境を接し、首都をカトマンズに置く内陸国です。日本と同様、山がちな地形であり、国土の大部分はヒマラヤ山脈に属する山岳地帯で、世界最高峰のエベレスト山もネパールに位置しています。世界に14ある8000m級の山うち、8つはネパールにあり、7000m級の山の数も40以上、平均高度は3625mと、常に、富士山の山頂(3776m)にいるようなものです。そもそも“ヒマラヤ”とは、“雪のある場所”を意味するサンスクリット語で、雪が恒常的に残る5000m以下の場所は、現地では山として認知されないそうです。さらに、両国ともに地震が多い国であり、これによる自然災害への対策が求められる点でも共通しています。昨年6月にアフガニスタンでマグニチュード5.9の地震が発生した際には、日本とネパールでの地震対応から生かすべき教訓についてまとめた論文を、現地の病院に勤めるRajeev氏とともに、報告させていただいたりもしました。
( https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36594251/ )

このネパールに、春休みの2週間、滞在させていただき、現地の病院を3つ(パタン病院、チョウジャリ病院、Green Pasture病院)、訪問させていただきました。格安ユーザーのため、クアラルンプールで乗り換えて、成田からカトマンズまでは13~15時間ほど、飛行機に乗っている時間だけなら約7~8時間です。入国時にコロナワクチン接種証明の提示は求められたものの、検査証明などは必要なく、ビザも、到着した空港で10~20分ほどで取れたため、物価も安く、寺院や仏像などの文化遺産が豊富に残されているこの国を訪れるのは、コロナ規制が緩和されつつある現在、おすすめと言えます。ただ、マスクを着けている方は意外に多く、体感では3~4割の現地の人たちは、滞在期間中、着用していたように感じます。そして、ところ変われば問題となる病気も変わる、ということで、私が現地で特に多く問題を実感させられることになったのは、結核、耳垢症、あと、特に小児の腎結石の3つです。

まずは結核について。1965年、ネパール政府はWHOやユニセフとタイアップし、国家結核プログラム(NTP)を開始しました。このプログラムの主な目的は、ネパールにおける結核の発生と蔓延を効果的に監視・管理し、質の高い結核治療サービスへのアクセスを向上させることでした。2006年以降、ネパールの結核患者のほぼ85%がNTPを通じて治療に成功し、結核の発生率は2019年まで毎年3%ずつ、徐々に減少しており、プログラムは順調かのように思われていました。しかしながら、2018年の結核全国有病率調査で結核患者の約47%が報告されていなかったことが明らかとなりました。ネパールでは2021年時点で人口10万人あたり229人という結核罹患率が推計されており、これは世界第32位の数値と、幸いにも、年々減少傾向にありましたが、特に、山岳部の貧困層(40%を超えるとも言われています)はそもそも医療機関にアクセスできていない可能性が考えられ、スクリーニング検査を如何に届けるか、という議論が必要です。この点に関しては、日本からも支援チームが派遣されており、従来の喀痰検査に代わる画像検査を用いたスクリーニング検査が、現在まさに導入の初期段階にあるところです。

続いて、耳垢症について。山岳部にあるチョウジャリ病院を訪れた際、近くの学校検診に参加させていただくことができました。何でも、その学校では初めての検診だったそうで、子供たちがドキドキしながら体重計に乗ったり、身長を簡易的な目盛りの尺で楽しそうに測っていたりしました。ちなみに、ネパール人は体重計に乗る習慣がありません。そのため、カトマンズの空港では、荷物の重さを測る用の台に大人の男の人たちが無邪気に乗って、体重を測っている光景を目にすることができます。さて、その学校検診で、私は耳鏡を用いて子供たちの鼓膜が見えるかどうか確認する係、を拝命し、やらせていただきました。しかし、やってもやっても、鼓膜が一人も見えず、泣き出す子もいる始末。この時はさすがにOSCEにも不合格だった自分の不勉強を呪いました。「すみません、鼓膜、全然見えないです。」現地の看護師さんに相談し、確認するようお願いしたところ、看護師さんも一言。「うん、見えないね。」それもそのはず、ネパールでは、実に子供の約70.5%が伝音難聴であることが報告されています。この原因として、慢性化膿性中耳炎、耳異物、外耳炎などの既存の耳の問題が、耳垢と関連している可能性があることが示唆されていますが、実際に100人ほどの耳を見させていただいた経験からは、やはり衛生状態が大きく関与していそうです。特に、最近では、耳掃除はしない方がいい、という見解も出てきていますが、ところ変わればスタンダードも変わる。その見解をここの子供たちにも当てはめて考えるのは、注意が必要だろうなと感じました。

最後に、小児の腎結石に関して。2019年のデータでは、ネパールの貧困率は21.6%と報告されており、特に、安全な水へのアクセスが乏しいことが報告されています。現地に到着した際の最初の注意も、「ここの水は絶対に飲まないように。」というものでした。そのような背景で、現地の病院では、背中の痛みを訴え、腎結石と診断される小児を多く見ました。実際、ネパールにおける小児尿路結石症の有病率は高く、実に小児の15%が罹患しているとも言われています。腎結石を予防するためには、十分な水分を摂取することが最も有力ですが、やはり、飲み水が安全でないことが、子供たちの腎結石の可能性を高めていると考えられます。水が安全でないことによる弊害は他の部分でも見られ、例えば、ヘリコバクター・ピロリへの現地の人々の感染割合は16.3%から70.5%と広く報告されています。SDGsの目標の一つとしても、「安全な水とトイレを世界中に」と掲げられていますが、実際にそれが引き起こしている問題の大きさを、現地の病院でシャドーイングさせていただいたことで、初めて実感したように感じます。

最近は医療のグローバル化が謳われており、医療における国際標準化や、日本の医療政策・医療産業における貢献度の向上が求められています。日本の各大学医学部でも、グローバル人材を育成する、という名目で、他国への臨床留学などのカリキュラムが割り振られています。一方で、私がネパールで行ったことは全て、目の前の患者さんから話を聞き、その人が暮らしている街を散歩し、現地の人と一緒にご飯を食べる中で、現地の人たちが直面している問題や課題について考える、という、極めてローカルな話のように思いました。そして、医師として患者に貢献するにおいては、結局どこまでいっても、ローカルの話をどうするかに尽きるのではないかな、という気がしてなりません。グローバルな医療って、いったい何だろうな、と、改めて考えさせられるネパール訪問でした。

何より、現地でお世話になった皆様に、心より御礼申し上げます。今後とも変わらぬご指導のほど、何卒よろしくお願いいたします。

【金田侑大 略歴】
北海道大学医学部医学科の歩くグローバル。2021年9月から2022年5月まで、英エジンバラ大学で公衆衛生・国際保健を学んだ。ネパールと日本との時差は3時間15分。15分って何ですか。

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