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臨時vol 22 「睡眠時無呼吸症候群」

医療ガバナンス学会 (2006年8月5日 02:19)


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2006年8月5日発行
谷川武 筑波大学大学院助教授
MRICインタビュー vol13
(聞き手・ロハスメディア http://www.lohasmedia.co.jp 川口恭)
~睡眠時無呼吸症候群を治療すれば、事故死者を年間300人救えるかもしれない~

 

――先生は、睡眠時無呼吸症候群(SAS)が社会問題だと警鐘を鳴らしていらっしゃいますが、そのように考えるに至った経緯を教えてください。

まず、世界的にSASがどのように取り扱われてきたか、ご説明します。睡眠時無呼吸(SA)は、睡眠中に10秒以上気流が停止した状態を言います。SAが特にノンレム睡眠中に30回以上反復出現するならSASと呼ぶことにしよう、と提唱されたのは1970年代のことです。現在では1時間に5回以上でSAS、20回以上なら要治療と判定されます。

当初は即効性のある治療法がなく、精神科の一部の医師が診療していました。しかし、1981年に豪のサリバンが、鼻から陽圧空気を送り込んで上気道が狭くなるのを防ぐ「持続陽圧呼吸療法」(CPAP)で症状が改善するとランセットに報告したことから、呼吸器内科医からも注目を浴びるようになりました。

当初は有病率が1%未満程度と見なされていたため、熱心に取り組む医師も余り多くありませんでした。しかし、93年にテリー・ヤングが、ウィスコンシン州の政府職員約1500人から、習慣的にいびきをかく約600人を抽出して調べたら、有病率が男性で4%、女性で2%に上るということで騒ぎになったのです。この結果は、ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスンに掲載されています。その後も様々な研究が行われ、おおむね有病率は1割程度、治療を要する重傷者は数%というのが、だいたい一致するところでないでしょうか。

SASになると何が困るかですが、本人は自覚していなくても無呼吸の際に覚醒しますので、何時間寝ていようとも睡眠が足りません。よって昼間に過度な眠気を催し、事故を起こす確率が高まります。また、交感神経が夜通し亢進しているために、高血圧の原因となるほか、血糖値が上がってくるという報告もあります。また、心拍数が多くなるので心筋への負荷も高いと類推されます。突然死との関係もどうなのか、関心のあるところです。
――何が原因ですか?

睡眠時無呼吸は、仰向けになった時、のどの筋肉がたるんで落ち込み上気道を塞いで起きます。最も大きな原因は、解剖学的特徴に加えて肥満で上気道が狭くなること、と考えられています。一般に、体重が5キロ増えると、上気道の内径が1ミリ細くなると言われます。よって根本的な治療法は痩せること。即効的にしのぐのがCPAPということになります。
――日本ではどのように取り扱われてきましたか?

SASの正式な診断法は、一泊入院して終夜睡眠ポリグラフ(PSG)を取る大掛かりなものなので、日本で一般人を対象に調査するのは容易ではありませんでした。そこで我々は指先の酸素飽和度を測るパルスオキシメーターを使って簡便にスクリーニングしたらどうなるか検討してみました。結果、酸素飽和度でも、かなり精度よく要治療者を見付けることができると分かりました。また、2000人程度の母集団に対して7~8%は要治療という結果が出てきました。

私たちの研究で分かってきたのは、日本人の場合、必ずしも太っている人にだけ発生するのではないということです。日本人の7割が弥生人顔、3割が縄文顔と言われていますが、弥生顔の場合は痩せていても有病率が高いのです。また、痩せている人の場合、パルスオキシメーターだけでは見落としもあるようです。

このため現在は、顔につけて鼻と口の気流を検知するフローセンサという簡易装置でスクリーニングを行うようにしています。この手法の有効性は経済産業省の事業で調査して確かめました。この成果を広めるために、NPOと筑波大学発のベンチャーを作りまして、自宅でできる簡便な検査として受け付けています。この検査は費用の半額をトラック協会などが助成しているのですが、残念ながら受ける人はあまり多くありません。
――確か、問診による一時スクリーニングもありますよね。

症状の程度と自覚とに相関性がないので、一般に行われている問診によるスクリーニングは不適当だと思います。実際、名鉄線で衝突事故を起こした運転士は、重度のSASだったにも関わらず、問診では見逃されていました。

自覚症状に基づくものがあてにならないのは、眠気の感じ方や表現の仕方に個人差があるからです。特に若い人の場合、たとえSASで眠っていないのだとしても、その「眠気」を「疲れ」と勘違いすることが多いのです。ドリンク剤を飲んで、効いたー、と思っている人がいたとしたら、それはカフェインで眠気を一時的にごまかしただけのことですよね。
――本題に入りまして、SASの何が社会問題なのですか?

日本では、毎年6千人から7千人が交通事故で亡くなっています。SASの職業運転手は、事故リスクがそうでない人の3倍から10倍とも言われ、SASを治療すると、交通事故の少なくとも5%、多く見積もれば17%を減らせるとの説があります。5%減らしたとして、単純計算で年間300人以上の事故死者を減らせる計算です。負傷者、物損を合わせると救える数は、おそらく数十倍に上り、恩恵を受ける人は数万人に上ると推定されます。

ところが、治療を要する患者は二百万人以上いると推定されているのに、治療中の患者は10万人にも満たないのです。CPAPという標準治療法が確立しているにも関わらずです。年間に少なくとも何万人もの人が救えるにもかかわらず、何もしないとは残念ではないですか。
――確かに大変な数字ですね。

たとえ事故を起こさなくても、患者本人の循環器疾患のリスクも上がります。これは特に交代勤務者で顕著です。我々の研究で、SASと交代勤務をオーバーラップさせると、見事に高血圧と相関することが分かりまして、アメリカンジャーナル・オブ・ハイパーテンションに投稿したところ、エディターがわざわざ1ページの解説を書いてくれました。それくらい注目されているんですね。

日本は先進国で、幸か不幸か電気によって夜でも社会生活を営めるために、人口の20~25%が何らかの交代勤務に就いています。ただでさえ睡眠の質が低くなって疲労をためがちなうえにSASが加わったら一体どうなるのか、これから交代勤務経験者たちが高齢化してきた時に恐ろしいことです。
――深刻な話のわりに社会的な意識は低いかもしれません。

情報が行き渡っていないのを感じます。5月に朝日新聞で我々の簡便な検査法が紹介されたら、わっと500件申し込みが集まりました。しかも驚いたことに、SASになりにくいというのが定説の女性の方からも重症SASが多かったんです。確かに、最近の小顔な人たちはリスクが高いのかもしれません。

ただ男性の申し込みが少ないのは別の理由もあるように思います。なんともアホなことに、SASと診断されてCPAPをつけていると損害保険に入れないのです。すると職業運転手はどうしますか? SASを隠して保険に入る人、勤務する人が続出するに決まっているんです。そちらの方がよほど危険です。

SASと分かったら差別の対象になるから、治療する患者さんが増えない、ここにメスを入れないといけません。近視の人がメガネをかけたら運転できるように、SASの人もCPAPを付けたら運転OK、つけなきゃダメにすべきなんです。実際、パイロットに関して国交省がそういう扱いにしています。治せるのに差別して隠させるなんて具の骨頂です。

自分はSASじゃないからいいや、と思ったら大間違いです。SASで居眠り運転する車の事故に巻き込まれるのは、あなたや家族かもしれません。だから、一般の人にこの危険性をもっと知ってもらいたいですね。

SASスクリーニング検査のお問い合わせ先:NPO法人睡眠健康研究所℡029-851-2009

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