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Vol. 360 膨張する薬剤費

医療ガバナンス学会 (2010年11月22日 06:00)


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諫早医師会 会長
厚労省社会保障審議会医療保険部会 委員
髙原 晶
2010年11月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


【隠された薬剤費の伸び】

8月16日、厚生労働省は平成21年度の概算医療費が35.3兆円に上り、7年連続で過去最高を更新したと発表した。また平成22年6月に開催された中 医協での資料では、医療費は年々増加し続けているが、薬剤費はほとんど増加していないと説明されている。しかし、全国保険医団体連合会が厚労省保険局調査 課によるメディアス「最新の医療費の動向」を基に調査したところ、この薬剤費は出来高請求の薬剤費であり、入院医療費の54.7%を占める包括医療 (DPC等)に含まれる薬剤費は全く含まれていないことが判明し、入院医療における薬剤費が過少に評価されている事が明らかになった。さらに入院外(外 来)医療費では医科・歯科ともに医療費全体も薬剤費も増加をほとんど認めないが、調剤薬局の医療費のみが増加し、その原因は薬剤費の増大である事が明らか となった。

【概算医療費の中身】

平成21年度の概算医療費の内訳は、病院が18.7兆円(入院13.7兆円、外来5兆円)、医科診療所8.1兆円(入院0.3兆円、外来7.8兆円)、 歯科2.6兆円、調剤薬局5.9兆円である。これを平成13年度と比較すると病院(入院1.73兆増、外来0.01兆減)医科診療所(入院および外来合わ せて0.54兆増)歯科(0.06兆減)調剤薬局(2.62兆増)であり、調剤薬局の伸びが突出している事が分かる。この伸びの要因は院外処方率が平成 13年度の41.5%から平成21年度には62%と増加していることである。さらにこの大半は薬剤費の増加によるもので、同年度の調剤医療費の74%が薬 剤費で占められている。

【外来レセプト1件当り薬剤費】

レセプト1件当りでみると、入院外医療費は歯科、医科診療所ともに年々減少し、平成13年度を基準とすると、平成21年度で医科診療所は10.8%減、歯科は14.8%減に達する。これに対し病院の入院外では12.7%増、調剤薬局では20.9%の大幅増である。

【入院外医療費の内訳】

医科、調剤の入院外医療費を、(1)薬剤費 (2)人工腎臓 (透析) (3)調剤薬局の技術料 (4)医科本体その他、に分けて年次推移をみると、平 成13年から平成21年の伸びの大半は薬剤費2兆円によって占められ、人工腎臓(透析)、調剤薬局技術料の伸びを除くと、医科本体の医療費の伸びは僅か 0.02兆円に過ぎない。繰り返すが、少なくとも入院外の医療費自然増の本体は膨張する薬剤費にあると言える。なお入院医療費の五割強を占める包括医療に ふくまれた薬剤費の推計額は公表されておらず、現時点での入院医療費における薬剤費の占める割合は不明である。

【薬剤費の高騰を抑制するために】

これら薬剤費の高騰の一因として薬価設定にも問題がある。新薬の薬価設定、長期使用すべき薬剤の低廉化、諸外国との価格差、先発品と後発品の二重価格など解決すべき事は多い。

【薬価設定そのものに問題がある。】

1)新薬の価格設定、輸入薬剤の価格設定
2)長期使用の薬剤、慢性疾患と急性疾患に使用する薬
3)先発品と後発品

まず新薬の価格であるが、画期的な薬にはその膨大な開発費を含めた高い薬価となることは理解できる。しかしその薬剤の一部を変更しただけのいわゆる「ぞ ろ新」の薬剤に関しては、現状の10%以下の差をもっと大にして安価な薬価設定をすべきである。新薬の低い薬価設定は、薬品会社の新薬創生意欲を削ぐとい う意見があるが、新薬のほとんどは海外で開発された薬剤であり、日本が世界に先駆けて作った新薬は非常に少なく、現状でも新薬創生の意欲は大きくないと考 えられる。
ではそのほとんどを輸入あるいは導入している薬剤の薬価はどうなっているのか? ほとんどの薬剤が生産国での価格より、非常に高い薬価が付けられてい る。ペースメーカーなどの医療機器と同様、割高の価格の薬剤を日本の国民は押し付けられているのである。この円高にもかかわらず、海外との薬価差維持は生 産している海外の製薬メーカーや輸入元の国内製薬メーカーを利するのみで、患者さんの負担が増えるのみでなく、日本の医療費全体を押し上げているものと考 えられる。

