医療ガバナンス学会 (2023年6月16日 06:00)
Tansaリポーター
中川七海
2023年6月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
ダイキンは、PFOAの製造を2012年にやめたと公表した。だが工場敷地内には今も高濃度のPFOAを含んだ地下水が蓄積している。ダイキンは地下水を「浄化」した上で、下水処理場に排出。下水処理場を通過した後は、淀川に流れ込み一部は飲料水となる。
しかし、ダイキンが排出するPFOA汚染水の濃度が一体どの程度なのか。いくら市民が濃度を公開するよう求めても、ダイキンは拒み続けている。
市民の心配は募るばかりだ。
●京大研究者の指摘
2023年3月8日、大阪・摂津市民からなる「PFOA汚染問題を考える会」が環境省に対して2万3788人分の署名を提出した。摂津市で全国一の高濃度PFOA汚染が広がっている問題への対応を、行政やダイキンに求める内容だ。
署名提出を終えた後、考える会の市民たちが記者会見を開いた。会見には、国内におけるPFOA研究の先駆者である京都大学の名誉教授・小泉昭夫と、准教授・原田浩二が同席した。報道陣からの科学的な質問には、小泉と原田が市民に代わって対応した。
琉球新報の記者が質問した。
「ダイキンが流しているPFOAは、2012年には製造は終わっている。ということは、現段階では流出はないということでいいですか」
原田はこう答えた。
「地下水を集めてそれを今(下水に)流している。だからこれは実際のところ、排出はまだしていると考えた方がいい」
どういうことか。
●「対策」という名の汚染
ダイキンは、淀川製作所周辺のPFOA汚染に対して、2つの「対策」を掲げている。
1つは、淀川製作所の外周に打つ遮水壁だ。地下に鉄の板を打ち込み、汚染水が敷地外に流出しないようにする。
もう1つが、淀川製作所内にあるPFOAを含んだ地下水を汲み上げ、浄化し、公共下水へ流すというものだ。現在、年間6万トンの地下水を汲み上げている。京大の原田が「排出はまだしている」と指摘したのは、この対策のことだ。
私は、ダイキン、摂津市、大阪府による非公開会議の議事録を見直した。2009年以来、3者がPFOA汚染への対策を協議している。直近で開催された2022年8月8日の会議資料に、工場敷地外へのPFOA排出についての記載を見つけた。
会議資料によると、大阪府はダイキンに対して、排出濃度を暫定指針値の10倍を目標に徹底的に管理するよう要請していた。
暫定指針値とは、環境省が定める水環境中の目標値50ng/lのことだ。大阪府はその10倍を目標に下水に排出するよう求めている。
ところが、ダイキンが実際に敷地外に出しているPFOA汚染水の濃度は不明だ。過去の議事録には出てこない。大阪府はダイキンに対して「要請」しているだけで、実際の数値を尋ねてもいない。
もしダイキンがPFOA濃度を十分に下げて排出していなければ、更なる汚染を招く可能性がある。遮水壁で淀川製作所の地下水を敷地外に出ないようにすればいいだけではないのか。
私は、ダイキンの「対策」について原田に尋ねた。
原田は、敷地内の地下水を浄化して下水に排出する対策については、「どれだけ周辺の濃度を下げられるのかが不明です」と指摘する。
一方で遮水壁を設置する対策については、「地下水の流れに合わせて不透水層までしっかり止水されているなら広がりは止められるはずです」と妥当性を語る。
しかし、遮水壁は2023年3月末までに着工予定だったにもかかわらず、いまだに設置できていない。
●20年前と同じ汚染ルート
原田の記者会見での指摘を聞いて、私は思い出したことがある。過去にダイキンが世界一のPFOA汚染をもたらした際の汚染ルートと、現在のPFOA汚染水のたどるルートが同じなのだ。
2004年、小泉ら京都大学の研究チームは、北海道から九州まで全国80カ所の河川のPFOA濃度を調べた。原田もメンバーの一人だ。調査の結果、淀川の支流である安威川(あいがわ)から、当時の世界最高レベルのPFOAが検出された。濃度は6万7000ng/l〜8万7000ng/lで、環境省が現在定めている目標値の1340倍〜1740倍の高濃度だ。
