最新記事一覧

MRIC Vol.23106 投稿原稿の査読過程で気付いた、医系英文原稿執筆の際の注意点

医療ガバナンス学会 (2023年6月20日 06:00)


■ 関連タグ

日本バプテスト病院
中峯寛和

2023年6月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

● はじめに
英文医学誌へ投稿される原稿の英文の質は、‘校正’ 業者 (正確には添削業者) (1) の増加、自動翻訳ソフト (DeepLなど) や生成AI (chatGPTなど) の開発・普及などもあって、向上しつつある。しかしそれでも、投稿原稿を査読していると、英文の改善が必要と思われる記載がときどき見受けられる。かかる原稿では、英文の質より内容が重要であるのは言うまでもないが、英文の質が低いと、査読者にとって内容の信憑性が低下する恐れがある。また、運よく採択され発刊されても、抄録しか読まれないことが少なくない (1)。

筆者は学会誌などから依頼を受けた英文原稿の公式査読や、個人的に頼まれた原稿チェックに際しては、内容の学術性・斬新性ばかりでなく、英文自体につてもコメントしてきた。ここではその際に気付いた、英文原稿執筆の際に注意すべき幾つかの点を、i) 英文(冠詞、単語の意味、その他)、ii) 文字・記号表記、および iii) 数字・数値表記に分けて述べる。個々の内容は、原稿査読および米国で就労していた時代の経験に基づく覚書を、項目ごとに並べたものである。従って、必ずしも正しいとは限らないので、疑問点があれば読者自身で確認して頂きたい。なお、枝葉末節の内容も含めたのは、自動翻訳ソフトを意識したことにもよる。また、文書作成には直接関係しないが、発音の違いに言及する際は、カタカナで表記した。

● 英文(冠詞)
冠詞の要・不要、要の場合には定冠詞か不定冠詞か、不定冠詞を用いる場合には ‘a’ か ‘an’ か、などについては初等英語教育で習っているはずであるが、査読原稿では誤りが時々みられる。例えば、不定冠詞の記述(定冠詞の発音)の区別は、これらに続く名詞あるいはそれを修飾する形容詞の最初の、文字でなく発音が母音か子音かによる (a hour でなくan hour, an uniformでなくa uniform) ことは誰でも知っている。しかし、略語に冠詞を付す場合に間違えていることがある。例えば移植医療でよく記述される、主要組織適合遺伝子複合体やヒト白血球抗原の略語 (MHC, HLA) に付す不定冠詞は、‘a’ でなく ‘an’ である。一方、例えばヒト免疫不全ウイルスの略語 (HIV) の場合、これを“ヒヴ/ハイヴ” と読む場合は ‘a’である。

不定冠詞の記述(定冠詞の発音)の区別には、音読のし易さ(口を動かす容易さ)が関わっていると考えられ、冠詞以外にも以下の経験がある。米国で働き始めた頃、聞き取れない単語は幾つもあったが、その中で特に記憶に残っている1つはbehindである。当然“ビハインド”と発音するものと思っていたが、実際には“バハインド”と聞こえた。音読してみると、口の運動はこちらのほうが楽である。Womenの発音が “ウィメン” でなく “ウィミン”であることはこれに通ずると思われ、今では小学生でも知っている。にもかかわらず、「ウィメンズクリニック」、「名古屋ウィメンズマラソン」などの表記が定着しているのは、理解に苦しむ。このような口を動かす容易さのための発音の変化は、フランス語では文法化されている(リエゾン、アンシェヌマン、およびエリジオン)。

口を動かす容易さを意識しつつ、発刊された英文論文を音読してみると、冠詞の有無についても、無いほうが/あるほうが読み易いと感じることが時々ある。従って、冠詞の要不要で迷う場合には、読み易さも考慮すべきなのかもしれない。口を動かす容易さではなく視覚的認識の容易さにおいては、邦文原稿執筆の際に似たような状況がある。漢字、仮名いずれの表記でもよい単語についてどちらを用いるかは、その直前の文字が漢字か仮名かによるようである(邦文は、漢字と仮名とが短い間隔で混ざっているほうが、格段に読み易い)。

● 英文(単語の意味)
医学領域と一般とで意味の異なる単語が幾つかある。その代表の一つ ‘shock’ については、医療従事者なら違いを知らない人はいない。しかし、例えば ‘incidence’ については、筆者が20年以上昔に関与した論文で間違え (2)、近年では筆者らの採択原稿を,当該雑誌の依頼により添削した業者も間違えた (1)。

医療従事者の職種を区分するための ‘コメディカル’ という語は、例えば災害時にニュースで流れる ‘ライフライン’ と同様に、日本でしか通用しない和製英単語のため、英文原稿では使うべきではない。なおこの語は、医師以外の医療従事者の総称であるpara-medicalに対し、医師も含めた全医療従事者を意図して設けられたと思われるが、厚労省はこれをpara-medicalと同じ意味で用いてしまった (3) ため、医療従事者の総称はmedical staffとされる。

これらに比べると枝葉末節ながら、医学領域、一般を問わず多くの人が厳密には誤って使用している単語の一つに ‘楕円形(の)’ がある。これに相当する英単語は、実は ‘oval’ ではなく ‘elliptic’ である。多くの英和辞書では ‘oval’ の意味として ‘卵形(の)’ と ‘楕円(形の)’ とが併記されているが、正しくは前者であり、タマゴを長軸方向に2分割した断面の形状をさす(楕円形は上下左右とも対称であるが,卵形はいずれかは非対称)。屋根付き競技場/球技場のうちには、全体の外観から‘xx オーバル’と呼ばれるものがあるが、実際には卵形でなく楕円形である。医学領域で、先天性溶血性貧血の一つ楕円赤血球症 elliptocytosis について、頻繁に使用される文献検索サイトPubMedで検索してみると、‘elliptocytosis’ と ‘ovalocytosis’ とでヒット件数に大差はない。しかし、異常血球は卵形でなく楕円形であり、メジャーな血液学成書 (4) では、索引に前者はあるが後者はなく、DeepLでも後者には翻訳されない。医学論文を目指す原稿で学術性を担保するには、些細であっても用語使用には正確性を期したい。