次に、薬剤の価格設定には、高血圧、糖尿病、高脂血症などの生活習慣病に対する薬や抗がん剤など長期使用の薬剤の薬価の引き下げが必要とおもわれる。増 大する生活習慣病に対し海外で開発された新薬の説明会や講演会が田舎でもよく行われる。これまでの薬剤でコントロール十分な患者さんはともかく、コント ロール不良な患者さんに対しては、切れ味もよく副作用の少ない新薬は医師としてやはり使用したい。しかし画期的新薬といえども、当然ながら今までのところ 完治を来たすことはなく、そのコントロールのため数十年の薬剤内服が必要となる。
同様に治療法の発達によりがん患者さんの長期生存が増えてきた。彼らもまた長期に抗がん剤を飲む必要があり、これら抗がん剤の価格も高く、金の切れ目が 命の切れ目となることもある。薬剤費のみでなく多くに検査も必要となるこれらの高額医療に対し、各種の医療補助を付加することも大切であるが、薬価そのも のももっと低廉に出来ないものだろうか?
なお中医協では平成22年4月の薬価改定において長期収載品の一律2%低下を実施したが、この程度では薬剤費の膨張には効果ない。

医療費(薬剤費)を増大させないために厚労省も保険者も先発品ではなく、後発品(ジェネリック)の使用を推進している。後発品はある薬剤を開発して10 年以上たつと開発メーカー(あるいは導入メーカー)の特許切れにより他の製薬会社が作ることの出来る薬剤である。開発費がかからないため、当然薬価も低く 設定されている。
このたび廃止が決まった後期高齢者医療制度の発足時は、高齢者には後発品を使うようにとの指導あり,顰蹙をかった。かって某日本国首相が言った「貧乏人 は麦を食え」に発想が似ている。しかし安く薬剤を購入して、安く患者さんに処方できるため、院内処方を長期続けてきた日本の開業医では以前から多く使用さ れてきた。主成分のみ見れば同じ薬であるのに、価格差がある。安全性と流通性に問題があるとして使用しない医師も多い。患者さんが拒否することもある。
しかし厚労省や保険者が使用を勧め、ある程度の収益が確保されるため、それまで先発品のみ製造していたメーカーが、後発品を製造するようになっている。 ちなみに後発品専用大手メーカーの株価は、先発品の大手メーカーよりも高い。先発品、後発品の二重価格を付けた上で薬価の安い後発品の積極的な処方を勧め るより、先発品を開発後10年をめどに一気に薬価を下げるほうがすっきりした薬価体系となり、薬剤費の膨張にも役立つように思われる。なお平成22年4月 から10年以上たっても後発品がない先発医薬品の薬価は引き下げないとの「新薬創生加算」が設定されたが、薬剤費の高騰を避けるべき時には逆行した取り決 めと考える。

【医薬分業の問題点】

1)医薬分業の現状
2)医薬分業は医師の役に立っているか?
3)医薬分業は本当に患者さんのためになっているか?

厚労省の医薬分業制度の推進により現在は医療機関の約60%が医薬分業を実施している。当初、医薬分業を積極的に誘導するために診療報酬を高めに設定さ れていた院外処方もその普及に伴い改正毎低く設定されてきている。その結果、調剤薬局における医療費でも薬剤費がその大半を占めている。
また処方箋発行元医療機関の割合などで規制はされているが、院外処方は大病院を除き医療施設とほぼ1:1の門前薬局が主である。このため複数の医療機関 を受診する患者さんは複数の薬局から薬剤をもらうことなり、厚労省の唱える「複数医療機関での薬剤の重複をさける」という目的が達せられているかは疑問で ある。当然ながら複数の薬局から処方されれば患者さんの自己負担は増えるし、患者さんの診療に必要な医療費も増加する。

それではなぜ医薬分業が進んだのか? 医療機関側のメリットから考えると薬剤という不良在庫を持たなくてすむ点という経営的な面からである。遠い昔は薬 価と実際に購入する価格に大きな差があり、これが医療機関の利益となっていた。しかし医薬分業を進めるため、厚労省はこの差(R幅)をなくし、現在は薬価 のほぼ95%平均で購入となっており、消費税を考えるととんとんとなり薬剤費による利益はない。
なお消費税は本来負担すべき最終受益者の患者さんからは取れないので、中間である医療機関が消費税分を負担している事はあまり知られていない。治療費に は消費税はかからないが、その治療にかかる薬剤購入費や医療機器代にはしっかりと消費税がかかり医療機関が負担している。
消費税10%に上げようとする機運があるが、この医療機関が支払う消費税に対する配慮がなされなければ医療機関の赤字は過大となるであろう。以上医療機関にとって不良在庫ともいえる薬剤を手元に置かなくてよい事が一番のメリットである。ただしこれも政策誘導である。
なお開業後10年目から院外処方とした自身の経験から、門前薬局であっても、医療機関と調剤薬局との間に十分な意思疎通が必要であり、お互いの説明に齟齬があれば、患者さんからの信用を失う可能性があり注意が必要であるとわかった。

