医療ガバナンス学会 (2023年6月21日 06:00)
株式会社五感
剣道場建築床工房 代表 前田英樹
https://kendoujou.com/
2023年6月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
これらのけがは剣道をする上で致し方ない事だと思っていませんか?
かく言う私自身もその一人でした。
小学生で剣道を始め、高校生まで続けましたが度重なる怪我に辟易し、剣道の稽古が嫌いで仕方なかったのです。
稽古嫌いは剣道嫌いにすり替わり、剣道の嫌な記憶をそのままにやがて剣道から離れ、家業の材木商として様々な床素材と出会ってきました。
私が主に扱っているのは天然木から製材する、無垢の床材です。人間が生活の中で常に接している床面だからこそ、私が提案するのは五感にやさしい無垢フローリングです。
日頃、無垢フローリングと合板やウレタン塗装の床との違いをお客様に説明することが多くある中ではたと、体育館のウレタン塗装の床が思い浮かび、自分の剣道の怪我の原因は床にあるのでは?と思い始めました。
そんなとき、本格的な剣道場で稽古する機会がありました。そこで初めて、床の違いで足への負担が全く違うことを知りました。
その道場の床はクッション性が高く、優しさと温かみがあって思いっきり踏み込んでも足に負担が少なく、足腰の弱い年配の方、ブランク剣士でも安心して稽古ができる剣道場だったのです。
どうして同じ剣道の稽古でもこれほど足腰への負担に違いがあるのか、床材のプロとして気にならざるを得ませんでした。
それから日本国内や台湾の旧武徳殿などを始めとした、古くからある剣道場の研究に取り組みました。
研究と並行して、しばらく遠ざかっていた剣道も本格的に再開し、様々な床の道場で稽古をさせていただきました。
床の素材や構造など、多角的に剣道場床に向き合いたどり着いた答えは、「武道である剣道は体育館で稽古するものでは無く、剣道場で稽古することが本来の姿である。」ということでした。
どういうことかと申しますと、体育館は「シューズを履いておこなうスポーツ」をする場所であり、「素足でおこなう剣道」の稽古には不向きなのです。
体育館の床表面に施されている滑り止め効果が高い床の上で、すり足の練習をすること自体、そもそも不自然ということです。
さらに、足を強く踏み込む剣道では体育館の床は硬すぎ、剣士のカカトや腰を痛めてしまうこともあります。
私の体重が100kgとすると、足裏への負荷はなんと1tにもなると言われております。
思い返せば、私が学生の時に稽古をしていたのは体育館です。
近年、剣道を体育館で稽古することが主流であった私たち剣士は、これらが原因でおこる故障が「当然」だと思っていました。
でもそれでいいのでしょうか?
本当に自分たち現役剣士が稽古をしたい剣道場とはどのような道場なのでしょうか?
剣道業界に携わっているほんの一握りの方は、本格剣道場の無垢材でつくられた、足触りが良く、クッション性の高い剣道場の床がどれほど稽古しやすいのかを知っています。
おそらく、体感するまでは気づかない剣士の方が多いでしょう。私だってそうでした。
これは国内に限らず、海外の剣士にも言えることだと思います。
昨年、私は農林水産省林野庁の助成事業の一環として、米国で剣道場床の調査を行いました。
そこでの詳しい内容は割愛しますが、私の予想以上に剣道場床が起因と考えられるような怪我の悩みをかかえている剣士や道場主がいました。
現状、海外では床環境の為に、剣道の基本となるすり足や踏み込み足ができなかったり、教えられなかったりします。
稽古する床環境の問題を解消できれば、国内外の剣道普及の一助となりうると、私自身の経験から痛感しています。
剣道場床の重要性に気付いてもらうために、啓蒙動画を作成しYoutubeで公開しています。
https://youtu.be/K7UWPPOoo74
一方で、日本国内の木材事情を振り返ると、戦後植林を続けてきた日本には豊かな森林資源があるにもかかわらず林業は後継者問題なども相まって、日本産木材を上手く活用できずにいます。
せっかくの潤沢な日本産木材に付加価値をつけて海外に輸出することができれば日本の農林水産業界にとっては好機です。
実際、伸び悩む国内の農林水産物の輸出額を1兆円から5兆円に拡大すべく、国は様々な補助事業を募集しています。海外で本格的な剣道場を展開する絶好のタイミングなのかもしれません。
材木商としての私は、日本の剣道場床を普及させる大前提として、材料の供給者である山主や製材加工に携わる生産者が元気であること、目標をもって継続してもらう仕組みも必要だと考えます。
私は剣道をするための剣道場床にたどりつき、今では剣道の稽古を楽しめるようになりました。
あんなに剣道嫌いだった私が、剣道場の床の研究にのめりこみ、剣道場まで建ててしまうなんて。
私自身が一番驚いています。
私のように怪我が原因で剣道嫌いになった剣士がいるかもしれない。それだったら是非、本物の剣道場床を体験してほしい。
また日本の文化としての剣道、日本産の木材や加工技術の素晴らしさをもっともっと世界に知ってほしい。
そんなふうに勝手な使命感をいただきつつ、今日も私なりに調査し、仮設と検証を繰り返しております。
今年は剣道場床の弾力性や滑り抵抗などを数値化し、基準となる剣道場床の指標を作っていく予定です。
私がここに至るまで、たくさんの諸先輩方に数えきれないほど助けていただきました。
語りつくせぬ感謝の気持ちを、私なりの形でこれからの剣道人生で御返ししたいと思います。