調査を進めると、汚染源は安威川近くで稼働するダイキン淀川製作所であることが判明した。製作所からの排水は、下水処理場「安威川広域下水処理センター」に流れこむ。その下水処理場から、連日1.8キログラム、年間0.5トンのPFOAが排出されていることを確認した。当時、世界中で排出されていたPFOAは年間5トン。つまり、世界の1割のPFOAが淀川製作所によって排出されていたのだ。
さらに当時は、京阪神の住民の血液から高濃度のPFOAが検出されていた。最も住民の血中濃度が高い大阪市の水道水には、40ng/lのPFOAが含まれていたのだ。これは、仙台市の水道水の値の300倍だ。大阪市は主に淀川から取水した水を使っていた。
一連の調査結果から、京都大学の研究チームは次のように結論づけた。
1、PFOAが工場から排出され、下水処理場に行く
2、下水処理場からPFOAを含んだ水が河川に合流する
3、河川の水を使った水道水を住民が飲む
4、住民がPFOAを体内に吸収する
http://expres.umin.jp/mric/mric_23103.pdf
ダイキン工業淀川製作所から排水されたPFOA汚染水のルート(Tansa作成)
19年前に世界最高レベルの汚染を記録した時と今回は、単純には比較できない。しかし、ダイキン淀川製作所から出たPFOA汚染水が淀川に流れ着くまでのルートは同じだ。ダイキンが濃度を公表しない限り、摂津や近隣都市の住民は安心できない。
●濃度知りたい住民
署名を提出した摂津市民たちは、ダイキンが下水へ流す排水のPFOA濃度を明らかにするよう求めている。「署名で求めること」の第1項目は以下だ。
2009年10月から20回以上にわたり、府民に知らされることもなく、大阪府、ダイキン、摂津市の3者懇談会が行われてきました。ダイキンの敷地内には高濃度のPFOA汚染が広がっていると指摘されています。ダイキンは年間6万トンの地下水を汲み上げ、除却処理をして公共下水に排出していますが、その水のPFOA濃度さえ明らかにしていません。周囲への流出を防ぐためにも、それらの情報公開とそれに基づく調査・対策が必要です。
しかし、ダイキンは排水のPFOA濃度の公開を拒んだ。市民は対面で話をすることも求めたが、それも拒否された。
摂津市内に住む吉井正人(仮名)は、米国でのPFOA公害を例に挙げて言う。
「米国のデュポンは、被害を与えた近隣住民に情報を公開している。なぜダイキンは、いつまでも隠蔽するのか」
●「製造技術ノウハウ」を盾に濃度を隠蔽
私はダイキンに直接、排水のPFOA濃度を尋ねることにした。広報を通じて社長の十河政則宛てに質問状を出したが、社長は答えなかった。広報から、「当社広報より事実関係のみ、以下の通り回答させていただきます」との返信が届いた。だが、濃度は明らかにしなかった。
製造技術ノウハウ等の機密情報が含まれる為、詳細の開示は控えさせていただきます。
PFOAは、2021年に製造と輸入が法律で禁止された毒性物質だ。もう製造することができないにもかかわらず、なぜダイキンは「製造技術ノウハウ」を気にするのか。
私は、次の質問も投げかけていた。
「ダイキン工業は現在も高濃度のPFOA を淀川製作所敷地外へ排出し、工場周辺を汚染している」ことについて、ダイキン工業として異論はあるか
ダイキンは異論があるとは答えず、「『暫定指針値の10倍を目標に管理を徹底』との要請を受け、これに対応しています」と回答した。
最後に私は、公共下水に排出するPFOA汚染水の濃度を市民に知らせない理由を尋ねた。ダイキンの回答。
製造技術ノウハウ等の機密情報が含まれる為、詳細の開示は控えさせていただいております。なお、近隣住民様に関しましては、大阪府や摂津市と必要な連携を取って、適切な対応を進めてまいりました。
近隣住民の訴えを無視する行為が、なぜ「適切な対応」だと言えるのか。ダイキンの、事の深刻さを軽んじる体質は、一体どこからきているのだろうか。
=つづく
※この記事の内容は、2023年5月1日時点のものです。
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