では利用する患者さんにとってメリットは本当にあるのだろうか?少なくとも調剤にかかる時間の短縮にはなっていると思われる。患者さんは外来時間のうち 診察までかかる時間の遅延と比べると診察後帰宅までの時間がかかるほうが我慢できないとされている。このため調剤時間の短縮は患者さんへのメリットとな る。
しかし門前薬局中心のため重複薬剤のチェックは厚労省が期待したほどの効果はない。デメリットとしては院外処方のほうが患者さんの負担が大きいことであ る。院内処方では認められない一包化や長期処方作成への加算が認められており院内処方より高くなる。厚労省は医療費を安くしたいと言いながら、他方、患者 さんへの負担増と医療費の増加を招く医薬分業推進をすすめた。医薬分業の本当のねらいは薬剤師救済であったのか?

【新薬の投与期間】

新薬の処方は2週間分しか出来ない

現在、新薬の投与期間は発売開始後1年間は2週間の処方に制限されている。多くの生活習慣病の新薬が発売され、その効果を考えるとすぐに使用したい薬剤がある。しかしこの発売後1年間は2週間しか処方できないという縛りがあるため、すぐに投与できない。
副作用のチェックや薬価の高い新薬の使用を抑えるという意味では有効な制度である。しかし使用当初だけ2週間処方にすれば、有効性はともかく副作用や不 具合はチェックできる。その後は他の薬剤とともに長期処方可能としたほうがよい。2週間処方と4週間以上の長期処方を考えた場合、長期処方にすると受診回 数が減り医療費も安くなると思われる。

【薬剤費、医師の問題点】

薬価を知らない医師かいる

薬剤を多く出しすぎる医師がいることも確かである。ただし薬価差のところで触れたように現在薬で利益を得ようという医師はいない。しかし一般には高齢者 になるほど多くの疾患を抱え、さらに多剤を併用しないとコントロール出来ない患者さんも増え、薬剤が多くなるのは避けられない。
自身の経験から院外処方をすると薬価自体に鈍感になる。大病院またははじめから院外処方をしている医師の中には、処方している薬剤の価格を知らない方が 大勢いると想像される。「医師は病気を治していればよい。」の時代であればよいが今は相手の経済状況を考え、検査・処方することも必要である。このために は院内処方以外の医師も薬価を知る必要がある。

【薬剤費に関して受け取る患者さんの問題点、出来ること】

1)処方された薬剤を粗末にする患者さんがいる。
2)いらない薬や余っている薬は医師に伝える。

処方された薬は病状に合わせて処方されたものであり、不具合がなければきちんと処方されたように飲むべきものである。しかし自己負担がないことや少ない ことを幸いに湿布などを処方希望し、その湿布を他人に配布する患者さんがいる。なかには捨てる患者さんさえいる。思わず「今捨てた薬の値段は300円」な どと言いたくなる事がある。また飲んでいない薬を毎回もらう患者さんもいる。医師は薬をきちんと飲んでいるものとして加療しているが、薬が有効でない場 合、受診間隔があいた場合など薬の内服状況を詳しく聞く。この結果前記のような事態が判明する。
内服状況は外来時に主治医に話し、なぜ飲まなかったのか、飲めなかったのかを伝え、必要ない薬は中止してもらい、必要な薬は適宜残りの薬の量に合わせて 処方してもらうべきである。副作用として重篤な症状につながる場合があるため不具合も伝える事、決して黙って主治医を変えてはいけない。同じ処方を他の医 師から処方されることがある。医師も細かな観察が必要である。

謝辞
本稿の医療費・薬剤費のデータは全国保健医協会理事の本田孝也先生(長崎市医師会)から提供を受けた資料を元にしている。詳細なデータを提供して頂いた 本田先生に感謝申し上げる。なお同資料は平成22年9月8日に開催の第39回社会保障審議会医療保険部会にて高原より委員提出参考資料として配布され、部 会にて説明を行った。さらに本原稿の要点は平成22年11月2日毎日新聞の論点として掲載予定である。

(長崎県医師会報11月号掲載)

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