● 英文(その他)
発見者の姓を冠した疾患名を記載する場合、アポストロフィを用いて所有格にすると、発見者本人が罹患した病気という意味になるので、注意が必要である。
投稿原稿を査読していると、文章がAnd, But で始まっていることが時々ある。新聞の見出しなどは別として、このような文章は見苦しいので、In addition, However などを用いるべきと、滞米中に上司から注意された。
名詞を3つ以上並べる際には、それらの対等性を保つ意味で、A, B and CよりもA, B, and Cのほうがすっきりする(orを用いる場合も同様)。
名詞、形容詞などを(多くの場合3個)連ねて一つの名詞を示す場合、最初の2つの単語の間にハイフンを挟むと読み易い(例えば human-genome project, T-cell receptor)。

● 文字・記号標記
文頭以外で単語の最初を大文字にする代表は固有名詞であるが、注意が必要である。分子生物学的実験手技の一つブロッティングは、試料がDNAならサザン、RNAならノーザン、タンパクならウェスタンと形容される。このうちサザンは、この方法を発見者した研究者の姓であるためSouthernであるが、後の2つはこれをもじったものなので、大文字は用いない。

原稿の学術性を高めるには、使用する文字および字体にも配慮が必要である。イタリック体にすべき単語として、遺伝子名、生物(医学領域では主に微生物)の学名(ラテン語)、その他のラテン語およびその略語(in vivo, in vitro, etc., et al., i.e. など)が思い浮かぶ。医学雑誌のうちには、サマリー全体がイタリックで表記されるものがあり(例えば昔のScience)、その中ではイタリック体を使用すべき単語だけイタリック体にしない。

原稿に含める表でよく用いられる脚注記号について、医学雑誌ではInternational Committee of Medical Journal Editors (5) の規定により、用いる記号の種類と順序は図1のように定められている。投稿しようとする雑誌の投稿規定に指定がなければ、これに準ずるべきである。

http://expres.umin.jp/mric/mric_23105.pdf

● 数字・数値表記
文頭に数値を記述する際はアルファベットを用いるが、小数点以下を含む数値はその部分がアルファベットの羅列になるので、文頭にもってこない工夫が必要である。また、文中では1桁の数値は(ときには10も含め)アルファベットで記述されるようである。

数値のうち4桁以上のものには、小数点以下を除き、3桁ごとにカンマで区切るのが常であるが、査読した原稿の大半ではこれが設けられていなかった。確かに、公益財団法人 日本適合性認定協会の文書 (6) には「桁数が多い場合、位取りのため3桁ごとのカンマの使用はしない。半角の空白を用いて3 桁ごとのグループに分けるのは可」とあるが、羅列された数字列からは数値を把握しにくく、時に目にする3 桁ことに半角スペースが挿入された数値には違和感がある。

算数のはなしになるが、% などの比率算定の場合、分子あるいは分母の桁数より多い数字が記載されていることがある。このような数字列の右側の数値に意味はないが、表計算ソフトで計算された長い数字列がそのまま原稿にコピーされるためか、この間違いも以外に多い。

数値と単位(多くはアルファベット)の間にはスペースが必要である。ただし、「N (ニュートン)」、「℃」などは例外で、スペースを挿入しない。前者は N (規定) と区別するためである (7)。一方、「%」、「‰」、「°」などは単位ではないので、数値との間にスペースは挿入しない (7) のが正しいと思われる。前出の日本適合性認定協会によれば「数字と記号 % の間には空白を挿入する」とある (6) が、メジャーな英文医学雑誌の論文でそのような記述を見た記憶はない。この協会の文書では、5 編の引用文献のうち SI 単位に関するもの以外は国内の文献であるので、日本でしか通用しないルールなのかもしれない。

● おわりに
論文執筆に際し、内容さえ優れていれば英文の質は二の次、と考える向きも多いと思われるが、優れた研究内容を第三者に円滑に伝えることも重要である。この文書の要約を一言で述べるなら‘優れた論文を優れた英語で’ (1) であり、若手による英文原稿の執筆に少しでも参考になれば幸いである。
<参考資料>
(1) 自著.医学論文執筆に際しての、英文 ‘校正’ 業者の実力.MRIC Vol 103, 2021年6月1日
http://medg.jp/mt/?p=10316
(2) Lymphoma Study Group of Japanese Pathologists. The World Health Organization classification of malignant lymphomas in Japan. Incidence of recently recognized entities. Pathol Int 2000, 50:696-702
(3) 平成19年版 厚生労働白書 医療構造改革の目指すもの.第1章、p 6
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/07/dl/0101.pdf
(4) Wintrobe’s Clinical Hematology, 13th Ed, Lippincott Williams & Wilkins, 2014
(5) Recommendations for the Conduct, Reporting, Editing, and Publication of Scholarly Work in Medical Journals. Updated May 2022
https://www.icmje.org/icmje-recommendations.pdf
(6) 公益財団法人 日本適合性認定協会.単位や学名等の記載方法について,第2版,2019年6月11日
https://www.jab.or.jp/files/items/2206/File/NL5122019V2.pdf
(7) Majumder K. 数値と単位の表記によくあるミス5選.2020年03月08日
https://www.editage.jp/insights/5-common-errors-in-representing-numbers-and-units-of-measurement-in-the-physical-sciences

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